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- 011 -

 それは男だった。

 まるで王が臣に対するように、威圧的なものを感じさせる声をしていた。

 はっとする。ギクリと心臓が跳ねた気もする。あわてて声の方へと明かり向けると、おどろくほど近くに鉄格子があった。

 気づかず無造作に振った手が、音を立ててそれにぶつかる。ランタンが当たったら、風よけのガラスが割れそうだ。そう思った。しかし、割れはしなかった。

 ランタンが格子にぶつかる前に、男が私の手首をつかんでそれを防いだ。

 小さな火では光が届かず、鉄格子のあちら側は浅く深くにじむような影に沈んだ。ぼんやりと人の形をしたそれは、息づかいが解るほど近くで再び質す。

「名乗らぬか」

 たどり着いたのは、暗く冷たい地下牢のようだった。恐ろしかった。まるで隠しているように、こんなところで投獄されているなんて。きっと凶悪な大罪人に違いない。

 私は、頭が真っ白になった。

「罪人に教える名などございません。あなたこそ、どなた?」

 死にたいのか。私は。

 なぜこんなことを言ったのか、自分でもまったく解らない。よく考えれば、私だって牢に入れられていたくせに。しかも逃げ出し、追われている途中だ。

「生意気な女め!」

 しかし男の声は愉快げに響いた。と、思う。よくは解らない。

 手首をつかんでいた男の手が、私を離しながらに突き飛ばす。次の瞬間、鉄格子の表面を剣の先がガツリと打った。

 警告の意味だったのだろう。格子を強く叩いた剣は、鞘の中に収まっていた。

「こんなとこで何してんの?」

 解放された私をさらに鉄格子から遠ざけて、あきれた顔でエスが言う。だが、こんなところになぜいるのか、私だって聞きたい。

「あなたこそ」

「いやあ、だってさあ」

 エスは手にした剣の鞘尻で、足元を示す。ランタンの明かりを下げて石床を見ると、小さな水たまりが通路の角まで落ちていた。恐らく、角の先にもずっと続いているだろう。

 当然だ。私の服は、雨で重たくぬれている。ドレスの裾からしたたり落ちた雨水で、跡を残しながら歩き回っていたらしい。

「気になるだろ?」

「ええ、そうね」

 水をまき散らしてそのままにするような使用人はいないし、身分のある者がびしょぬれになればまわりが放って置かなかった。

 だからどちらにしても、城の中に水たまりの足跡があるのは妙だったはずだ。

「で、どうする? もうちょっと逃げる? それとも戻る?」

 手に持っていた剣を、腰のベルトに戻しながらにエスが問う。何やら真顔で言っているが、この状況で逃がすのは、きっとまずい。

 今度はこちらがあきれていると、鉄格子の向こうから男が言った。

「そなた、エステラではないか?」

「……へっ?」

「その剣、間違いない。ダルダガ村のエステラだろう。そのふてぶてしい顔も子供の時分のままではないか。逞しくなりおって! そなた、いつから男になった?」

 素っ頓狂な声を上げ、いやいや待ってとつぶやきながらエスが目を細めて鉄格子に近づく。その向こうでは、男が嬉しそうに歯を見せていた。どうやら笑っているらしい。

 人の形をした影に、歯だけがくっきり浮かんで見える。暗いからだ。これではどんなに目をこらしても、顔の中身は解らないだろう。

 急いでエスのそばにより、ランタンを鉄格子に近づけた。ゆらゆらとした明かりの中に、男の姿が現れた瞬間――。

「うわ、マジじゃん! 何してんだよおっさん! 何だよ何でこんなとこいんの? て言うか指、三本もなくなってんじゃん。だっせえ。剣の腕落ちたんじゃねえの?」

「落としたのは腕ではない、指だ」

 ふふん、と笑い、男が指の足りない手を見せながら言ったジョークに私はスッと真顔になった。それ、全然上手くない。

 が、二人はわははと笑い声を上げる。

「しかしおっさんよく覚えてたなあ」

「その剣を遣ったのは我ぞ。忘れぬわ」

「ああ、これな。何度か打ち直させたけど、元がいいから仕事がラクだってどこの鍛冶屋でも評判いいぜ」

「アイディームの鋼だ。当然だろう」

「そんな高いもん、よくガキにくれたなあ」

「才はあった。それに、獅子の牙を親に持つ子だ。先が楽しみにもなるだろう」

 いい話みたいにしみじみと言っているが、ちょっと待って。獅子の牙が、何だって?

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