表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/36

- 024 -

「そうか、内緒にしていたね」

 いたずらを知られてしまったかのように、くすくすと笑う。

 その足元に膝をついていた叔父が、立ち上がりながら困ったように息を吐いた。

「やはり、そうでしたか。姪が何も言わないもので、どこまで知っているのかと少々困惑致しました」

「余り秘密を持たせるのもね。可哀想かと思って」

「嘘なら、わたくしも苦手です」

「知っているよ。そこは少し、失敗したかな」

「申し訳ございません」

 冗談のようにそう言ったクリフォード殿下に、叔父が胸に手を当てて頭を下げる。

 思わず、言葉が口をついて出た。

「叔父様も、あの方を裏切ってらしたの?」

 細められた叔父の目が、いつもよりずっと冷たく見えた。その薄緑の瞳の中に、感情を見つけることが私にはできない。

「それは見解が分れるでしょう。わたくしも、あなたは自分の役目を忘れたのかと」

 それこそが裏切りであると、言っているようだった。

 私の役目。

 その言葉の意味を知っている理由が、たったひとつしか思いつかない。

 叔父もまた、クリフォード殿下の駒だったと言うことだ。

 責める権利は私にはない。失望することさえ許されない。

 今になって、やっと本当に解った気がする。私が、私たちが。どれだけ罪深いかを。

 思わず、固く目を閉じた。

「あぁ、なるほど」

 納得したように、つぶやいたのはクリフォード殿下だ。そしてするりと簡単そうに、私の体を抱きよせる。

「何故かと思った。あれが死んだと聞いても、あなたは余り喜んでくれなかったからね」

「殿下、お離し下さい」

 身をよじっても、腕がゆるむことはない。片方の手が私の顔によせられて、指の背でやわらかく頬をなぞった。

 少し困ったような表情で、それでも薄紫の瞳は笑んでいる。すぐそばで、それを見た。

「あなたはあれを、大切に思っていたのだね。解るよ。弟は、誰からも愛された。君が愛してしまっても、それは仕方のない事だ」

 愛した者を失ったなら、さぞや苦しいに違いない。かわいそうに。そう言った。

 弟の暗殺を私に命じた、その声と唇で。


   *


 あれは、真夜中のことだ。

 眠っていたのを母に起こされ、目をこすりながら応接間へ行かされた。そこにはウォルフ家の祖父がいた。難しい顔で、火を入れた暖炉の前に立っている。

 部屋の中には、客がいた。昼間、見たばかりの顔だった。

 この日、前日と言うべきだろうか。私たちは城へ呼ばれたばかりだった。

 コーネリアス・ウォルフの罪に関する審問のためだ。王の御前に一族の者が並べられ、ただただ恐ろしい時間だった。その場所で、この人を見たのだった。

 ひとりがけの安楽椅子にゆったりと座り、待っていたのはクリフォード殿下だ。側近の男をひとりだけ連れた、内密の訪問だった。

 祖父に言われて、挨拶をする。すぐそばで、親しげに。その人は優しくほほ笑んだ。

 薄紫の瞳がラヴァンデュラの花に似ていると、この時初めて思ったのを覚えている。

「この世で最も恐ろしいのは、どんな人間か。解るかい?」

 その問いに、私はぎこちなく首を横に振る。血の気を失うほどの緊張で、声を出すこともできなかった。

 訳が解らなかった。なぜ王の息子が優しく笑い、私に話しかけるのか。

 クリフォード殿下は幼い子供に道理を言い含めるように、ほほ笑んだままに話を続けた。

「それはね、誰からも愛される者だ。人たらしと言うのかも知れないね。誰からも愛され、誰からも許され、何もかもを手に入れてしまう。そんな人間が、最も恐ろしい」

 炎のはぜる音がした。

 暖炉の明かりがゆれているせいで、優しい顔が歪んで見える。

 だからね、と。二番目に生を受けた王の息子は、私の肩に手を置いた。そうしてからめ取られる私から、祖父は目をそらしていた。

「クライヴだけは、早く殺してしまわなくてはならないんだよ」

 これが、始まり。

 愛するとは知らず、そして出会う前に。

 私はクライヴ殿下を暗殺するため、その計画の駒になった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=547031077&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ