火の第7級天使イスラ
1人の若い青年がウムヌーイ公爵家の私設礼拝場で祈りを捧げていた。
青年の名前はアース・ウムヌーイ、やがてアースの前に1人の天使が舞い降りた。
「アースよ、近頃、我に捧げるグローリーが少ないぞ。グローリーを多く捧げると言うから、お前をウムヌーイ公爵家の跡取りにしてやった事を、よもや忘れた訳であるまい?」
「私がイスラ様のお言葉を忘れる筈がございません。近日中に必ずイスラ様がご満足されるだけのグローリーを捧げてみせます」
アースはイスラの言葉に恭しく答えてみせる。
「兄ロークを廃嫡させてまで跡取りとなったのだから、我への感謝をかかすでないぞ」
アースがまだ少年だった頃、彼はイスラにある願いをしたのだ。
それは兄ロークではなく、自分こそが公爵の跡取りに相応しいので、イスラ様から言葉添えをして欲しいと言う願いであった。
兄ロークは公爵家の長男という立場を笠に着た傲慢な性格である。
もし兄が当主となればウムヌーイ家は民に見限られイスラ様に捧げるグローリーも少なくなる筈、だから私を跡取りに選んで欲しいとイスラに願ったのだ。
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火の第7級天使イスラ・セブティムは焦っていた。
ウムヌーイ家から火の神殿に戻った彼女に届いていたのは、光の第2級天使アトランジェからの手紙。
(なんで?なんで私の所にルーチェ様やチェーニー様が来るの?2級のアトランジェ様だけでも吐きそうなのに)
7級とは言え、イスラが火の1級天使フレイと会ったのは約100年前である。
1級、2級天使に報告を行うのは3級天使の役目なので有事以外は会う事がない。
ちなみに4級天使までが管理職で、5級以下は自分の信者に接するのが仕事だ。
イスラの主な仕事は自分が守護している貴族への顔見せで、要望に応じて予言や訓戒を与えたり、たまにグローリーに応じてスキルを与えている。
「イスラ、貴女何をしたの?ルーチェ様とチェーニー様に呼び出されるだけでも信じられないのに、わざわざご来訪されるなんてあり得ない!!」
「ルーチェ様とチェーニー様がお2人で動かれるなんて、魔王を倒した時以来だよね」
同僚の言葉で、イスラの胃はさらに痛みを増す。
「知らないわよ!!むしろ私が教えて欲しいぐらいなんだから」
普段は貴族に上から目線で接しているイスラであるが、自分が下の立場に立たされると打たれ弱かったりする。
それから3時間後、火の神殿の応接室で、イスラは震えていた。
(しゃ洒落にならないプレッシャーが3つも近づいて来る…何んなの!!この光の力は)
「貴女がイスラですね。貴女に命令があります。貴女が守護するウムヌーイ家の長男、ローク・ウムヌーイの元に今すぐ降臨し、彼とパーティーを組んでいるサカモト・トラマの事を聞いてきて下さい…良いですね」
アトランジェの迫力に反射的に頷くイスラ。
「イスラ、先輩は天使にマイナスイメージを持っている可能性が高いんだ。これ以上天使の好感度を下げるんじゃねえぞ…頼んだぞ」
そう言ったルーチェの目は全く笑ってない、それどころかルーチェの周りには光の攻撃魔法が展開されていた。
(やばいって、私ロークに恨まれてるんだよ)
「分かりました。そのトラマと言う人間の何を聞けば…」「おい、お前、誰の許しを得て先輩を呼び捨てにしてんだ!!そんな羨ましい事は俺が許さん」
あまりにも理不尽なルーチェの言葉に涙目になるイスラ。
「とりあえずサカモトさんに彼女がいるか、彼は異世界の人間なのか、それを聞いて欲しいの…良いかな?」
チェーニーはルーチェの暴走を止める為にイスラに助け船を出す。
「それではロークにウムヌーイ公爵の礼拝場に来る様にお告げを…」「お告げをする暇があれば、確認が出来るよな?いや、今すぐ俺と一緒に行くぞ!!先輩に何かあったらどうするんだっ!!」
そう言うと、ルーチェはイスラの手を取り椅子から立ち上がる。
一刻も早く行きたいらしく、足をばたつかせていた。
「ルーチェちゃん、落ち着いて。イスラちゃんが困ってるわよ。イスラちゃんごめんなさいね、ルーチェちゃんはサカモトさんの事になると必死なの。本当にごめんなさいね」
チェーニーはそう言うと、イスラに頭を下げる。
(その方が胃にくるって、これで失敗したら闇の天使達から総攻撃をくらうじゃん)
「だって、先輩に会いたいんだもん…先輩にルーチェって、呼んで欲しいんだ」
(な、涙目!!アトランジェ様の目が怖い!!これは速効ロークの所に行くべし)
「不祥、イスラ・セブティム行ってまいります!!」
イスラは脱兎の如く応接室から飛び出しって行った。
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イスラとしては、広いアルバからロークを探し出すのは困難で中々見つけれず
ルーチェが諦める流れに期待したのだが…
最後にトラマからゲイルにグローリーが届いたというウーズーィの町に近づくにつれて無視できない力を感じてしまった。
(な、何!!この神具並みの反応は?あれはロークなの?)
イスラの知っているローク少年は、何時も身だしなみに気を使い、派手な服を着ていた。
しかし、今見えている青年の鎧は傷だらけで薄汚れているし、顎には無精髭が生えている。
「ローク・ウムヌーイ、久しいですわね。私の事を覚えていますか?」
「俺はただの庶民ですよ。誰かと勘違いされていませんか?」
取りつく島もないロークの態度にイスラの頭を真っ白になっていた。




