世知辛いスタート
男が鎧を着たおっさんに連行されていく、改めてこれがドッキリでも夢でもない紛れもない現実だと思い知らされた。
いや最初から分かっていたが認めたくなかったんだけなんだろう、どこかで元の世界に帰れるって言う根拠のない思いがあったのかも知れない。
もう家族にもダチにも職場の仲間にも二度と会えないかもしれない。
こっちの世界で生きていくにしても後ろ盾どころか知り合いもいないし無一文だ、考えれば考える程、どうしようもない絶望が襲ってくる。
「サカモト様、危ない所をありがとうございました。お礼をしたいのですが何しろ貧乏な田舎の神殿ですので」
神官長がもし分けなさそうに謝ってくる。
「いえ、泊めてもらえたお陰で現実を見つめる余裕が出て来ました。正直まだ受け入れきれてはいませんけどね」
だからと言って神官長にあたるのは筋違いってやつだ。
「先ほどの動きを見る限りサカモト様なら冒険者をしても生活をしていけると思います。隣町の神殿に紹介状を書きますので冒険者登録をする事をお勧めします」
神官長様の話によると、この世界の殆どのギルドを神殿が管理しているとの事。
スキルは生活や仕事に必要な物も少ないらしい。
例えば商人なら鑑定系スキル、鍛冶屋には錬成スキル。
「料理人に技術スキルですか?そんなのは自分で身につける物でしょ」
「異世界から来た人はそうかも知れませんが、この世界では所持しているスキルが人生に大きく影響されます」
契約する天使によっては人生が決まると言っても過言ではないらしい。
天使と契約するには神殿を介する必要があり、スキルを覚えるにも神殿に頼まなければならない。
(神殿は権力を持ってそうだから逆らわない方が正解かもな、でもそうすると俺の立場は微妙だよな)
何しろ俺の存在は神殿にしてみれば目の上のタンコブでしかないんだから。
「冒険者になるにしても俺は無一文ですよ。冒険者になる前にバイトか何かしないといけませんね」
料理スキルはないけど、料理の腕には多少自信があるし皿洗いも得意だ。
「町まで無手では危険です。サカモト様は得意な武器はありますか?こんな神殿ですが冒険者の方々がスキルを覚える時の手数料の代わりとして置いていった武具があります」
どうやらスキルシステムは随分と生々しいシステムらしい、身内や部下をスキルを覚える為に差し出すなんてのもあるかもしれない。
「ありがとうございます。そう言え料理人はどうやってグローリーを稼いでいるんですか?」
一般市民がスキルを覚える為に魔物を倒すには無理がある。
「グローリーは人に感謝される事で貯まります。天使様は常に私達を見てくれていますから正しい行動をすれば自然とグローリーは貯まっていきます」
逆に言えば天使的に正しい行動をしなければグローリーはなかなか貯まらないと、稼ぐ信者がいれば天使は鼻高々になるんだろうな。
なんか管理社会みたいで嫌だけど。
「グローリーは人に譲る事も出来るんですか?」
「ええ、自分のお子さんの為にグローリーを残す方もおられます」
「他人にも譲る事が出来るんですか?」
「双方の合意と神殿の許可があれば可能ですよ」
つまり王侯貴族が税金の代わりにグローリーを寄越しなさいってパターンもあるんだろうな。
例えば国を治め民を守ってくれている王様に毎月1,000グローリーを納めましょうとか。
「さあ、こちらからお選び下さい。お勧めは銅の剣か銅の槍ですね」
神官長様の案内してくれた部屋には武具や防具の他に宝石等の装飾品も置かれている。
これだけあって銅シリーズを勧めてくるのはおそらく
「ここの物は、この神殿の財産ではないんですか?」
「今の所は、半年に1回大神殿に寄贈する事になっていますから正確には違いますけれど」
やっぱり、だから神官長様は安めの装備を勧めて来たんだろう。
神殿に上納金システムがあるとは、何とも世知辛い異世界だよな。
「これを貰っていいですか?」
俺が選んだのは1mぐらいの木の棒、素材は樫だと思う。
「それはただの棒ですよ。剣や槍の方が良いのでは」
「剣は刃こぼれします。それにうちの流派には棒を使いますから」
鉄パイプや物干し竿にまで応用が効かせる棒術。
それに俺が棒を選んだ時に官長様はあからさまにホッとしてたし。
「そうですか。その代わりと言ってはなんですが新しいスキルを覚える為の手数料は免除にします」
「それならアルバ常在ウイルス耐性スキル、アルバ文化スキル、生水耐性スキルをお願いします」
俺の異世界スタートは所持金0、知り合いなし。
装備は樫の棒に紺色のパーカーにジーンズ、靴はスニカー、使えない携帯と財布に愛用のぺティナイフにディバッグ。
それに世知辛い異世界でやけくそになっている俺の気持ち。
とりあえず紹介状があれば町の神殿に泊まれるのが唯一の救いかも知れない。
ちなみに男性キャラが多く出てくる予定です