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味のない蜜  作者: megu
8/10

優しいが故に

―第8話―


私は今、一ノ江くんの家にいる。繰り返す。私は今、一ノ江くんの家にいる。繰り返す。私は…


「早く入りなよ」


「はっ…はいっ!!」


本当に、驚きの急展開とはまさにこの事である。告白から数日で、デートにプレゼント、そして自宅にお邪魔する事になるとは…


「乾燥機は自由に使っていいから」


「うん…ありがとう」


「ちょっと待ってね…姉が使ってた服があったと思うから…」


一ノ江くんはそう言いながら、押し入れの中を探る。


「あの…一ノ江くん…」


「なんだい?」


「本当に迷惑じゃない?お家の人とかにも…」


「大丈夫だよ。今家に誰も居ないし」


「!!」


誰も居ない?という事は…今この家には私と一ノ江くんの二人きりではないか!!


「あ…えっと…」


オロオロする私に、彼はお決まりの淡白な口調で言う。


「あった。ちょっと大きいかもしれないけど、制服が乾くまでこれ着といて」


「…」


「…大丈夫だよ。別に覗いたりとかしないから」


「う…うん」


「奥の洗面所使っていいよ」


私は、言われた通り洗面所へ行き、濡れた服を乾燥機に入れ、一ノ江くんから渡された服を着る。


その服は確かに、私には少し大きい。


「ねえ、一ノ江くんって何人家族なの?」


洗面所から何となしに質問する。


「四人。両親と、歳の離れた姉が一人。姉は今海外で仕事していて、両親も共働きだから家には僕しか居ない事が多いね」


「そうなんだ…」


着替えを終え、部屋に行くと、一ノ江くんが二段ベッドにもたれかかっていた。


「昔は姉弟で使ってたんだけどね…」


そう言う一ノ江くんの横顔は、どこか寂しそうだった。


私は、自然と彼の隣に座る。


分かっている。これもあくまで、単なる親切心で家に上がらせてもらっているという事は…


でも、彼の隣に居たいと、心からそう思った。


「…今朝はごめんね」


彼が口を開く。


「酷い事を言うつもりはなかったんだけど…君の事を深く傷付けてしまったみたいだね」


とんでもない。傷付けたのは私の方だと言おうとすると…


「君が…泣いてるのを見て、本当にすまない事をしたと思ったよ」


どうやら、さっき泣いていた事に気付いているようである。声も上げずに、雨で涙も分かりにくかった筈なのに、彼は気付いていた。


私も、彼に思った事を話す。


「明彦くんから聞いたよ。一ノ江くんに何があったのか…」


「…やっぱり、明彦に何か言われたんだね」


私はコクッと頷く。


「一ノ江くんを諦めるように言われた。私達両方にとって良くないからって…」


「…」


「私は…一ノ江くんのそばに居たいって思ったから、明彦くんの忠告を無視した。そのせいであんな事に…」


「それは違うよ」


一ノ江くんは遮るように言う。


「僕は怖かったんだ…僕と関わる事で、君が不幸になってしまうんじゃないかって…」


「だから君を遠ざけるような事を言ったんだ。そのせいで、君をかえって傷付けてしまった」


「僕は、自分一人が全部抱えれば、誰も傷付かずに済むと思っていた。けど、それは間違いだったんだ…」


「僕は…あの時と何も変わってない。僕を好きになってくれた人を、また辛い目に遭わせてしまった…」


うつむきながら語る彼に、私が話しかける。


「そんな事ないよ!!一ノ江くんは悪くない。私のせいだってば!!」


「違うよ、僕が…」


「…」


数秒間の沈黙の後、一ノ江くんが語り出す。


「前にも聞いたけど…僕のどこが好きなの?」


「僕には…人に好かれる要素があるとは思えない」


「一体何で…僕なんかを…」


私が思うに、彼は優しすぎるんだ。優しいが故に全てを抱え込んで、優しいが故に傷付いて、優しいが故に…


「優しいところが好き」


私は彼を好きになった。


「僕は優しくなんかないよ」


「優しいよ。だって一ノ江くん、自分より他人を優先して、自分の事は後回しにしちゃうんだもの」


「…僕を嫌いにはなってくれないかい?」


「無理だよ。只でさえ好きな人に優しくされたら、絶対に嫌いになんかなれないよ」


その言葉を聞いて、一ノ江くんの顔が、ほんの少しだけ和んだ気がした。


恐らく彼は、いつも仕事で家に居ない両親にワガママを言う事もなく、ずっと溜め込んで来たのだろう。


その事が、彼をより無機質に、そして孤独にさせた原因だと言えよう。


私は、横から一ノ江くんを抱き締める。


「今はそばに居させて。それと、一ノ江くんは酷い人なんかじゃないよ。私と一緒で、少し不器用なだけ…」


雨の降る中を歩いてきたせいか、私達二人とも、身体が冷えきっていた。


「あと、辛い時はそう言っていいんだよ。でなきゃ疲れちゃうもん。約束だよ」


「…ありがとう」


私達は、冷えた身体が暖まるまで、身を寄せあった。


外では、今朝の強い風も、先ほどの豪雨もすっかり収まり、健やかな風が吹き、雲の切れ間から青空がのぞいていた。








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