序章-01
「……ねぇ、お話しない?」
いつの頃からか、不思議な夢をみるようになっていた。
「あなたの名前は?」
その夢というものは、一言で言うと「牢に囚われた少女とおしゃべりをする」というもので、なぜこんな夢を見るようになったのかは自分でもわからない。
だが、その夢――彼女との逢瀬を自分は楽しみにしていた。
「私はね、フェリスっていうの」
俺は夢の世界で、彼女――フェリスと名乗った少女と毎晩のように会った。
フェリスはまるで、お人形のような美少女だった。
炎のような朱色に染まる、瞳と長髪。整った顔立ちに、白滋の肌。麻の服越しに見られる胸の膨らみはささやかなものであったが、すらりとのびた四肢が身体の曲線美を連想させる。
だが、げに痛ましきは手足に嵌められた枷と壁に繋がれた鎖だろう。
フェリスは別段それらを気にしている風ではなかったが、牢の格子と相まって、とても重苦しい。
「へぇ、あなたの国って面白くていいところなのねぇ。天まで伸びる建物が建ち並ぶ大都市ですって? 想像もつかないわ。まるで別世界みたい」
フェリスとはいろんな話をした。
俺がここにいるのは、フェリスが召喚魔法を使ったから。それは精霊を召喚するものとのことだが、たまに幽霊、あるいは思念体を呼び出すこともあるという。
その為なのか、俺の身体は幽霊みたいに透けていた。足はついている。死んだ記憶もないし、翌朝にはちゃんと「夢」から覚めることができていた。とりあえず、思念体というやつだと思いたい。
何故、召喚魔法を使ったのかということに関しては、牢屋が退屈で、話し相手が欲しかったから。らしい。
フェリスの話を聞くに、ここは異世界であるということは何となく察しがついた。魔法など、現実的ではないからだ。ここが牢屋で、フェリスの容姿が幻想じみていたというこしている。
彼女の話とは反対に、俺が話す内容は、どれも下らないものであった。家族のこと、友達のこと、食べ物のこと……。しかし、フェリスはどんな話にも目を輝かせてのってきた。
「お父さんは? こうむいん? なにそれ? ああ! 国の雇われた……貴族? え? 貴族じゃないの? 平民?」
父の話一つだけでこの調子である。
彼女の質問は途切れることがなかった。自然と、俺が話し、彼女が聞き手になるという流れになる。時間はあっという間に過ぎていった。
「あら、もう日の出なのね……。残念だわ……。じゃあ、また夜に。待ってるわね」
そうして、この夜もいつものようにして終わった。
この何気無い会話が、フェリスとの最後の会話になるとも知らずに。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
翌晩。
夢の世界に――彼女の牢に――来た俺を迎えたのは、謎の黒い穴だった。
「いぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
唐突だった。言うなれば、行きなり始まったのだ。
部屋の電気を消し、布団に潜り込み、さあ夢の世界へと目を閉じた瞬間、この状況なのだ。
わけがわからない。
「ひぃっ!!!」
反射的に牢の鉄格子に捕まる!
牢の中に彼女の姿はない。石壁に格子、そして彼女を繋いでいた鎖だけだ。今の鎖の先は、黒い穴に伸びている。穴は、人一人を丸呑みできるほどに大きい。まるでブラックホールだ。それが、俺をのみ込まんとしていた。
鉄格子を掴む指が、手首が、肘が肩が、嫌な音を立てて軋む。必死になって格子に捕まって耐えるが、黒い穴はそれを許さない。無理矢理にでも引き剥がそうとする。
と、そこで――俺は牢の外に一人、男が立っていることに気づいた。
『――――――――』
男は鉄格子の向こう側、牢の外に立っていた。漆黒のローブを身に纏い、正面で手を組んで、何かを唱えている。げっそりとした――まるでミイラのような――顔立ちには生気というものが感じられない。目は焦点が定まっておらず、死人のそれだ。
『―――――!』
男が何かを唱えた。黒い穴が一回り大きくなり、吸い込む力が強くなる。
「――――っ!」
男は何をやっているのか?
何故平然と立っているのか?
黒い穴はこの男が原因なのか?
彼女――フェリスは?
様々な疑問が頭を過る。
が、考えている余裕はなかった。
とっさに指に力を入れる!
筋が切れようが、腕がちぎれようが関係ない!
必死に鉄にしがみつく!
しかし、黒い穴はそれを許すほと甘くなかった。
(あ――)
指が鉄格子から剥がれる。
手にこびりついた鉄錆びを感じた。
周囲の景色がスローモーションのように流れる。
足が穴に吸い込まれるのを見た。足首、ふくらはぎ、膝、太股と――呑み込まれていく。
腰、胸、肩――。
不気味な感覚だった。身体が黒に食われていく。生暖かい、血?
――フェリス?
何故か彼女の事が頭を過り。
ついに全身が黒に呑み込まれた。
最後に見たのは男の、笑った口元だった。
初めまして。閲覧いただきありがとうございます。
半ば勢いで始めたもので、至らぬ点も多いかと思いますが、完結目指して更新頑張ってみたいと思います。