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叔父はまた、さらにおどろいたようだった。
「クライヴ様を裏切ったと責められるのかと」
「それは……私も同罪だわ」
本心を言うと、それもショックだ。嘘やごまかしのない人だと思っていたのに、実際の叔父はクリフォード殿下の配下にあった。でも、その裏切りは私だって同じだ。
皮肉なことにと言うべきか、それとも必然だったのだろうか。コーネリアス・ウォルフの弟であり姪である私たちは、見事に裏切り者になってしまった。
「あなたは信じないかも知れないけれど、本当に嘘はついていないよ。わたくしも事件のすぐ後には安定したと聞いていたし、それからは、ハーディー様がいらしたからね」
叔父は私をベッドに座らせて、自分もその隣に腰かけながらそう言った。
困っているのかも知れないと、少し思う。男にしては細い手が、ぎこちなく、なぐさめるように私の頭をなでていた。
クライヴ殿下の情報が制限されたのは、領主名代として現れたヴィンセント・L・ハーディーの指示によるものだそうだ。
それは実に徹底していて、片腕であった叔父でさえ、以降は「つつがなく」としか聞かされなかった。
それは、今もだ。
「じゃあ、何も解らないの?」
「わたくしは嘘がつけないから、情報が外へ漏れるのを恐れたのだろうね。だから本当に、何も知らされていないんだよ」
「……叔父様」
そんな場合ではないのに、不思議で仕方なかった。こんな調子で、叔父は何かの役に立ったのだろうか。
「どうしてクリフォード殿下は、叔父様を配下になさったのかしら」
「さあねえ。クライヴ様からのお誘いが先だったから、内通者には都合が良いと思われたのかも知れないけれど」
特別なことは何もせず、見聞きしたことをとにかくすべて書き記して送れ。それ以外は、何もするな。
クリフォード殿下の側近からは、そうきつく言われていたらしい。的確だと思う。クレメンス叔父の潜在的な不安要素を、何もかも見抜いた上での指示だった。
「フェイス、あなたは? 何と言われてここへ?」
「クライヴ殿下を殺せと言われたの。時期や方法はその時になったら知らせるから、それまではおとなしくしていろと」
そして、そのままになった。
結局、何も解らない。それなのに、やはり希望だけはどこにもなかった。
リシェイド王の二番目の息子は、怜悧な人だ。少しおかしいと言うくらいでは、クライヴ殿下がもう死んでいるなどと断定しない程度には。
「ハーディー様が、気に掛けておられたよ。あなたの様子がおかしいと」
自分の部屋へ戻ろうと、立ち上がるのとほとんど同時に叔父が言った。ベッドの上に腰かけて、薄緑の目が私を見上げる。
「……そう?」
「クリフォード様がお見えになって動揺を? それとも、クライヴ様が既に亡くなったと聞いたせいで?」
「叔父様に、何か関係があるかしら」
答えたくない。遠回しに、そう伝えたつもりだった。
でも、相手はクレメンス叔父だ。遠回しは、どうやら通じない。
「もしかして、あなたはクライヴ様を死なせたくなかったのでは? あの時だって、必死に救おうとしていたでしょう? それに、最後にはあんなに泣いて」
「叔父様、ひとつお願いがあるの」
返事は待たなかった。
つま先をぶつけるようにして叔父の前に立ち、その頬を手の平で思いっ切り叩いた。
「一度だけ、殴らせてちょうだい」
「殴った後でそれを言うの?」
左の頬を押さえながらに訴える言い分は、確かに解る。でも、知らない。叔父は上着を脱いでいた。そのシャツの襟首を乱暴につかんで、ぐいっと顔を近づける。
「そうね。そうよ、死なせたくなかったの。自分の命とあの方の命を天秤にかけて、毎日毎日迷っては泣いたわ。でも死ねなかった。だって、死んだらもう会えないんだもの」
解ってる。
それは、私のわがままだ。
「でも、死ねばよかったのよ。失う前に死ねばよかった。例えそれが何にもならずにクライヴ殿下が死んだとしても、死んだと知らずにすんだもの。ねえ、叔父様。私はね」
どうしようもなく。
「クライヴ殿下を愛していたわ。今もまだ、愛しているの」