表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/36

- 025 -

「スタンリー、大丈夫か」

 その呼び声に、はっとする。

 執務室の大きな机の向こうから、ヴィンセント・L・ハーディーが薄青い瞳で私を見ていた。

「……ええ」

 返事はしたが、何も聞いていなかった。

 ごまかせないと言うことは、いぶかるような領主名代の視線で解った。

「申し訳ありません。少し、ぼんやりしていたようです。何かご用でしたか?」

「いや。クリフォード殿下と面識があったのか、と。尋ねただけだ」

 あまり、聞きたくない名前だ。

 その人と一緒に、叔父を探しに庭へ出たのは少し前のことだった。

 クライヴ殿下の話を聞かされ、叔父の秘密を知ってしまった。秘密があるとは、思いもしなかった。それも、あんな重大な。

 あとのことは、よく覚えていない。ここにいると言うことは、自分の足で歩いて戻ってきたのだろうと思う。

 少し考え、領主名代の質問に答える。

「面識と言うべきかどうか……。二年ほど前になります。叔父の事件があったあと、身内の者は王の御前で審問を受けたのです」

 実際にはその日の真夜中もう一度、祖父の家で会うことになった。内密に。

 氷のような薄青い目を、獅子はしかし気づかわしげに少しゆらした。

「……私は、あれからリシェイドには一度も戻らぬままでいる。申し訳ない。貴方まで審問を受けたとは知らずにいた」

「叔父の罪です。獅子様が気に病まれることはありません」

 あわてて首を振ると、その人は珍しく、困ったように薄く笑んだ。

「その呼び方は、改めてくれると有難い」

 ふと、誘惑に駆られた。

 あの真夜中の訪問を、この人に告白したらどうなるのだろう。

 何か、力になってくれるだろうか。王に話して、救い出してくれるだろうか。

 誘惑は、甘かった。

 憐れんでくれるだけでも構わない。そんなあさましい考えが、胸の中でぐずぐずと熟れたようにふくらんだ。

 しかし、私にはできない。とても無理だと。

 そのことも、充分に知っていた。

 あの訪問の目的を思うと、私たちには最初から二つにひとつの道しかなかった。

 服従か、死か。

 審問にかけられた時にはもうすでに、運命はほとんど決まっていたのだろう。

 一族すべてを連座させ、残らず処刑しろと言う者もあった。だが、そうはならなかった。かわりにすべての者が官職を解かれ、長く王のそばで仕えた祖父は地位も権力も失った。

 権勢と言う意味で手足をもがれたも同然の、この処罰を決めたのは王だ。

 しかし、審問の場にはクリフォード殿下の姿もあった。

 王の隣で、あの優しい顔にほほ笑みを浮かべて。それでも憂えるような表情で、王の耳に何ごとかをささやいた。

 だから、あの人なのだと思う。私たちの命を助け、そして手足をもいだのは。ほかに道をなくしておいて、駒にした。

 だがそのことに気づいたところで、何にもならない。暗殺計画を知ったあとで逆らえば、やはり命を失うしかなかった。権力者の陰謀とは、そう言うものだ。

 だから私の服従は、自分と一族すべての者を盾に取られたその上にあった。

 叔父も、そうなのだろうか。

 夜、部屋を訪ねた。

「嘘をついてらしたのね」

 扉を閉じると同時になじった私に、叔父はおどろいているようだ。薄緑の目をぽっかり大きく見開いて、こちらを見つめながらに意外そうに言った。

「わたくしに、嘘がつけると?」

「いいえ。だから、余計に許せないの」

 解らない、と。

 叔父は灰色の頭をかたむける。

 この人に、嘘がつけるとは思えなかった。でも実際、だまされていた。ずっと。私も。

「フェイス、わたくしにも事情が……」

「あの時、叔父様が言ったのよ」

 言葉をさえぎりながら、たまらず顔を伏せた。普通でいられる自信がない。あの時のことを、思い出すだけで泣きそうになるのに。

「もう大丈夫だと、脈も呼吸もしっかりしていると。よく頑張ったって、ほめてくれたわ。……叔父様」

 そう言われて私はあの日、雨に濡れた叔父の肩にすがりついて泣いた。

 信じたのは、叔父の言葉だ。脈も呼吸も、戻ったのを自分で確かめてはいない。

「クライヴ殿下は、いつ亡くなったの」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=547031077&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ