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The illegal City ~罪人の宴~  作者: 裏通
Case2: ~大反四朗~
8/13

story7: ~本当の所~



 ナイフを持ち、“吸血姫キュウケツキ”に接近する。ボスの言っている意味は未だに理解はできないが、感覚を掴んでいくしかなさそうだ。


 そもそも、俺はどうやってナイフを投げてきたのか覚えていない。


 身の危険を感じた時、気づいたら俺の手からナイフが離れ、相手に突き刺さっているのだ。しかも、相手も気づかない内に。これを意識してきた事など皆無。だって、別に不便に思う事は無かったしよぉ。しかし、今はそうも言ってられない。まずは万に一つもない可能性に掛けつつ、手元にある最後のナイフを処分する為、俺は手に持ったナイフを投げた。


バリンッ!


 当然の如く、“吸血姫”はそのナイフを噛み砕く。しかし、その後ろからもう一本のナイフが“吸血姫”の足を狙う。まあ、コイツ相手に常識なんて通用しないだろうが、上手く当たれば動きを封じられるだろう。しかし、案の定この化物にそんな手は通用しない。口からナイフの破片を零しながら、“吸血姫”はぐっと体を落とし、凄まじい反応速度でナイフを口で捕えた。


「……どんなスピードだよ、投げナイフ二本口で受け止めるってよぉ!」


 勿論、それらすべては通用しないと想定している。俺は様子を見ながらではあるが、目の前まで迫った、態勢を低くした事でバランスを崩した“吸血姫”に追撃を加えようとまだ生きている右腕を伸ばす。しかし、“吸血姫”の瞳はこちらを捉えていた。俺の腕を追尾するように、その態勢を無理矢理に持ち上げ、蛇のようにうねると、口を開きその“絶対防御態勢”を築く。

 当然、このまま手を出せば、かろうじて生きている右手もお終いだ。あらかじめ予想していた通り、俺は手を引く事になる。


「さぁて、ここからが本番だ……!」


 “吸血姫”はその青い瞳を潤ませながらこちらを睨んだ。


「…………ひどいわぁ……邪魔ばっかりして……いじわるいじわるいじわる……」


 “吸血姫”は口からナイフの破片を吐き出し、息を荒くしながら徐々に迫ってくる。多少分の悪い賭けだが、俺は一か八かそれを“じっと見ていた”。


 じりじりと“吸血姫”がにじり寄る。口をゆっくりと開き、その白い凶器を見せつける。怖い。怖い。怖い。しかし、目は逸らさない。逃げもしない。俺はただ、その瞬間を待ち、その瞬間を認識するだけ。


「イタダキマス……!」


 “吸血姫”が飛びかかる。



ゴッ!



 その瞬間、俺に届く筈のその顔は、鈍い音と共にぐにゃりと歪み、吹き飛んだ。地面に叩きつけられ、“吸血姫”は悲痛な声を漏らす。


「いだい……!いだいよぉ!また…………殴ったぁ!なぐったぁぁ!」


 確かに俺は見た。自分でも意識していない内に、動いた自分の右拳が、あの化物の頬を捉えるのを。


「それだ!」


 ボスの声が後ろから響く。それと言われても良く分からないが……今の勝手に手が出たやつか?俺は後ろを振り向いて、ボスの顔を見る。「これっすか?」とポーズでメッセージを送ると、ボスは親指を立てて、にやりと笑った。


「よし!攻めろ!押し倒せ!」

「え?ただ立ってりゃいいんすよね?」

「馬鹿!テメェから動かないでどうすんだよ!」


 よく言ってる意味が分からない。今の無意識カウンターぶっ放してればいいんじゃないのか?すると、ボスの傍らに立つ男、右腕ウワンさんが言葉を発した。っていうか、居たんスか右腕さん。


「大反君、そうじゃなくて“何で吸血姫にパンチが入ったか”を考えるんだ。日妃様も中途半端なアドバイスは戸惑いを与えるだけですよ?」


 “何で吸血姫にパンチが入ったか”?そういやなんでだ?あいつは確か、近付いてきたものは全て漏れなく噛み砕いていた。そういう点では俺と似たタイプなんだろう。


 圧倒的な反射神経とそれに付いていくスピード、それが俺と“吸血姫”が共に持つ武器。


 しかし、今の俺の攻撃は何故か“奴の反射神経を潜り抜けた”。つまり、これがボスが言っている俺の“才能”?


 考えていると、“吸血姫”は再び動き出した。涙をぼろぼろと流しながら、口と鼻から血を滴らせながら、その痛々しい姿を見せながらもなお動く。


「可哀そうになってきたが……やるしかねェか……!」


 俺は再び“待ち”に入る。右腕さんのアドバイスを意識し、次は俺の攻撃に対する“吸血姫”の反応に意識を向ける。


「わあああああああああ!」


 最早、正常な(元々正常とは思えないが)精神状態を失った“吸血姫”が襲いくる。その泣きじゃくる姿は弱弱しい子供のようで心苦しいものがある。


 とっとと決めてやるか……



バキィッ!



 “吸血姫”を殴る音が響く。その時、俺は確かに確認した。


 “吸血姫”は、俺のパンチを“見ていなかった”。


「ぐぎぎぃぃぃぃぃぃ!いだ……いいぃぃぃ!どうして……?どうしてぇぇぇ……!?どうしてぇぇぇぇぇ!?」


 泣きわめく“吸血姫”。その様子からも、彼女は“何かを理解できていない”ようだった。そこで、今までの俺が仕留めてきた相手の事を思い出す。


 共通して言える事。それは“俺の攻撃に気付かない事”。


 勿論、見えない程に早く動ける筈もない。ただ何故か相手は“気付かない”のだ。“気付かない”……つまり、“相手の意識外”から攻撃するということ……?


 先程の攻撃の感覚を思い返し、自分の動きをシミュレーションする。拳の動きだけでなく、体全ての動きを隅々まで意識する。


「…………成程ねぇ。しかし、意識してそんな事ができるもんかね?」


 一応、俺は“何故、吸血姫にパンチが入ったか”という疑問の答えを見つける。後はそれが再現できるかが問題だ。


 ……しかし、泣き事も言ってられないな。


 俺は後ろでハンカチで顔を覆い隠す闇雲クララをちらりと見て、そして再び前方で泣きわめく“吸血姫”を見た。


「女をどんだけ泣かしてんだか、俺……」


 女には優しくしろ、と親父によく説教されたっけなぁ……と子供の頃を思い出してみる。


「…………“吸血姫”。悪かったっすね。今、“楽にしてやるから”」

「ううううううううう………!うわあああああああ!」


 一瞬、これから殺しにかかる人間のセリフにも聞こえるその言葉を聞いた “吸血姫”は気が狂ったように俺に飛びかかってきた。俺は意識を集中し、それに対抗し前進する。


 掌は広げ、狙うは奴の首元。


 無意識状態のあの時の動きを引き出すように体に今まで意識した事もない複雑な捻りを咥える。徐々に迫る“吸血姫”の視線は、次第に俺の掌から離れていく。


 今がその瞬間!


 “吸血姫”の開かれた口の下を通り、俺の掌が無防備なその首を捉える。


「はえ?」

「ちょっと黙っててもらおうかね?」


 意外と軽い“吸血姫”の体が浮かび上がる。俺は“吸血姫”の首を捕え、そのまま勢いに乗せて持ち上げると、地面に抑え込んだ。


「はえ?はえ?はえ?」


 何が起こったのか理解できない“吸血姫”はじたばたじたばたともがく。


「よっし!成功!」


 “何故、吸血姫にパンチが入ったか”


 答えは簡単、“パンチに気付かせなかった”から。


 俺は無意識のうちに“意識外”から攻撃するスキルを身に着けていたようだった。体の細かい動きや視線の送り方、呼吸、その他その場にある状況全てをコントロールし、自分の攻撃から相手の意識を引き離す。それにより、相手は認識していない攻撃が突然飛んできたように、無防備に攻撃を受ける事になる。


 ある意味不意打ちのようなセコイ攻撃。ああ、俺らしいっちゃ俺らしいかもしれない。


 しかし、今は何度か無意識に使う機会があったから、その動きを再現出来たものの、違う環境だったら多分再現できないだろう。こりゃ、使いこなすのに大分苦労するな。安堵の息を漏らすと、ボスがこちらに近づいてきて、ニカッと気持ちのいい笑顔を作った。


「よくやった!シロウ!やるじゃねぇか、それでこそアタイのみ込んだ男!」

「どうも!……ところでボス!コイツどうします!?手ェ離したら噛まれそうで怖いし、タフで中々気絶しないし!」


 そう、一応落ち着きはしたがここからも大変だ。未だにじたばたと暴れる“吸血姫”。手を離したら速攻で噛みついてくるだろう。首を抑えたので、今のところ噛まれる心配はないが、腕も疲れてきた。ちょっと早く何とかしてほしい。


「え?アタイパス。噛まれるの嫌だし」

「大反君。何とか連れ帰れないかな?」

「え!?無理っす!一杯一杯っす!」

「「ええ~~~~?」」


 やめて。「使えない奴」みたいな目で見ないで。ボスも右腕さんも酷過ぎっす。いや、ちょっと本当に疲れてきた。何とかして、マジで。誰か助けて。


「ちょっと失礼します。離れてください」


 その時、俺の背後から女の子の声。


「……闇雲さん、一体どうし」


ジジッ!


「ぐげっ!?」

「ぎゃひん!?」


 遠のく意識の中、俺の視界に入ったのは、何か以上に禍々しい形状をしたスタンガンを構えたアイドル、闇雲クララだった。




   ~~~~~~~~~~




「で、俺は一体何をしていたんでしょう?」


 気付いた時には俺はベッドで横になっていた。その傍らには何故か闇雲クララの姿が。


「……いえ、離れろと忠告した筈ですが」

「いえ、あの、俺は何をされたんでしょうか?」

「いえ、スタンガンでバチバチっと」

「……アレ何すか?何か地獄の魔王が持ってそうな魔法道具みたいな、何か絶対ヤバい兵器のようなあのスタンガンは?」

「改造型です。護身用の」


 いや、あの衝撃はヤバかった。護身用ってレベルじゃねーぞ。なんて物騒なもの持ち歩いていやがる、この女。しかも、何故俺に!?


「何故俺に!?みたいな顔してますけど、アレは“吸血姫”に使ったのであって、貴方がいつまでも彼女を押し倒しているから巻き添えを食らっただけです。そもそも、私にはアレがあったから別に“吸血姫”も怖くなかったんですけど、貴方が戻ってきて邪魔するから使いそびれてしまいました」


 長々としゃべり続ける闇雲クララ。いや、あの殺人鬼が怖くないって、どんな恐ろしい兵器だよそのスタンガン。


「で、“吸血姫”はどうしたんスか?」

「私が気絶させておきました。その後は日妃さんが連れて行ったようなので分かりませんが」


 気絶させたって……怖いわこの子。俺は白い天井を見上げた。どうやらここは日妃組の事務所の一室みたいだ。ベッドの周りの家具などに見覚えがある。


「……ところで闇雲さんは何でここに?」

「私が貴方の意識を飛ばしたので、不本意ながら責任を取って様子を見ていました。貴方が一日起きなかったせいで私の今日の仕事、全部パーです」

「ハハ……そりゃすいませんねぇ。色々……」


 無愛想な表情で見下ろしてくる闇雲クララ。俺の手には包帯が巻いてあり、治療の痕が見られる。ズキズキと抉られた腕が痛む。


「あ、一応処置しておきましたが、医者に行ってください。この方なら完璧に迅速に治療してくれるでしょう」


 そう言って、一枚の名刺を彼女は差し出す。俺は包帯の巻かれた左腕を持ち上げ、尋ねる。


「あんたがこれを?」

「ええ。多少の心得がありますので」

「すいませんねぇ、本当」

「いえ」


 闇雲クララはそっぽを向く。何か良く分からないなぁこの人は。そう思っていると不意に彼女は立ち上がり、ドアへと向かう。


「では、組の方に貴方が起きた事を報告してきますので」


 俺の返事も聞くことなく、彼女はそそくさと出ていった。




   ~~~~~~~~~~




「ハッピ~~~~ハロウィ~~~ン!日妃!」

「ツッコまねぇぞ、絶対にな?」


 日妃の元には客人が訪ねてきていた。その男は目、鼻、口の形に穴をあけ、中身を刳り抜かれたカボチャを被っている。社会人のようにスーツを来た、その奇妙なカボチャ男はげらげらと笑いながら、事務所のソファーに勝手に腰をかける。


「ジャックよぉ、何の用だ?アタイらがつるんでる所を他所の奴らに見られたら不味いだろうがよぉ?」 


 その男の名は“ジャック”。“日妃組”と並ぶ“イリーガルシティ”三大勢力の一つ、“ジャックファミリー”を統べる男。本来なら敵対関係にある筈の二人は別段仲の悪い素振りを見せずに話す。


「なあ!“吸血姫”をゲットしたってマジか!?」

「マジだ。まあ、今は“調教中”だがな」

「うっひょ~~~!良いなァ!俺っち、欲しかったんだぜ、“吸血姫”!だって、どう考えたってアイツ、“ウチ向き”の殺人鬼じゃね!?」

「薄気味悪ぃお前の所のと一緒にすんな!やらねぇよ、バーカ!」


 ジャックはげらげらと笑い声を上げる。対する日妃も同じような下品な笑い声をあげた。


「んで、用事はそれだけかよ?まさか、ンなわけあるめェ?」

「ギャハハハ!ちょいと“お迎え”に来たんだよ!俺っちの所の“お姫様”をよお!」


 ジャックはそのカボチャの仮面を傾け、その視線を部屋の入り口に向けた。


コンコン


 その時、丁度ノックの音が響いた。「入れ」という日妃の声の後にドアは開き、一人の女が入ってくる。


「日妃さん。大反さんが起きました……って、ジャックさん。どうしてここに?」

「オ~ウ!クララちゃ~ん!やっぱり目撃情報通りここに置いてもらってたのか~!心配したぜ~チクショウ!」

「……あ?お前ら知り合い?」


 怪訝な表情を浮かべる日妃に、ジャックはその女、闇雲クララの方に歩いていき、肩に手をかけながら紹介する。


「どうせ嘘プロフィールしか聞いてないだろうから、紹介するぜ~!この子は俺っちのファミリーの一員にして、ウチの下の事務所の抱えるスーパーアイドル!“百面相マルチキャラクター”の“闇雲クララ”だっ!」

「ほ~う、どうも肝が据わった娘だと思ってたが……まさか、お前んとこのだったか」


 日妃は感心したようにまじまじと闇雲クララを見つめた。まるで “その全てが嘘であるかのような”その娘は、その本心を一切悟らせないような目で日妃を見つめ返した。


「お前さん、アタイに言った事、何処から何処までが嘘だった?」


 日妃の質問に対し、クララはわざとらしい微笑みを浮かべて、言葉を返した。


「ごめんなさい。私も自分で分からないんですよ。“私の何処から何処までが嘘なのか”」


 それは彼女にとって、数少ない紛れもない真実だった。




   ~~~~~~~~~~




 闇雲クララが部屋から出て行った後、くぐり先輩が少し後に入ってくる。サングラスとマスクに隠された顔からはその表情を見る事は出来ないが、何やら機嫌が悪そうな事は雰囲気で感じ取れた。


「先輩……大丈夫でした?」

「……“八つ裂き鬼”はボコボコにしといた。殺しはしてない」


 やっぱり先輩の手にかかれば、あの殺人鬼も大した相手ではなかったらしい。まあ、これに懲りて二度と復讐に来なければいいなとは思うが、あの男、何度でもやってきそうで性質が悪い。しかし、それを今気にしていても仕方ないので、“今問題になりそうな”事柄に目を向ける事にする。


「先輩、どうしたんスか?機嫌悪そうッスけど?」

「…………知らん。お前なんか知らん」


 拗ねている。この人も相当性質が悪いよなぁ……絶対、不純な何かで怒っている。何だか俺、とてつもなく面倒な場所に居るのかもなぁ。なんて事を考えていると、一番面倒なのが戻ってくる。


「日妃さんに報告してきました」

「クララちゃ……闇雲クララか」

「先輩、もう遅い。ほとんど“ちゃん”言うとる」


 闇雲クララは横になる俺にすたすたと歩み寄る。そして、そのわざとらしい嘘の微笑みを向けると、一枚の紙を俺の腹の上辺りに落とした。


「私は帰ります。お大事に」

「ああ、どうも。もう面倒な事に巻き込まないで下さいよ、闇雲クララさん?」

「……クララでいいです」


 ぼそりと呟き、軽く頭を下げた闇雲クララの微笑みは、一瞬、ほんの一瞬だったが、何故か可愛らしく見えた。その理由を俺は理解できなかったが、何となくその時、俺は面倒で嘘吐きな彼女の事を嫌いになれないような気がした。


 すたすたと歩き、部屋から出ていくクララの後姿を見送る。部屋から出る直前、彼女は立ち止り、こちらに横顔を見せ、最後に一つだけ意地悪な笑顔をと共に言葉を残していった。


「ああ、そういえば“写真を取られた”と言いましたが……あれ、嘘です」

「…………はぁぁぁぁぁ!?」

「ご苦労様でした~、騙して痛い目に合わせた事、反省してま~す。…………嘘です」


バタンッ!


 最悪の捨てゼリフと共に、最高に面倒な女は姿を消した。




   ~~~~~~~~~~




「クララちゃ~ん。どうした?珍しく機嫌が良いみたいだけど?何か面白い事でもあったか~?」


 カボチャ男、ジャックはけらけら笑いながら、傍らを歩く闇雲クララに声をかける。“ジャックファミリー”のボスと、人気アイドルが一緒に歩いている所を見られると都合が悪いので、二人は人目の付かない裏通りを歩く。事前に“ジャックファミリー”のメンバーが“人払い”したこの薄暗い道には誰もいない。いつもは不審者がいる道も今日に限っては平和である。


「いえ、別に何もないです。あ、嘘です。あったと言えば、ありました」

「おんや~?もしかして、新しいキャラでも見つけちゃった?」

「そうかも知れません」


 ジャックは今まで見てきた無数の彼女の振舞いとはまた違った新しい振舞いを見て、楽しそうにけらけらと笑う。


「もしかして、それって……“本当のクララちゃん”に近かったりするかな?ギャハハハ!」

「分かりません……でも、妙に馴染む気もします」


 闇雲クララは、既に壊れた昔の“本当の自分”の像を復元しようとする。しかし、それは結局出てこない。嘘で塗り固められた今の“偽物の自分”を見つめ、彼女は意外と満足だった。嘘です。大嘘です。でも、全てが嘘と言う訳ではありません。少なくとも、昔の“本当の自分”よりは、今の“偽物の自分”の方が好きでしょう。でも、何でこんな風に思えるのかは分からない。ついこの間までは“自己嫌悪キャラ”がしっくりきていた気もしますが。


「そのキッカケは、何なんだろうねぇ~?まさか男とか!?ヤダヤダ、まさかそんな訳ないよな~!」

「そうかもしれません」

「ギャハハハハハ………はい?ちょっ!?それマジ!?やめて!冗談やめて!俺っちの可愛いクララちゃん、冗談はやめて!ボスは彼氏など認めんぞッ!」


 取り乱して、ギャーギャーと喚くカボチャ男を横目で見て、闇雲クララはくすりと笑った。


「嘘です」


 クララの意味深な笑顔を見て、ジャックは喚くのを止める。そのカボチャマスクの奥底でどんな表情を作っているのかは分からないが、少なくとも悪い感情を抱いてはいないようだった。


「嘘か……じゃあ、いいわ!……そんなことより、クララちゃん、マネージャーに連絡取っとけな。そんで、事情話しとけな。このままだと俺っちが“闇雲クララを連れ出した”って怒られちまうからよお!ギャハハハハハ!」


 ジャックが冗談を言って、笑う。この後、本当にクララのマネージャーにこっ酷く叱られるとも知らずに。


 闇雲クララの中では既に、威厳のないボスを弄ぶ為の嘘ができていた。そうとも気付かず、ジャックはその悪女の隣でゲラゲラゲラゲラと笑い続けているのであった。




   ~~~~~~~~~~




 俺は先輩が居なくなったのを見計らって、腹の上に置かれた紙切れを手に取り、開いてみた。そこには、一つの電話番号と短いメッセージが書いてあった。


“また今度”


「…………ハァ、何考えてるんスかね、あの子は」


 面倒だとも思いながらも、一瞬見えたあの微笑みを思い浮かべると、まあいいかと思えてくる。


 今回の一件で“イリーガルシティ”の現実を、思い知らされた俺は、ココは世間からズレた俺でも居てもいい場所なんだと実感した。それを教えてくれた彼女にほんの僅かな感謝を抱きつつ、俺はそのまま目を閉じた。


 


 もしも、あの時彼女にぶつからなければ……


 俺は今でも度々そんな空想をする。




 もしそんな事があったのなら、“イリーガルシティ”に生きる今の俺は居なかっただろう。






 これは“嘘”から始まった俺の新しい物語


 


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