一夜明けて…
― 第2話―
バレンタインの翌日、私は重い足取りで登校し、
自分の机に顔を伏せて落ち込んでいた。なんだか妙に
眠い。力が抜けきってしまったような気分だ。
「大丈夫?ひかる」
千穂が心配そうに私の顔を覗きこむ。もっとも、私の顔は千穂からは見えないのだけど…
「振られちゃったの?あんまり気にしない方がいいよ。やるだけやったんだし…」
「そんな単純な話じゃないんだよ~…」
「はあ!?」
私の力ない返答に首を傾げる千穂。それもその筈だ。私も正直、昨日の出来事に納得のいく説明は
出来そうにない。
1つだけ言えるとすれば、私の恋は終わった、ということであろうか。
まあ何にせよ、これ以上の新展があるとは思えないし、寧ろメチャクチャに拒絶されなくて良かったと考えるべきなのだろう。そう思っていた時だった。机にうつ伏せになっている私に、誰かが近付いてくる気配がした。
一ノ江くんだった…。私は、千穂が「ちょっと、ひかる…」
と私を呼ぶ声で顔を上げ、初めてその事に気がついた。
一ノ江くんは私を一瞥すると、ゆっくりと口を開いた。
「どうかしたの?大丈夫?」
「どうかしたの?」って…誰のせいでこうなったと思ってるの、と言いたいところだったが、彼は続けてこう
言った。
「ちょっと来て。言いたい事があるから」
「えっ!?」
私は、彼の思いがけない発言に驚きを隠せなかった。
千穂が隣で、「悪くないじゃない」と喜ぶが、私は昨日の事もあって、訳がわからなくなっていた。
「ついて来て」
彼はそう言うと、教室を出ていく。千穂が「早く行きなさいよ」とはやし立て、私は言われるがままに彼の後
を追う。
彼は、4階の美術室の前で立ち止まった。まだHR前という事もあってか、4階には誰もおらず、私たち二人だけがその空間に立っていた。
「話って?」
私は彼に問いただす。昨日とは立場が逆であることに
、あまり勘の良くない私でさえ気付いていた。
「昨日の事だけど…」
「…うん」
「ごめんね。僕も驚いたとは言え無愛想だったと思うよ。すまなかった。」
と、昨日の態度を謝る彼だったが、その謝罪の言葉にも感情はこもっていないように思えた。
昨日の状態も、驚いていたようには見えなかった。しかし、それと同時に、彼が嘘を言っているようにも見えなかった。
なので私は、彼の謝罪に対してとりあえず、「いいよ」と返した。
「受け取ってくれただけで嬉しかったし、全然気にしてないよ」
と、軽い嘘も付け加えて。
「さっきは、昨日の事で塞ぎ込んでたじゃない」
相変わらずの無感情な声で彼は言う。
なんだ、気付いていたのか、と私は心の中で叫ぶ。さっきは「どうかしたの?」と素知らぬ顔をしておいて…
ただ、こうして話していると、彼が無理矢理取り繕ったり、照れ隠しでこのような態度をとっている訳ではない事がわかる。元来こういう喋り方なのだろう。
これまでの想いもあり、とりあえずは彼の謝罪を受け入れる事にした。
「それでさ…1つ訊きたいんだけど…」
「何?」
「僕のどこが好きなの?」
「―――っ!!」
あまりの突然かつ直球な質問に思わず面食らってしまう。昨日までろくに話もしていなかったというのに、
なんという急展開だろうか。
「えっと…」
少し間をおいてから、私は話し出した。
「口調とかも丁寧で…真面目で…それに穏やかなところ?」
「なんで疑問系…」
「…」
「まあ、いいや。要するに言葉で表しきれないほど僕が好きだってことだね」
「うん…」
好きな人を前に赤面する私…。本来ならとても良い
シーンの筈なのに、この淡白な彼の口調のせいか、どうにも盛り上がらない。
そんな事を考える暇もあらばこそ、彼は私に語りかけてきた。
「今度の休日空いてる?」
「ほえっ!?」
驚きのあまり変な声が出てしまった。もう一度訊いてみよう。聞き間違いかもしれない。
「ごめん…もう一度お願い」
「いや…このまま何のお返しもなしだと失礼だと思ってさ…休日にどっか行こうかなって…」
…なんということだろう。私の見当違いでなければ、
今デートのお誘いを受けている。いや、デートとは、
男女が待ち合わせして会うことをいうと辞書に書いてあった。つまり、この状況は間違いなく…
「それって…デート?」
「まあ、そうだね」
デートだ…。この無表情な顔からこんな台詞が飛び出すとは…意外すぎる。いや、昨日より前だったら、願ってもないことだったのだが、彼から発せられる感情のない言葉。そして会話の内容からは考えられない程の淡白な問答はまるで…
味のない蜜を舐めているようだった…




