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- 015 -

「フェイス、少し休みなさい」

 ギクリとした。声と同時に目に入ったのが、暗い色の外套だったから。

 しかし、違う。魔術師の外套は真っ黒で、つま先まで隠すほどに長かった。だが目の前にある裾からは、泥で汚れたズボンが見えた。

 顔を上げると、そこにいるのはクレメンス叔父だ。謹慎しているはずなのに、どうしてこんなところにいるのだろう。

 それに、変なのは雨にぬれていることだ。叔父が着ているのは雨や雪に耐えるよう、よく油を塗り込んだ丈夫な革の外套だった。

 それでも、この雨だ。さすがに水を防ぎ切れず、全身から水がしたたっている。しかし、叔父の居室は城の中にあるはずだ。執務室にくるだけで、どうしてこんな姿なのか。

 叔父が私の横に身を屈め、膝をつく。

「もう大丈夫。だから、休みなさい」

「何が、大丈夫なの?」

 床についた叔父の膝から、じわりと水が広がった。それを見ながら、ぼんやりと問う。

 何だっただろう。兵に連れられ軍医が駆けつけ、押しのけられたのは覚えている。

「息が戻って、脈拍もしっかりしているそうだよ。後は、目覚めるのを待つだけだと」

 噛んで含めるように言い、叔父は顔を横に向けた。私もつられ、そちらに目をやる。すると大きな机のある辺りから、医師に添われて担架で運ばれる人があった。

「……本当に?」

 あれは、殿下だ。

「もう、本当に大丈夫?」

 叔父はおそるおそると言うふうに、ぎこちなく私の頭に手を置いた。

「良く、頑張ってくれました」

 冷たいような薄緑の瞳が、困ったようにねぎらっている。

 叔父がいつもとあまりに違うから、不思議だった。人間には心があると知らないような人なのに、甘やかすみたいな態度が絶対変だ。

 でも、すぐに解った。叔父が変なのは、私が変だからだ。

 いつからなのか、知らずにボロボロと泣いていた。自分が泣いていると解っても、あふれる涙が止まらない。

 叔父が言うなら、きっと殿下は大丈夫。

 そう思ったら、余計に泣けた。

 恥も外聞もなく声をあげ、叔父の肩にすがりつく。頭の中が熟んだようにぼうっと熱く、喉が痛くなってもまだぐずぐずと泣くのをやめられなかった。まるで子供だ。

 そしてふつりと、意識が途切れた。


   *


 しばらくの間、城では誰もが落ち着かない雰囲気の中で過ごした。

 それはそうだろう。城内で人が死ぬのはただごとではない。しかも、殺人だ。それに続いて、領主であるクライヴ殿下が命を落としかけた。これで、落ち着けと言う方が無理だ。

 ただ、城に勤める者たちをざわつかせている人間はもうひとりいた。

 エスだ。

「本当に女の方なのですか?」

「うん。一応」

 見舞いだと言って現れたエスは、世慣れた冒険者と言う風体であっさりとうなずいた。

 風雨や日差しでくたびれた上着や、使い込んだ剣。くせのある栗毛には、手入れの痕跡が見えなかった。一応、と言う言葉がしみる。

 サイモン・グレンデルの護衛として現れたこの人を、男と思い込んだ理由はその見た目や肩書きが大きい。しかし作為の有無は別にして、確実にミスリードもあった。

 王立軍学校で一緒だったと、私に教えたのは殿下だ。そして軍学校は、男しか入校が許されない。リシェイドの者なら、誰でも知っている事実だ。

「ちゃんと名乗ってなかったよな」

 そう言って教えられたエスの名は、エス・フィルメ。正式には、エステラ・バー・フィルメ。軍学校の頃からは、エスと呼ばれているとつけ足して言った。

 そして彼女は性別のほかにもうひとつ、自らの血筋に関して秘密があった。このエスであり、エステラこそが本当の、ワイルダー・バーの隠された遺児と言うことだ。

 つまり、あの魔術師と一緒に消えた女はエステラの名と出自を騙っていた。

 殿下がそれを疑ったのは、直感的なものだったらしい。なぜならば、すでに知るエス・フィルメがワイルダーと他人と言うには致命的に似過ぎていたからだ。

 エスがワイルダーの遺児なら、納得できる。だが、同じくフィルメを名のるこの女はどうだろう。何か違う。何かがおかしい。

 違和感の真ん中に、エスがいた。

 殿下が所在を確かめようと、手紙をしたためたのはその違和感のためだった。

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