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味のない蜜  作者: megu
9/10

ホワイトデート

―第9話―



「デートをしよう」


一ノ江くんが唐突にそう言ったのは、ホワイトデーである 3月18日だった。


「えっ!?」


突然の一言に、私は戸惑いを隠せない。


いや、以前にデートした事はあったが、その時は彼から明確に「デート」と言われた訳ではなかった。


彼がホワイトデーを意識して、私へのお返しの意味で誘っているのかもしれない。


しかし、それならもうとっくに受けている。


「…どういう風の吹き回し?」


「そのままの意味だけど?」


平然とした顔で彼は言う。


「学校が終わったら、僕の家に来て」


「あっ…うん」


あまり味気があるとは言えない、デートの約束。しかし、それも最早気にはならない。


あの雨の日以来、私と一ノ江くんの関係は良好なものとなった。


決して恋人同士とはいかないけれども、日々の会話や、一緒にいる時間は増えた。


明彦くんも、一ノ江くんを諦めろとは言わなくなった。


「ひかる、ご機嫌だね」


「そう見える?千穂」


「うん。ひょっとして、一ノ江くんとデート?」


私は彼女の問いに頷く。


「は~…お熱いこって」


「もう…そんなんじゃないよ」


一ノ江くんのクラスでの扱いがどうなるかが不安だったけど、何とか平常を保っている。


一ノ江くんが悪者扱いされなくて本当に良かった。


…学校が終わり、皆それぞれの家路につく。


「じゃあ一ノ江くん、また後でね」


「うん」


私は、支度をするため、自分の家へと急いだ。

と、校門のところで明彦くんに声をかけられた。


「明彦くん…」


「この後一ノ江とデートなんだってね」


「…うん」


私は、また何か言われるのではと思い、少し身構えた。


「…まず、あんたに謝らないといけない」


「えっ!?」


思いがけない言葉に、私は動揺した。


「一ノ江を諦めろだなんて、あんたには酷な話だったと思う。あんな事言ってごめんよ」


「そんな事ないよ…おかげで一ノ江くんの事が少しは分かったし…」


それを聞いた明彦くんは少し表情を緩めて話しだした。


「それでこれからが本題なんだけど、一ノ江の話だ」


「一ノ江くんの話?」


「ああ。あんたと関わってから、あいつ変わったんだよ」


「最近、あんたの話ばっかりするんだぜ」


「えっ!?」


一ノ江くんが私の話を…!?一瞬信じられなかった。


「あいつが俺以外の誰かの話をするなんて、それこそ例の騒動以来の事だ。驚いたよ」


私は、明彦くんの話を、呆然と…いや、無言でしっかりと聞いていた。


「あの雨の日に、あんたと一ノ江が話した事も聞いてるよ。あいつが自分の家に誰かを入れるのも、自分の胸のうちを語るのも、中2の時以来なかった事だ」


「しかも、一ノ江の変化にはすべからくあんたが関わっている。これは大きな要因だよ」


「そんな…私は何もしてないよ」


「何もしてないのは俺の方だ。俺は…親友が苦しんでいるのに、何もしてやれなかった」


「急に手の平を返すようで…調子が良すぎる事は百も承知だけど…」


「あいつのそばに居てやってくれ…」


…明彦くんと別れたあと、私は直ぐに自宅へと戻り、

着替えを済ませて一ノ江くんの家に向かった。


校門で足止めを食っていたため、一ノ江くんは待ちぼうけしているに違いない。


急いで家に向かうと、彼は玄関の前で待っていた。


「ごめん…待たせちゃった?」


私は息を切らせながら、彼に謝る。


「いいよ。それより早く行こう」


一ノ江くんは気にも止めず、私を連れて目的地へと歩きだした。


どうやら、この前行った商店街とは違うようである。

何やら小高い丘のような所を登り、頂上付近の広場にやった来た。


その頃には、日もすっかり傾き、辺りは薄暗くなっていた。


「良かった…間に合った」


彼は、沈んでいく夕陽を指差して言った。


「見ててご覧。もうじき始まる」


夕陽はゆっくりと沈んでいき、それに比例して暗くなっていく。そして、太陽の端が地面に差し掛かった時点で、それは起こった。


太陽の光が地球の表面に隠れていき、その光が接した地平線は、オレンジ色に輝いている。


その光も徐々に弱まっていき、空には星が浮かび始めていた。まさに、昼から夜に移り変わる瞬間である。


どんどん闇に包まれていく世界の中で、消えかけながらも光り続ける夕陽を見ていると、どこか切なく、それでいて幻想的な気分になった。


やがて街の明かりがつき始め、暗くなった世界を彩っていく。空には色とりどりの星がまたたき、完全な夜になった。


かなり長くこの光景を見ていたのだろうが、私にはめくるめく速さに感じた。


まさか夕陽と夜景と星空をいっぺんに見られるとは思わなかった。何より、下の景色を一望できるこの丘が、これらを最大限に活かしていた。


「凄かったね…思わず見とれちゃったよ」


「喜んでもらえて嬉しいよ。小さい頃に、家族で見に来た事があるんだ」


…一ノ江くんは言わないけれど、例の幼なじみとも来た事があるのだろう。ここは、良くも悪くも、一ノ江くんの思い出の場所なんだ…。


「ねえ…ひかる」


「えっ!?」


「?…どうしたの?」


「初めて私の名前呼んだ…」


「そうだっけ?」


一ノ江くんはキョトンとして首を傾げる。無機質な性格も厄介だが、夢自覚というのも困ったものである。


「ひかるは僕のどこが好きなんだっけ」


「っ…優しいところが好きだよ…」


「そうか…」


一ノ江くんは一呼吸置いて、静かに話した。


「僕は全部だ」


「…え?」


「ひかるの全部が、僕は好きだよ」


「え…ええええええええええええええええ!!?」


私は絶叫してしまった。有り得ない…一ノ江くんが言う筈のない台詞が、彼の口から飛び出した。


「嘘…冗談じゃないよね…?」


「僕が冗談を言うように見えるかい?」


私は首をブンブンと横に降る。


「じゃあ、もう一回分かりやすく言うよ」


「ひかる、好きだ」


私は次の瞬間、一ノ江くんに抱き締められていた。


「嫌かい?」


「そんな訳ないよ…私の方が先に、一ノ江くんを好きになったんだから…」


「君の方が先?それはどうかな」


「えっ!?どういう事!?」


「何でもないよ」


「もう…教えてよ…!!!…」


一ノ江くんは、私にそっとキスした。微かに、触れる程度のキスだったけど、私にはそれも刺激的すぎた。


「もう…今日の一ノ江くん意地悪だよ…」


でも…こういうのも悪くない。そして何より、一ノ江くんは笑っていた。少しは、彼の傷を癒せたかもしれない。


告白から丸一ヶ月後…私達は晴れて恋人同士となった。







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