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殴ってやろうかと思った。
あるだろう。もっと、何か。合わせる顔がないとか、そう言うことが。
少なくとも私たちの一族に取って、ハーディー将軍はそう言う相手だ。
思わぬ人の名と、のんびりした叔父にもう頭がついて行かない。
へたへたと地面に手をついて、座り込んでしまっていた。体が重い。ずっと寝ていたせいもあったが、すっかり気持ちが疲れていた。
「フェイス?」
顔を上げると、そこにいたのはエイミーだった。
「部屋にいないから、探したわ」
「ごめんなさい。叔父と話したくて」
のろのろと立ち上がると、彼女は私のエプロンドレスをぱたぱたと払う。土で汚れていたようだ。
そこへ、もりもりと茂った枝葉の陰から叔父がひょいっと顔を出した。庭いじりの道具を片づけて、戻ったようだ。エイミーを見て、おや、と言うふうな表情になる。
「貴方は、確か」
「……エイミーでございます」
彼女は胸に手を当て、膝をまげて礼を取る。その顔が見て解るほどに緊張していた。
なぜなのか、すぐに解った。私に親切にし始めた理由も、何か言いたげに見つめる理由も。何も言えず、黙ってしまうその気持ちも。
「ああ、やはり。貴方は確か、ナイフについて証言した下女ですね」
責めるふうではなかったし、他意はないだろうと思う。だって、叔父だ。しかしエイミーはわずかにふるえ、真っ青になってひざまずいた。そして、なかば叫ぶように言った。
「ごめんなさい!」
不思議ではあった。
殺人に使われたのは、城下で売られていた品だ。ありふれていて、誰の持ち物か示すような印もない。それを私は枕の下にずっと隠して、人に見せた覚えはなかった。
なのになぜ、凶器の短剣が私のものと解ったのかと。
「疑っていたのよ。お身内に、あんな事をした人がいたでしょう? だから……あなたも信用できるのかしら、って」
それで何人かの下女たちと、私の部屋をこっそりさぐったことがある。
罪悪感はあったが、好奇心も強かった。一応は、王都からきた貴族の娘だ。きっと持ち物は華やかだろう。そんな気持ちで。
残念ながら、その期待には答えられなかったと思う。服は動きやすいエプロンドレスばかりだし、装飾品は置いてきた。
物の少ない狭い部屋で、枕の下に短剣を見つけるのは簡単だったかも知れない。
そして、今回の殺人があった。凶器について調べる兵に、何か知らないかと見せられたのがあの短剣だ。
「あなたの部屋で見たナイフだって解ったら、やったのもあなただって思ったの」
「まあ、そうよね」
城内に刃物を持ち込むことは、実はそう難しくはない。城へ入るだけで何度も検査を受ける部外者には無理だが、城で働く者にはそこまで厳しい検査はないから。
だからあの時点で、城内の人間であり、短剣の持ち主である私を疑うのは当然だ。煙のように神出鬼没な魔術師の存在を、誰ひとりとして考えてもいなかった。
「良く解らないけど」
叔父が困ったように頭をひねる。
「それは、何か罪なのかい?」
「いいえ、叔父様。エイミーは、本当のことを言っただけよ」
「でも」
「仕方がないわ」
「フェイス、許さないで。怒って当然だもの」
「そりゃ、勝手に部屋を見られたのはショックだけど……。私、お掃除苦手だし……。でも、やっぱり仕方ないと思うのよ」
地面に膝をついたエイミーに手を伸ばし、立ち上がらせる。すると彼女はそのまま私に抱きついた。
「そうね、あなたの部屋はもう少しちゃんと掃除したほうがいいわ。今度から、わたしが手伝ってあげる」
恐ろしかったのだと、涙でにじむようなその声で解った。
私が殺人犯だと告発するのも恐かっただろうし、私が無実だと証明されてからも恐かったに違いない。自分の証言で、無実の人間を牢に入れたのだと思えば無理もない。
その後悔と償いの気持ちで、エイミーは私の面倒をよく見てくれていたのだろう。
可哀想に、と思う。
あなたが信じ、抱き締めている人間はもっとずっと罪深い。
「ごめんなさいね、エイミー」
私自身も許せないほどに。




