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- 018 -

「あれ。言ってなかったかな」

 庭でスコップ片手に花壇の前へ屈み込み、クレメンス叔父は不思議そうに首をかしげる。ゆるく編んだ暗い灰色の長髪が、丸めた背中でやわらかにゆれた。

 大切なことを伝え忘れていたくせに。これは、悪いと思っていない顔だ。のんびりとしたその表情が、完全に私をイラつかせた。

 不思議でならない。この人が、どうやって私の無実を証明したと言うのだろう。

 あの夜、叔父は雨を吸った革の外套と泥だらけのズボンで執務室に現れた。

 謹慎と言いながら、激しい雨の中を駆けずり回っていたらしい。私の短剣が使われた、城内で起こった殺人事件を調べるために。

 花壇の前で叔父の隣に屈み込み、土の上に花の種をパラパラとまく。そうしながら、「でも」と私は口をはさむ。

 それは、不適切な人選だ。

「私は身内だもの。叔父様が無実を証明しても、客観性に欠けるってみんな思うわ」

 城を守る兵も官も、よく納得したものだと思う。種に土をかぶせる叔父が、うんうんと感心したようにうなずいた。

「何だか、そう言うものらしいね。だからクライヴ様も、絶対に文句の付け様がない証拠を見付けてこいと仰ったよ」

「殿下が……」

 ああ、それで。と、納得した。

 叔父は、領主としてのクライヴ殿下を補佐するのが役目だ。殿下の命なら、その言葉のままに任務を遂行しただろう。

 それが自分の役目だからか、それとも殿下への忠誠なのかはちょっとよく解らない。

 ただ確実に、殿下の指示がなければ私のことなど関心もなく放って置いたのだと思う。

「ねえ、叔父様」

「なんだい? スコップを貸して欲しいのかい?」

「結構よ。そうではなくて、伺いたいの。どうしてクライヴ殿下にお仕えしようと思ったの?」

「思ってはいなかったよ」

「え?」

 叔父はスコップを持ったまま、折りまげた膝の上に頬杖をついた。

「人手が足りないから、とにかくこいと言われてね。ほら、わたくし達って大抵、どこへ行っても疎まれるじゃない?」

 雇ってくれるのなら、まあいいか。その程度の気持ちだったのだそうだ。

 それでのこのこくる方もおかしいが、裏切り者の実弟を身近に置く方も相当だ。

 もうひとりの叔父、コーネリアス・ウォルフの罪はあらゆるものをねじまげた。

 母は父から離縁され、クレメンス叔父は地方の官吏であったものを罷免された。罪人の父となったウォルフ家の祖父は、人生の大半を過ごした王宮にもう二度と足を踏み入れることを許されない。

 だが一時は、もっと厳しく断罪を求める声があった。一族を連座させ、女子供も残らず首をはねてしまえと。

 それとくらべれば大した話ではないが、私も、婚約の話も出ていた縁談が消えた。

 生まれたのは貴族の家だし、大事に育てられたと思う。世間知らずなあの時の私は、だからそれが絶望なのだと思っていた。

 もしも運命が今のように変わらなければ、あのまま愛も苦しみも知らずにいた。それを思うと、少し苦いような気持ちになる。

 いつの間にか、唇を噛んでいた。それをほどいて、本当に知りたかったことを問う。

「叔父様、殿下がどうされているかご存じ?」

「恙なく」

「叔父様!」

 そんな返事が欲しいだけなら、わざわざ会いにきたりしない。思わず大きな声を出すと、叔父は叱られたように首をすくめた。

「何か訊かれたら、そう答えろと言われているんだよ」

「誰に?」

「ハーディー将軍」

「……ヴィンセント・L・ハーディー?」

 ほかにはいないと解っていても、確かめずにはいられなかった。

 それは、北限の獅子と呼ばれた男の名だ。同時に、獅子の牙でありながらコーネリアス・ウォルフが裏切った男の。

 この城のどこかに、いるのだろうか。叔父が指示を受けたのなら、少なくとも近くにはいるのだろう。名前と、聞いた話でしか知らかったその人が。

「どうして」

 混乱した。ほとんど呆然とするほどに。

 その横で、「ああ、でも」と。

「もう将軍ではないはずだから、何とお呼びすれば良いのだろうね」

 叔父は言って、また不思議そうに灰色の頭をかたむけた。

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