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婚約破棄

作者: 黒羽有希

「別れよう」と、婚約者に言われた。


式の日取りも決まっていたし、招待状も送った後だ。


今さら、結婚をやめるなんて。

招く友人に、どんな言い訳をすればいい?


「どうして駄目なんだ?好きな男ができたのか?」


彼女は、保育士の同僚だった。

子供に向ける無邪気な笑顔に惹かれたと、告白した後教えてもらった。

だから結婚したら子供を作って。笑顔の絶えない家庭を作れたらと、思っていたのに。


「あなた、子供嫌いでしょ?」


唐突に彼女が言った。


「そんなわけないだろう!」


「でもあなた、子供がおしっこを漏らしたら、顔を打ったわ!」


確かに、あの時は我慢できなかった。

小さくて可愛い子供が、泣きながらおしっこを漏らして下着を汚したこと。


だから打った。なぜ我慢できなかった、と。


「私、あなたがそういう風に子供に接するのを何度も見たわ。もう耐えられない!」


彼女は泣きながら、僕を捨てた。

僕達は、これから共に暮らす真新しい家の中にいた。

家電が揃い、電気もガスも通っていて、今日からでも住めた。


僕はキッチンから包丁を手に取る。

去っていく彼女はブーツを履くために、玄関に座って背を向けていた。


僕は包丁を手に、彼女に近づいていく。










からん、と扉が鳴って僕は店の中へ入っていった。


「すみません、今日は貸しきりでして」


店員が僕に言う。

店の前の看板を見ると、確かにそう書いてある。


結婚式の二次会か……。


なんて奇縁なんだろう。

僕が顔を歪めて店を出ようとすると、


「構わないわよ」


黒髪の綺麗な女の人が呼び止めた。


「どうせ結婚式は中止になったの。花嫁が教会に押しかけてきた元彼と逃げちゃって」


「それは……悲惨だね」


僕は花婿に同情した。


「だから今夜は慰安会」


「……僕も彼女にフラれたんだ」


僕が言うと、彼女は少し驚いたように目を見開いてから、クスリと笑って腕を絡めてきた。


「飲みましょ」


「君は恋人いるの?」


「いるわよ。だから、今日は慰めるだけ」


シビアに彼女は言ったけれど、僕は内心ホッとしていた。


僕の恋人も彼女ひとりだ。永遠に。


もうこの世にはいないけれど……。


「乾杯」


彼女のグラスにチンッと澄んだ音をたてて合わせる。


今はこの慰めに甘えよう。

服に染みついた恋人の血の臭いに、この美女が気づくまで。





―おわり―

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