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樹雨が滴るとき

作者: カズト

 プロローグ


 彼女の国は未曾有の危機に瀕していました。魔女と呼ばれる存在によって。

 魔女、あなたが想像する魔女とはちがうかもしれません。彼女らは美しい女性の容姿を有していましたが、中身は魔物、魔獣の類でした。

 殺戮の化身。邪悪な魂で眷属を増やしていく。吸血鬼に似た高位の存在。


 彼女の幸せ。彼女の日常。奪われたのはもしかすると必然だったのかもしれません。



 樹雨が滴るとき



 彼女はこどもでした。純朴で純粋で無力なひとりのこどもでした。

 生まれも育ちも山間のへんぴな村。まれに街からの行商人が現れることもありましたが、だいたいは集落で暮らす閉鎖的な村。

 そんな村で彼女は忌みきらわれた存在でした。色素のうすい銀色の髪。閉鎖的な空間ではそれだけで差別の対象です。

 両親は魔女に殺されて。この村に引き取られてからというもの彼女に平穏はありません。なまじ美しい容姿を持っていたのが彼女にとっての不幸でした。


 けれど、彼女にもひとつの救いがありました。彼女には大好きな友達がふたりもいたのです。

 ひとりは茶髪で元気いっぱいの少年。もうひとりは大人しくてしっかりものの少女。

 いつも彼らと町外れの森でこっそりと遊ぶのが彼女の楽しみでした。


 時はさらに進みます。 


 魔女からの被害は悪化の一途をたどり、ついに田舎育ちの少年にまで兵士召集の知らせが届きます。

 そのとき、彼女はすでに絶世の美貌を形成していましたが、外見は薄汚れ、みんな魔女だと気味悪がって近寄りません。それでも少年は彼女に恋心を抱きました。そして、彼女も。

 彼女は迷いました。自分なんかで本当にいいのか。自分を好いていると少年は村八分を受けるのではないか。彼女は返事を保留しました。――永遠に。


 ――少年は戦いにおもむき、戦地で魔女に殺されました。


 魔女の獲物は精気を抜かれ、惨たらしい最期を遂げます。

 彼は苦しかったのか。それとも怖かったのか。少年の死は彼女の心にぽっかりと穴を開けました。

 そして、それは親友の少女も同様だったのでしょう。少女はショックで心を閉ざし、ある日、村から姿を消します。うわさでは魔女たちに復讐するために。しかし、それはあまりに無謀というもの。

 彼女はとうとうひとりぼっちになりました。毎日、毎日、泣きました。泣いて泣いて。涙が枯れ果てるまで。


 しかし、彼女の美しさは悲しみに比例せず、あるいは悲しみに比例してますます磨きこまれていきました。


 幼き日、三人で遊んだ思い出の森。

 風も、木も、水も、動物も、淡い木漏れ日も、なにひとつ変わってなどいない。もし、変わったものがあるとするなら、それは彼女の方。

 彼女はぼんやりと木のみきに座ります。もう、あのころの笑い声は聞こえません。

 ぼんやりとぼんやりと、時間だけがすぎていく。朝になり、昼になり、夜になり。太陽はのぼり、沈み、月は輝き、また、太陽がよみがえる。

 それから三日経ち。深緑の森に少女の悲鳴が轟きました。 

 こんな薄暗い森に果たして人が来るのか。いや、来たのかもしれない。彼女だって来たのですから。

 

 彼女はおぼつかない足取りで、やせ細った足で、それでもがむしゃらに森を駆けます。


 木々が焼き払われ、視界のひらけた森。燃えさかる炎。おそろしい力でひしゃげた大木。武装した人間が無造作に転がっていて……

 彼らは例外なく事切れています。むりやり目をそらしさらに奥へ奥へと突き進みました。

 武装した男たちの仲間か。おそらく最後の生き残りが今まさに少女を斬ろうと剣を振り上げていました。

 

「やめて!!」


 彼女はとっさに少女をかばいます。武装した、出で立ちから山賊だと分かる、男はぴくりと反応しました。


「なぜだ。そいつは魔女だぞ!」


 彼女はわかっていました。少女の瞳が真紅だってことも、少女が魔女だってことも。それでも少女をかばいました。理由は自分でもわかりません。

 すがりつくような少女の目。おびえているのかガタガタと身体を震わせています。彼女の決意は固まりました。


「お願いします。やめてください」

「ふざけるな! 仲間もこいつに殺された、殺されたんだ! 邪魔するならお前もだ、お前もだああああああああああ!!」


 振りかぶられた剣。彼女は少女をぎゅっと抱きしめます。


「すまない」

「え?」


 ずぶずぶと首筋に食い込む牙。なにかが吸い取られた感覚。ドクドクと激しくなる動悸。彼女の意識は次第に遠のいていきました。


「いい血だ」

「この、化け物め!!」

「化け物で結構。全能なる闇の炎よ。我が敵に報いを与えたまえ。我の望むまま、焔に敵を抱け」


 彼女の耳元で少女は小さく呪文を唱えます。血の流れる指で少女は虚空に術式を刻みました。

 瞬間的、かつ限定的な大爆発。木々がなぎ倒され、男は木っ端微塵、いや、灰となって消滅します。

 少女はひざについた泥をパンパンと払い落とし、


「さて、思わぬ拾い物だ」


 †


 彼女はゆっくりと目を覚まします。意識がぼんやりとして定まりません。


「目が覚めたかな?」


 その言葉にはっきりと意識が覚醒します。四肢が動きません。見ると術式の刻まれた枷に拘束されていました。


「あなたは」


 それは彼女が助けた。いや、助けられた少女でした。

 黄金の髪の毛。額に刻まれた紋章、血のような真紅の眼。いくら外見をごまかそうと、ごまかし切れない魔女の証。

 かたわらに数人の黒い剣士。その中から少女だけが彼女に歩み寄りました。


「お前には礼を言う。おかげで命を救われた」


 丁寧に一礼する少女。とても子供とは思えない洗練されたふるまいです。


「さっそくだが本題に入ろう。自分が拘束されている理由、分かるな?」

「――私はあなたたち魔女に、殺される」


 それでもいい。彼女は自暴ではなく、諦めでもなく、ふと、そう、思いました。あの世で少年に会えるならと。


「ふふ、安心しろ。私はお前が気に入った」


 しかし、告げられた言葉は意外なものでした。


「お前を我が眷属として迎えよう。お前の容姿、我を助けたあの行動力、何よりその心を染める深遠の闇。すべてが我が眷属にふさわしい」


 少女が言い切ると周りの魔女が口々に、


「光栄に思え。我が君に気に入られたことを」

「どんな魔女が生まれるんだろうね。楽しみ、楽しみ」

「我が君に任せろ。そうすれば苦しくない」


 絶対的、圧倒的な恐怖が彼女を縛りました。一度は諦めた命です。ですが、この恐怖は間違いなく生存本能から来るものでした。

 歯がガチガチと耳障りに鳴きます。冷や汗が頬をつたい、枯れたと思っていたはずの涙がぽろぽろと流れ落ちました。


「泣くな。せめて苦しませぬよう一瞬で終わらせる」

 

 溢れ出た涙をすくい少女はペロリと舐めます。ぞっとするような笑み。少女は彼女の額に術式を刻み……


 †


 少女は下級ながら戦場をかける戦士となりました。

 すべては復讐のため。その一念のみが彼女の生きる支えとなったのです。

 仲間もでき、愛する”彼”はもういませんが、今の生活にもそろそろ慣れ始めた頃です。その噂を聞きつけたのは。


 魔女はここ最近、強力な戦力を手に入れた。数多の村を焼き払い、何百、何千もの人間を葬り去った。何よりその魔女は美しかった。死す時さえ人を魅了させた。


 それを聞いて彼女は憎悪を募らせます。戦火に巻き込まれた村のひとつに自分の生まれ故郷があったから。両親はもとより親友の安否さえ絶望的とされていました。

 いつか、仇をとってやる。少年と、村の仇を。彼女の目的がふたつに増えました


 そして、そいつらは現れます。彼女が警備する城に。正面から、堂々と。

 たった四人の黒い装束を纏った魔女。その中央にはひとりの少女。

 凄まじい瘴気、血の香り、死の臭い。なにもかもが不吉で、なにもかもが奇妙。存在が恐怖を表すかのようでした。


 戦いの合図は銀髪の魔女。彼女が生み出した魔法は一瞬で数多の生命を刈り取りました。


 まさしく殺戮というに相応しい。敵は火を操り、風をうならせ、自身を魔物と化して攻め込みます。特に銀髪の魔女。彼女の強さはもはや異常でした。

 笑いながら人を殺し尽くす魔女たちの中。ただ静かに。無表情で、無感情で。魔術を使いあっさりと生命を奪い去るその姿。


 美しい。美しい美しい。怖い。怖い怖い。その場にいた誰もが彼女の美しさに目を奪われ、命を奪われていきます。

 

 戦線を離脱する者。最後まで戦い抜く者。様々でしたが剣士となった少女は最後まで戦いました。

 そして、最後のひとりとなったのです。


 もはや利き腕は使い物になりません。血はゆっくりと地面に流れ落ちてゆきます。それでも剣は死んでも離さない。そう、心に決めていました。


「ほう。これはこれは」

「最後の最後にあたし好みじゃん。あたしにやらせてよ」 

「ふん」


「貴様たち」


 荒い息をつき、四人の魔女を睨み据えます。この中に仇がいる。それを倒さない限り絶対に死なない。呪詛のように憎しみを発露します。


「貴様たちの中で、カゼルの村をやったのは、誰だ?」


「カゼル? さあ、襲った村など一々憶えちゃいないな」

「あたしも知らなぁい」

「私もだ」


「――その村は私がやった」


 三人の魔女たちの後ろからゆっくりとそいつは姿を現します。そう、あの”無”を体現したような、銀髪の、殺戮の権化が。


「――え?」


 たとえ月日が経とうとも。姿かたちが変わっても。それは彼女の知っている者でした。彼女の知っている親友でした。


「貴方が剣士をやっているなんて。想像もつかなかった」

「――ど、どうして?」


 震えるくちびるは友人の名前をつむぎました。しかし、魔女は、魔女に成り果てた親友は、不快そうに表情を歪め、


「その名は捨てた。今は――だ」


 名前は人の身である彼女には聞きとれませんでした。ただ、わかるのは目の前の親友が変わり果てたという事実だけ。


「めずらしいな。知り合いか?」


 今までだまっていた。戦闘にも参加しなかった。金髪の少女が笑って尋ねます。こいつだけは違う。一瞬で別格の存在だと見破りました。


「ええ、私の親友です。しかし、あの頃よりも格段に強い。正直、驚きました」


 あの頃とは自分がおとなしい性格だった頃だろうか。自分が彼女と親友だった頃だろうか。それとも、”彼”に恋心を抱いていた頃だろうか。

 自然と柄に力がこもります。憎しみや怒りが真っ黒な泉からあふれ出ました。


「へえ、あんたに親友ねぇ」


 魔女のひとりが少女と銀髪の魔女を見比べました。


「まあ、どうでもいいや。手を貸しましょうか?」

「大丈夫です」


 銀髪の魔女は一歩、前に出ました。


「最初にひとつ。私は手加減などしない。貴方もしないで欲しい」

「魔女に加減などするものか」

「それでいい」


 煮えたぎる憎悪。親友と殺し合う理不尽。さまざまな思考が渦のように回ります。でも、答えは出ない。なにが正しいのかさえ、わからない。


 銀髪の魔女は術式を刻む。少女は剣の柄をにぎりしめる。互いの実力は五分と五分。勝負は一瞬。


 おたがいが駆ける。


 決着はほんとうに紙一重の差でした。少女の剣は急所ではなく、魔女の腕を。逆に魔女の魔法は急所をとらえて。


「――何故、急所を外した」


 こたえる声はもうありません。少女の剣はそこで潰えています。少女は負けた。少女は死んだ。それが答え。

 ポツポツと雨が降り始めました。暗雲が上空にたち込めます。そばの大樹が風に揺れます。

 銀髪の魔女は涙を流さない。でも、その涙を代弁するように……そばの大樹からは樹雨きさめがポツポツと滴り落ちました。


 †


 あの運命の日から三百年後。 


 魔女の城。最上階、王の間。

 玉座の前にいるのはふたりの魔女。

 いっぽうは銀色の髪をもつ魔女。もういっぽうは心臓へ紅蓮樹から削り出した”龍木の杖”を穿たれ、苦しそうに呼吸する王の姿。


『まさか、お前に”死”を与えられるとはな』


 しゃべるのも苦しいのか。テレパシーで銀髪の魔女に問いかけます。


『よもや私を恨みでもしているのか。自身の手で、友を殺めたことで。それとも好いていた男を殺されたが故か』

「まさか。あれは私の業。彼が死んだのは、魔女と人間の争いがあったから」

『ならば……』


 そこで少女は苦しげに嗚咽をくり返します。龍木の杖が体内の魔力をうばい、内部から破壊しているから。


「私はただ終わらせたかっただけ。腐れきった運命も、腐れきった争いも、腐れきった魔女も」

『くく、そのために主を裏切るか。つくづく変わった魔女だよ、お前は』

「それはどうも」

『――ふふ、我は不思議に思う。お前に命を救われた日、お前を眷属としたこと、我は後悔していない。……なぜだろうな?』

「さあ、なぜでしょうね」


 少女は最後にふっと笑い、ぼろぼろと灰になっていきます。彼女は最後にひとつかみの灰を手に取り、風に流しました。



 エピローグ〜そして現代へ〜



 時代は変わりました。魔女も昔のような異形の存在から術式だけを継承した人間へ。

 デジタルと魔法の融合、なんてこの時代ならでは。技術を悪用する奴らもぽつぽつ。平和利用をのぞむ奴らもぽつぽつ。

 それでも世界はおおむね平和なのかもしれません。あるいはそうでないのかもしれません。それでも……


「ふわあ。おい、クロ。飯にしろ、飯!!」

『だまれ、主!』


 そんなご時勢、とある島国のとあるボロアパートの一室でそのやり取りはくり返されます。今日も、明日も、あるいは百年後も。

 彼女の幸せ。彼女の日常。それはそんな世界にあるのかもしれません。


 END

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― 新着の感想 ―
[一言] それなりに雰囲気がでてて良かったです。 ただ、説明不足なのか匂わし不足なのか、どっちつかずな微妙な淡白な地の文が気になりました。
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