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- 023 -

 何と言った?

 この人は。あんなに優しく、喜ばしげにほほ笑んで。

「それは……」

「スタンリー、控えよ」

 抑揚のない声で、パースがとがめた。はっとして、手を引っ込める。思わず、白絹の袖をつかんでしまっていた。

「ご無礼を」

「構わないよ」

 本人は気にしてないように笑ったが、そばに控えた侍女たちは気分を害しているらしい。言葉で直接責めはしないが、彼女たちの表情だけでそれは充分伝わった。

「歩こうか」

「……はい、殿下」

 優雅に、軽やかに。気ままに歩き始めたそのあとを、不安を押し殺してついて行く。

 この数か月、私の中にはずっと不安がくすぶっていた。それが今、胸で破裂しそうにふくらんでいる。押し潰されるようで恐ろしく、自分がちゃんと歩けているかも解らない。

 体の後ろで手を組んで、長衣の裾を優雅にゆらす。散策のように城の中を移動しながら、クリフォード殿下は思いついたように問う。

「クライヴが療養して、どのくらい?」

「五か月ほどに」

「その間、姿を見た者はいないそうだね」

「お詳しいですね」

 皮肉のように聞こえただろうか。口にしてから、そう思う。

 でも、どうでもいい。実際、不審だ。この人は、何もかもを知り過ぎている。

 しかし相手は気にもかけず、優しい笑みで「うん」と答えた。

「これでもね、心配事は多いんだ。だから、部下に見張らせてもいた」

 この城のすべてを。エスのことを知っていたのも、そのためだ。

 当然、五か月前にクライヴ殿下が魔術師に襲われたと言うことも。以来、誰も姿を見ていないことも。お世話についた使用人が、ひとりもいないと言うことも。

 すべてを知ったその上で、ここにいる。

「城の中で、誰にも知られず療養するのは不可能だろうね。報告では、どこかに逃れたとも考えられない」

 つまり、結論はひとつだと。

 クリフォード殿下は足を止め、私に向かってほほ笑んだ。薄紫の瞳を優しく細め、恋人にでも向けるようなやわらかな顔で。

「あれは、とっくに死んでいるよ」

 やはり。

 瞬間的に、そう思ってしまった。

 聞かされたのは、一番聞きたくない言葉だった。ずっと感じていた不安を、目の前に突きつけられた。こんなにも優しく、残酷に。

 じわりじわりと、しみだすように。

 遅れて心の中に生まれた拒絶は、ほとんど祈りのようなものだった。

 城の中をしばらく歩き、石像のある庭に出る。蔦がたれ下がる隔壁の向こうへと進んで行くと、庭に一人、官服のまま地面を掘る人影があった。

「叔父様」

 呼び声に、灰色の頭が振り返る。私の隣にクリフォード殿下の姿を見つけ、しかし叔父は大しておどろきはしなかった。

「お越しでしたか」

 土に汚れた格好のまま、地面に膝をついて礼を取った。だから相手が誰か、解っていないと言うことはない。

「うん。きてしまったよ」

 顔を伏せた叔父に向かって、赤い髪に彩られた顔が楽しげに笑う。

「どうしても、自分で確かめたくなってね」

「お役に立てず、申し訳ございません」

「ハーディーに会った。あれがいたのでは、仕方がない」

「見事に締め出されました」

「それまでは、よくやってくれた」

「恐れ入ります」

 庭の空気は、秋を感じさせるものになっていた。ひやりとした風が下草をゆらし、木々からは葉が落ち始めている。

 私はただ呆然と、その中に立ち尽くした。風が体温を奪うのか、それとも戦慄に血が冷えたのか。解らない。

 どうして、叔父は。当然のように。

 クリフォード殿下と。

「……何の話をしているの」

 口から勝手に言葉がこぼれた。

 目の前の状況が、理解できない。

 私の叔父であるクレメンス・ウォルフは、クライヴ殿下の片腕だ。なのに今、頭をたれている相手は違う。

 赤髪と白絹の長衣を風に遊ばせ、叔父から捧げられた忠誠を当然のように受け取った。

 その人は、クリフォード殿下は。私に対し、悪びれることなくやわらかに笑んだ。

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