一話
(仮)から長編に加筆修正したものです。
目が覚めた俺はどうやら異世界に来てしまったらしい。
あの実践訓練で落ちて助からないだろうと思っていたが気付けば草原で横たわっていた。
メアルジアは機械科学の進んだエデンでは空想とされた魔法が主流の世界で、初めのころ俺は戸惑ったもんだ。そんな俺に手を差し伸べてくれたのはこの世界でどこの国にも属さない遊牧の民、エレスタの民だった。
そこの族長から聞いた話では過去に何度か俺みたいに異世界からの来訪者はいたそうだ。エレスタの民にこのメアルジアの世界を守護する神子の一人、カノンはここに来た何人かは自分の世界に帰った、とのこと。しかしながら、どうやって元の世界に帰るかは解らないといのだから、俺はお手上げ状態なわけだ
。ここが俺からしたら異世界であるということも族長から聞いた話だった。そりゃ服装も違うんだ。疑う余地はなかった。
メアルジアに何故か来てしまった俺、坂谷晴樹。ここに来て早二ヶ月。生活にも慣れてきたところだ。
俺の一日は早朝に遊牧している牛やらから乳しぼり。これは慣れたら結構楽しかったりする。そして朝食の後メアルジアに来てから始めた剣術を族長の息子であり、このエレスタの戦士でもあるドゾイさんから教わる。エデンにいた頃俺は狙撃手だったわけで、剣術はからっきし駄目だった。が、俺も男だ、これきしと必死こいて何とか様にはなったようだ。午後は馬を借りて遠乗りに出たり、族長やカノンから魔法やらこの世界の成り立ちを聞いて勉強する。
この世界は地図に現すと大小さまざまな五つの大陸からできていて、一つの大陸に複数の国が存在しているらしい。
俺が聞いた話では、エレスタの民はこの世界各地に点在しているらしい。俺がお世話になっているのはコルガさんを長とした民で、主に五つある大陸の東側にあるフォーリア大陸を中心とした地域で生活をしている民だそうだ。
ここに来て感じるのは、なんてここが『自由』なんだということ。国に入れば勿論法律があり、エレスタでも掟がある。しかし、エデンのように全てを機械に委ね意思や思想でさえも支配されたあの世界の異常さがこうも浮き彫りになるとは。いや、俺もうすうすは感じていたんだ。ただ、それまでの思想教育やらで俺の意思すらあって無いようなものだったんだろう。
まぁ、今思えば俺の場合その思想教育による支配は少し解けかけていた気がする。うすうすでも異常さを感じていたということは、解けかけていた証だ。普通はそんなふうにすら思わないし感じない事だろう。
「ハルキ」
「おう、シンア」
座って景色を眺めていた俺を呼ぶ声のする背後を振り返ればそこにはシンアの姿だ。シンアはエレスタでも俺と歳も近い為か、直ぐに仲良くなった青年だ。褐色とまではいかないが、健康的に焼けた肌色に薄い金髪と青い瞳。髪と瞳はエデンの西洋人と似通っているが、それがエレスタの民の特徴だそうだ。
シンアは背中まである長髪を後頭部で一纏めに結っている。顔だちもすっきりとしているからエデンではモデルにでもなれそうだ。
「お前は此処が好きだな。此処に来てから良く来ている」
「まぁな。この丘は此処ら一帯の草原が見渡せるし、いいところだ」
シンアはそう言いながら俺の隣に腰掛ける。俺たちはしばし無言で夕日によってオレンジ色に輝く草原を眺めた。
一週間前に此処に移ってきてから馬を走らせ見つけたこの場所は、今俺たちが居を構える場所から馬で五分ほどしたところにある小高い丘の上だ。秘密の場所というわけでもないからこうして時折シンアや他の仲間とも来る。
「・・・そろそろ戻った方がいい。風が雨を運んでくるそうだ」
「流石風使い。便利だな」
ここに来て驚いたのは魔法と精霊の存在だった。魔法は自然界の精霊の力を借りて発動させるそうだ。その為に術師は自分の得意とする属性の精霊との意思疎通が欠かせない。精霊は基本人が好きのようで、こうして術師に話しかけてくるそうだ。
「ハルキにもきっと聞こえるようになる。族長もカノン様も仰ってたことだしな」
「そうなるといいけどな」
俺たちは立ち上がり後ろの木に繋いでおいた馬に跨り、その場を後にした。
カノン曰く、俺も魔法は使えるらしい。まだこの世界に体が馴染んでいないため、精霊の姿も声も聞こえないが、いずれは精霊との意思疎通が可能になるとのこと。それなら是非風の魔法で空を飛んでみたいものだ。空軍の戦闘訓練で戦闘機には乗ったことはあるが、あくまで訓練だ。悠長に空からの景色なんて見ている暇がなかった。
よって俺が魔法を使えるようになった時の目標は空を自由に飛ぶこと。俺にはどんな魔法が使えるのだろう。
馬を走らせ見えてくるのは木で作った策に囲われたパブの集まり。俺たちは囲いの手前で馬から降り、手綱を引いて歩く。
「ただいま」
「あ、ハルキとシンアだ! お帰りなさい!」
馬をなおし、歩いていると外で遊んでいた子供たちがわらわらと寄ってくる。うん、子供は可愛い。しかも、エレスタの民は顔だちが皆整っているからここにいる子供たちの将来はきっと美女やら美形の集団になるに違いない。それに加え、こう無邪気で無垢な笑顔を見ると癒される。エデンの子供は幼い頃から思想教育でどうも子供らしさがない。
こう考えていると思うのが最近俺はエデンとメアルジアを比較することが増えた気がする。あっちはああだった、こちらはこうだ。と、そうせずにはいられない程に、人間らしさに欠けた生活をしていたんだと思うと寒気がはしる。
「あら、兄様にハルキさん。お帰りになっていらしたのね」
「あぁ、マキノ。ただいま」
可愛らしい声が聞こえ、そっちに視線を向ければこれまた可愛らしい顔だちをした少女が調理をする専用のパブから樽を抱えて出てくるところだった。彼女はシンアの妹で名はマキノ。シンアより頭一個分低い身長に綺麗な翡翠の瞳に、シンアに似た薄い金髪。その髪を耳の後ろで二つに結っている。
シンアは子供たちをかき分け、マキノが抱えていた樽をさり気無く持ってやっている。妹思いのいい兄貴だ。時折過保護過ぎないかと思うときもあるが、そこは目をつぶろうと思う。
「ほら、お前らもそろそろ自分のパブに戻れよ。あんま遅くなると族長にお叱りを貰うぞ」
「はーい!!」
俺の言葉に群がっていた子供たちは素直に返事をして各々の家族の待つパブへと帰っていった。本当に素直でいい子たちばかりだ。
「そういえば」
俺が感心しているとマキノが思い出したように口を開いた。
「族長がお二人が戻ったらパブに来いと仰っておられましたよ」
「族長が?」
朗らかな笑顔で伝言を告げるマキノに俺とシンアは顔を見合わせる。何か大事な用でもあっただろうか。シンアも知らないようなのでとりあえず行くことにする。
「解った。伝えてくれてありがとな、マキノ」
「ええ。ささ、兄様もどうぞ行ってください」
「いや、俺はこれを手伝ってからいくよ。ハルキ族長に遅れると伝えてくれ」
俺は手を上げて返事を返すと、二人の横を通り抜けて一番奥のパブを目指して足を進める。
歩いているとこの二ヶ月で顔見知りとなった人々から声をかけられ軽く応答しながら目的のパブへと着いた。
「族長、晴樹です」
「入れ」
俺がパブの前で声をかけると中から族長の低い声が返ってくる。俺は失礼しますと声をかけてから麻布を腕でよけて中に入る。入って正面に白髪と白髭を携えた族長、コルガさんが座っている。齢80を超えた男性でありながらエレスタの戦士長も兼任するご老人だ。
族長は持っている杖で自分の前をトントンと叩く。座れという意味なのだろ。俺は指された場所に胡坐をかいて座る。
「シンアはどうした」
「少し遅れるそうです。じきに来ると思いますよ」
族長はそうかと短く答えると今日は何をしていたかと、俺の近状を聞いてまたそうかとしわくちゃの顔を優しげにゆがめた。俺はこの人のこういう温かなところがすきだったりする。そして族長の男らしさには尊敬の念を持っている。純粋な強さも長としてのまとめ方もこの人はそつなくこなす。
「族長、シンアです」
そうこう話しているうちにシンアが姿を現し、中に入ると俺の隣に腰を降ろした。シンアは遅れた詫びと頭を下げるが族長は構わなと答えた。
「・・・実はな、ゾドイとは話たんだがそろそろサンイに向かおうと思うのだ」
「あぁ、もうそんな時期ですか」
シンアは族長の話に納得がいったようだが、初めて聞く話とおそらく地名であろうサンイという単語に俺は首をかしげるしかなかった。
「サンイって?」
「うん、俺たちはこの秋の時期にサンイっていう国で演武を定期的に披露するんだ。首都の広場を貸し切って」
聞けば、そのサンイの王が族長と親交があり、コルガさんを族長とするエレスタの民の後ろ盾にもなってくれているらしい。つまりはその友好のあかしとして春と秋の収穫祭に俺たちを招待して、こちらはエレスタに伝わる神話の演武や騎馬術を披露するらしい。
「そうなのか。ん? 族長、俺を呼んだ理由ってそれを伝えるためだけですか?」
正直言って余所者である俺にそんなことを伝える必要は全くと言っていいほどないはずだ。なら、俺の呼ばれた理由は他にあるはず。
「あぁ。カノンが言うにはサンイの王都にもう一人の神子様がいらっしゃるそうだ。もしやハルキが元の世界に帰る方法も知っているかもしれん」
「!! 族長、それは・・・」
族長の言葉に俺は驚きが隠せなかった。それは俺だけではなかったようで、隣のシンアも驚いているようだった。
この世界を守る四人の神子は一世代に四人という決まり以外はどうやって神子に選ばれるのかも解らないというしかしもし神子の一人が天命を前に亡くなることがあれば、その神子の決断で神子の力を誰かに継承できるという。ある物はカノンのように遊牧民族に生まれ世界各地を転々とし、またある者は国に神官として使えるようだ。そして神子には不思議な絆があるようでお互いの存在は互いに感じられるようだ。カノンがいると言うのだからそれは本当の事だろう。
「族長、何故その神子様が帰る方法を知っているかもしれないと言うのですか?」
「そうだ、カノンは解らないと・・・」
「私を過信してくれるのは嬉しいけど、私だって万能じゃないわよ、ハルキ」
俺の言葉を遮るように突然背後からした声に体を震わせ振り返るとパブの入り口に胸の前で腕を組んだカノンの姿があった。
「カノン、今しがたハルキに伝えたところだ」
「そう。ハルキこの話はサンイの神子から直接文で来た話なの。あちらは役に立つか解らないけれど、見せたいものがあると」
カノンは俺の隣に腰を降ろした。実はカノンの姿を見たのは三日ぶりだ。基本カノンは自分のパブに引きこもっていることが多い。俺がこの世界の事を聞きに行ったら様々な文献を黙々と読んでいることが多いのだが。
「・・・解った。会ってみるよ、その神子様に」
「そうこなくちゃね。既に城に伺うと返事はしてあるから」
ん。まて、いまカノンは何と言った? 返事は既にしてあると言ったか? つまり俺に確認を取らんでもサンイに行くこは決定事項でどうする気もないが、城に神子訪問する事も決定事項だったということだ。
「カノン・・・」
「うじうじ悩まれても困るからね。返事はさっさとするに越したことはないさ」
はははと笑うカノンに俺は無性に殴りたい気持ちがわいてきた。シンアは俺の隣で俺を哀れなものを見る目でみてきやがる。それはそれで腹が立つ。
「・・・まとまった様だな。ならば、移動は一週間後、他の者にも今晩にでも伝えるとする」
族長の言葉に俺たち三人は無言で頷いた。
それから一週間後、俺たちはサンイの首都に向けて移動を開始していた。このまま順調にいけば後三日程で着くらしい。しかも祭り当日の二日前に到着予定とのこと。準備は大丈夫か、と思ってしまう。
聞けば祭があるのはいま準備期間中で、サンイの首都は様々な国からの露天商達が店を構える場所取り合戦になっているらしい。少し遅れて行く理由はそこにあるという。確かにこんな大所帯で首都に入れば他の人の迷惑にしかならないだろう。しかし、そうなると自分たちの場所は大丈夫なのかとゾドイさんに聞いてみると、自分たちは恒例で広場の一番いい場所をすでに王が確保してくれているらしい。そして演武などの練習は幼い時からしていて、あまり問題ないそうだ。
目指すはサンイの首都。
こんばんは、こんにちは。野々村です。
『異世界異聞録』長編使用にございます。
一回短編で書いたら頭の中こっちの話でいっぱいになってしまいました。
感想があればお気軽にどうぞ!!