- 017 -
ふと、目が覚めた。
サイモンたちが出て行ったあと、いつの間にか眠っていたらしい。
――あの夜、もう明け方が近かったけれど。叔父の肩にすがって泣いて、そのまま意識をふつりとなくした。
普通なら、あんなみっともないまねはしない。絶対に。どうもおかしいと思ったら、それから熱を出して数日寝込むことになった。
考えてみれば、当然だ。雨に打たれて、びしょぬれの服でずっといた。
「ごめんなさい」
つぶやくような声になった。それでも耳には届いたらしい。エイミーは水差しを持ったまま、棒を飲んだように動かなくなった。
彼女は下女だ。もちろん、領主であるクライヴ殿下の。その仕事もあるのに、こうしてよく私の様子を見にきてくれた。それが、申し訳なかった。
熱はあっても脱獄囚だ。すぐ牢へ戻されると思っていた。しかし私がいるのは、城内に与えられた自分の部屋だ。それもベッドの上で、ふわふわの毛布にくるまれて。
城の人たちがあまりに手厚く看病してくれるので、いつ実家に戻ったのかと熱にうかされながら混乱した。
どうしてこんなに優しいのだろう。そう思う。私ですら、自分のせいだと思うのに。
もそもそと体を起こしていると、水差しを机に置いてエイミーが手を貸してくれた。毛布をぐるぐるに巻きつけて、私をベッドの上に座らせる。そのまま、わずかに。
彼女は何か言いたげに、こちらを見つめた。でも結局、口は開かずあきらめたように体を離した。こう言うことが、何度もあった。
「何か必要なものはある?」
「いいえ」
「何かしたい事は?」
「ないわ」
「また様子を見にくるわね」
「エイミー」
知りたいことなら、ひとつあった。部屋を出ようとする彼女に、それを問う。
「殿下は、どうされているかしら」
この質問は、初めてではなかった。目が覚めるたび、誰かが訪れるたび何度も聞いた。しかし誰もがいつも決まって、こう答える。
「つつがなくお過ごしよ」
エイミーの返事も、やはり同じだ。
つつがなく、と言う言葉はしかし私を安心させてはくれなかった。
あの夜、ぐったりしたまま執務室から運び出されるのを見たのが最後だ。
回復はしているのか、本当に大丈夫なのか。今日は何を食べたとか、わがままを言って困らせたとか。何でもいい。私が聞きたいのは、殿下が無事だと実感できる言葉だ。
でも誰も、それを教えてはくれなかった。だからつい、恐ろしい想像をしてしまう。
まるで、影を追うようだ。実際はとっくにいない人の、捕まえようのない影を。
クライヴ殿下は大切な方だから、安全のために情報を制限しているのかも知れない。
そう考えて、自分を納得させようともした。しかしそれでも不安でたまらず、何度も同じことをたずねてしまう。
あまりに落胆するものだから、見かねたのだろうか。エイミーは素早く私のベッドに腰かけて、ぐいっと顔を近づける。
「どうしても、知りたいの?」
「知りたいわ」
「なら、できるだけ調べておくわ。今は、何も知らないの。ごめんなさいね」
これは、意外だった。本当に。おどろくのと同時に、ふと、心配がよぎった。
使用人が何も知らないと言うことは、何も知らされていないと言うことだ。きっと、何かの理由があって。それに逆らうのは、仕事を失いかねないことだと思う。
私のために、彼女が無理をする理由は何もないのに。
「……どうして?」
「いいの。そうしたいの」
そう言ったエイミーは、どこか苦しいような顔をしていた。
いいはずがない。そう思う。
あの事件の夜から、五日ほどが過ぎていた。熱はもうほとんど下がり、わずかなけだるさが残るだけだ。
それなら、自分で確かめればいい。
「私は、いつ牢へ戻されるかしら」
牢に戻れば、当然自由に動けない。そうなったら、今よりも殿下のことは耳に入らなくなるだろう。確かめるなら、急ぐべきだ。
問いかける私に、エイミーはきょとんとした顔で逆に問う。
「どうして牢へ?」
「だって、逃げている途中だもの」
「でもあなた、無実だと証明されたじゃない」
その話は、初めて聞いた。