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ヴィンセント・L・ハーディーは、金色の髪と冷たく薄青い瞳をしていた。
確かに、獅子の呼び名にふさわしい。
鍛えられたしなやかな体に、凛としたたたずまい。ただ存在するだけで、周囲の者に姿勢を正させる風格があった。
「スタンリー」
それは私の、父方の家名だ。母とは離縁した父も、娘との縁を切ることまではしなかった。
呼ばれて、その人の前に立つ。
「ご用でしょうか」
「女性はどの様な贈り物を好むのだろうか」
室内に、その声はよく響いた。静かだった。カリカリと、執務室の隅で叔父が走らせるペンの音がよく聞こえた。
もう、本当に。やめて欲しい。
ヴィンセント・L・ハーディーは机の上に両手を置いて、凛と上げた金の頭を真っ直ぐこちらに向けていた。光をたたえた冷たげな目が、きらきらと期待に満ちていてつらい。
クライヴ殿下が療養する間、獅子が名代を務めると言う。領主の職務を滞らすことのないように。……滞ってしまうほど、長い療養が必要なのだと言われた気がした。
獅子の執務中、身の回りのお世話は私がすることになった。女性への贈り物を一緒になって考えるのも、お世話の内かとしばし悩む。
贈る相手は奥様だそうだ。しかし、私の手には負えない気がした。今までの贈り物で一番喜ばれたのは、矢尻が鋼の矢だったらしい。
「ドレスや宝石は喜ばないし、弓は体に馴染んだ物でないと。矢を作るのも、妻がいつも世話になる者に作らせたが……」
自分より妻と懇意の者だから、贈る前に結局全部筒抜けだったような気がする。
そう言って、領主名代は重要な戦略でも練るような顔で思案に暮れた。
もっと何か、あると思っていた。
コーネリアス・ウォルフは、故国を裏切った。その当時、上官であったのがこの北限の獅子だ。直属の部下として、獅子の牙として。叔父は、誰よりもこの人を裏切った。
初めて顔を合わせたのは、数日前だ。私は何よりもまず先に、その足元へひざまずいた。許しを請うのも厚かましいが、そうせずにいられなかった。
しかしその人は、ヴィンセント・L・ハーディーは。ただ一言、こう言った。
「あれは私の不徳です」
裏切りに気づかずにいたことも、裏切らせてしまったことも。自分にも罪はあるのだと、そんな意味をにじませる言葉だった。
獅子はひざまずく私を立たせるために、手を貸してくれた。左腕が不自由なのだと言うことは、その時に気がついた。
この人は叔父の事件のあと、将軍の地位だけでなく軍籍からも身をひいた。もしかすると、これが理由だったのだろうか。
夕刻に近くなって、外出から戻ったサイモンが執務室を訪れた。
領主名代が席に着く大きな机の向かい側で、礼儀正しく椅子に座る。下僕のランサと護衛のエスは、少し離れて壁際に控えた。
「城下の様子はいかがでしたか」
「おどろきました」
獅子に問われて、少年は困ったような顔で答える。
「アイディームは製鉄でさかえた国だと聞いていたので、鍛冶師はたくさんいるのかと」
「栄えていたのは十年以上も前の話ですから、サイモン殿はまだお小さかったでしょう。それから十年掛けて衰退し、二年前に瓦解しました。手を下したのは我々ですが」
この土地を攻略したのは、北限の獅子ひきいるリシェイド軍だ。しかしその時にはすでに、国としてはほとんど滅んでいたらしい。
アイディームは辺境だ。土地は痩せ、冬は厳しい。リシェイドよりも南ではあるが、比べものにならないほどに領土が狭い。
かつては国を支えていた製鉄も、アイディーム王の失策で現状はかなり厳しかった。鍛冶師のほとんどが国外へ逃げるか、逃亡に失敗して処刑されているからだ。
だから今の時点で、リシェイドの貴族が興味を示すようなものはこの地にはない。
そのはずだった。
しかしクライヴ殿下は、自ら望んでこの地を王から拝領した。それが、憶測を呼んだ。王族である殿下が望むほどの何かが、アイディームには隠されているのではないかと。
実際に見れば、私でも解るほどに現状は厳しい。何かがあるとは、とても思えなかった。
それなのに。
ヴィンセント・L・ハーディーが領主の名代を務めるようになって、五か月ほどが過ぎた頃。リシェイドの王都から客人があった。
その人は、クリフォード・リース。王族にのみ許されたリースの名と赤い髪を持った、クライヴ殿下の八つ年上の兄君だった。