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「そうか、内緒にしていたね」
いたずらを知られてしまったかのように、くすくすと笑う。
その足元に膝をついていた叔父が、立ち上がりながら困ったように息を吐いた。
「やはり、そうでしたか。姪が何も言わないもので、どこまで知っているのかと少々困惑致しました」
「余り秘密を持たせるのもね。可哀想かと思って」
「嘘なら、わたくしも苦手です」
「知っているよ。そこは少し、失敗したかな」
「申し訳ございません」
冗談のようにそう言ったクリフォード殿下に、叔父が胸に手を当てて頭を下げる。
思わず、言葉が口をついて出た。
「叔父様も、あの方を裏切ってらしたの?」
細められた叔父の目が、いつもよりずっと冷たく見えた。その薄緑の瞳の中に、感情を見つけることが私にはできない。
「それは見解が分れるでしょう。わたくしも、あなたは自分の役目を忘れたのかと」
それこそが裏切りであると、言っているようだった。
私の役目。
その言葉の意味を知っている理由が、たったひとつしか思いつかない。
叔父もまた、クリフォード殿下の駒だったと言うことだ。
責める権利は私にはない。失望することさえ許されない。
今になって、やっと本当に解った気がする。私が、私たちが。どれだけ罪深いかを。
思わず、固く目を閉じた。
「あぁ、なるほど」
納得したように、つぶやいたのはクリフォード殿下だ。そしてするりと簡単そうに、私の体を抱きよせる。
「何故かと思った。あれが死んだと聞いても、あなたは余り喜んでくれなかったからね」
「殿下、お離し下さい」
身をよじっても、腕がゆるむことはない。片方の手が私の顔によせられて、指の背でやわらかく頬をなぞった。
少し困ったような表情で、それでも薄紫の瞳は笑んでいる。すぐそばで、それを見た。
「あなたはあれを、大切に思っていたのだね。解るよ。弟は、誰からも愛された。君が愛してしまっても、それは仕方のない事だ」
愛した者を失ったなら、さぞや苦しいに違いない。かわいそうに。そう言った。
弟の暗殺を私に命じた、その声と唇で。
*
あれは、真夜中のことだ。
眠っていたのを母に起こされ、目をこすりながら応接間へ行かされた。そこにはウォルフ家の祖父がいた。難しい顔で、火を入れた暖炉の前に立っている。
部屋の中には、客がいた。昼間、見たばかりの顔だった。
この日、前日と言うべきだろうか。私たちは城へ呼ばれたばかりだった。
コーネリアス・ウォルフの罪に関する審問のためだ。王の御前に一族の者が並べられ、ただただ恐ろしい時間だった。その場所で、この人を見たのだった。
ひとりがけの安楽椅子にゆったりと座り、待っていたのはクリフォード殿下だ。側近の男をひとりだけ連れた、内密の訪問だった。
祖父に言われて、挨拶をする。すぐそばで、親しげに。その人は優しくほほ笑んだ。
薄紫の瞳がラヴァンデュラの花に似ていると、この時初めて思ったのを覚えている。
「この世で最も恐ろしいのは、どんな人間か。解るかい?」
その問いに、私はぎこちなく首を横に振る。血の気を失うほどの緊張で、声を出すこともできなかった。
訳が解らなかった。なぜ王の息子が優しく笑い、私に話しかけるのか。
クリフォード殿下は幼い子供に道理を言い含めるように、ほほ笑んだままに話を続けた。
「それはね、誰からも愛される者だ。人たらしと言うのかも知れないね。誰からも愛され、誰からも許され、何もかもを手に入れてしまう。そんな人間が、最も恐ろしい」
炎のはぜる音がした。
暖炉の明かりがゆれているせいで、優しい顔が歪んで見える。
だからね、と。二番目に生を受けた王の息子は、私の肩に手を置いた。そうしてからめ取られる私から、祖父は目をそらしていた。
「クライヴだけは、早く殺してしまわなくてはならないんだよ」
これが、始まり。
愛するとは知らず、そして出会う前に。
私はクライヴ殿下を暗殺するため、その計画の駒になった。




