story5: ~殺人鬼ごっこ~
“闇雲クララ”
“イリーガルシティ”内で屈指の人気を誇る、トップアイドル。
その容姿もさることながら、歌えて、踊れて、演技もできる。世間での好感度も高く、男女年齢問わず人気を勝ち取っている。
しかし、その一方でその経歴は明らかにされておらず、そのミステリアスな雰囲気も彼女の魅力の一つとされている。
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勢いだった。別に深い意味もあった訳じゃなく、凄い形相で追いかけてくるお兄さん達が怖かったからだった。俺と彼女は気づけば人目のない路地裏に掛け込んでいた。
「あ、あの~大丈夫っすか?」
引っ張ってきた彼女、人気アイドルの“闇雲クララ”に声をかける。
「大丈夫です」
肩ほどまで伸ばした艶やかで綺麗な黒髪をふわっと揺らし、闇雲クララはぱっちりとした澄んだ瞳をこちらに真っ直ぐ向けて可愛らしい声を漏らした。
両目の下の泣き黒子が特徴的な彼女の綺麗な顔をまじまじと見ると、今までファンでもなかった俺でも少しドキドキする。絹のような肌に張りついたほんのりピンク色の唇が動き、再び言葉を発する。
「嘘です」
ああ、嘘だそうです。
え?嘘?何が?突然何を言っているんだこの子?俺は焦った。相当焦った。彼女はそれに気づいたらしく、淡々と言葉を続けた。
「見ましたか?カメラのフラッシュ。きっと写真撮られました」
「え?み、見ませんでしたけど……?」
その澄んだ瞳から放たれる視線がまるでレーザー光線のように俺に突き刺さる。
「週刊誌でしょうか?多分、今度の特集で“闇雲クララ、愛の逃避行か!?夕暮闇市にて何とかかんとか!”とか特集組まれてしまうのでしょうか?だから、大丈夫というのは嘘です、と言ったのです。もしかして、本当に大丈夫だと思いましたか?そんな訳ありません。貴方が私の手を引いて走り去った光景はあの場に居たファンの方々にも見事に目撃されました。きっと、世間に知れ渡るのも時間の問題でしょう」
何この子怖い。
「私はあまり困りません。あ、嘘です。多少、汚い噂が流れるでしょう。あ、それも嘘です。事務所はあらゆる手段を用いて噂を潰しにかかるでしょう。問題は貴方。貴方、あんな状況を見られてただで居られると思いますか?私のファン、困った事に意外と過激派が多いんですよ。下手したら殺されはしないけれど、酷い目にあわされるかもしれません。嘘です。大嘘です。殺し屋の方が前、私に変に近づこうとした男を殺してしまったそうです。本当です。ああ、噂で聞いただけなので本当かどうかは明言できなかったですね。今のはナシです」
ちょっとやだ。この子、どんだけ喋るの?しかも、とんでもなくヤバい事を言っているような気がするのだが……気のせいか?殺し屋云々て……何それ、俺、殺されちゃうの?アイドルの手ェ引っ張っただけで?お触り厳禁を破ったから?
さっきまでの俺のときめきは背筋を走る悪寒へとシフトチェンジしていた。
「…………す、すいません」
「ええ、私は怒ってません。謝る必要はないのですが、周りの問題を話しているのです。これを誤魔化しきる自信、ありますか?」
「な、ないです……」
俺、涙目。大反四朗、様々な危険に身を晒されること数あれど、ガチで泣きそうになったのはこれが人生初めて。
「そこで私から提案があります」
……提案?もはや、声も出せず嗚咽を漏らしだしている俺に、彼女は相変わらずの表情で救いの言葉を持ちかけてきた。
「私も訳あってマネージャーから逃れている身なので、匿って欲しいのです。そうして頂けたら、私は貴方をプライベートの“ボディーガード”として雇ったという事にして、やましい関係にない事を完全に証明して見せます。理由なんて後付けで何とかなるので、万に一つも貴方が批判を受ける事にはしないように善処します。本当です」
長々と話すから涙目の俺には話の内容を整理するので時間がかかった。
要は「マネージャーから私を匿えば、見逃してやろう」という事か?あれか?無断で抜け出してきたのか?それを助けろと?はっは~ん、何だ、そっちもやましい事をしてるんじゃないか!だったら、答えは一つ!
「すいませんその話受けますだから見逃してくださいお願いします!」
「では契約成立ですね」
ああ、成程、彼女は確かに“イリーガルシティ”のアイドルだよ……黒いよ、黒すぎるよ。腹黒キャラは別に俺は好きじゃないよ。でも、ファンのお兄さん達になぶり殺しにされたくないし我慢するよ。少なくともその一人が潜先輩だと分かってるから諦めるよ。しかし、そうする場合でも問題があるんだよなぁ。
「あの~、俺の組に話を通したいんスけど、何か良い言い訳あります?」
そう、俺が仮に護衛役を装うにしても、組織に属する以上、それもどうにかせにゃならんのだ。
「任せてください。私が話を付けますので」
うわ、凄い自信。でも、本当に大丈夫なのか?心配しつつも、俺は仕方なく事務所に戻ることにする。まあ、ボスならアイドルに興味ないだろうし、話せば分かってくれるだろう。
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久々にマネージャーの目を盗んで、事務所から抜け出した。さて、どんな風に遊ぼうかなと考えていたら、思わぬ遊び相手を見つけてしまった。
とっても遊びやすそうなその相手。いとも容易く手玉に取れたと思ったが、彼に付いて行った先で思わぬ事態が待っていた。
「いよ~う、お前さん、“闇雲クララ”だろ?おい、シロウ!一体どういうこった?」
「いやボス、ちょっと事情があるんスよ!」
「OK,お前は頭悪いから、ご本人に聞いた方が早えよなァ?」
男の事務所に案内されて、正直驚いた。今、私の目の前に居るのは、“イリーガルシティ”の中でもトップクラスに危険と言われる女。
赤い長髪に、目元を隠すように撒いた包帯、わずかに覗くぎらついた目が周囲を威圧する。
「日妃様、あまり怖がらせないであげて下さい。一般の方を」
「わぁったわぁった!アタイはただ話をしようと思っただけだよ!」
側近の男を鬱陶しそうに黙らせると、その女、“イリーガルシティ”三大勢力が一つ“日妃組”を支配する組長、“日妃”はこちらにその鋭い視線を向けてきた。
まさか、あの男が“日妃組”の一員だとは思っていなかった。こればかりは想定外だ。
しかし、正直“怖くもなんともない”。本当だ。
「私は……」
いつも通りに私は“嘘”を並べる。時折、“真実”を交えながら。鬼と恐れられる女帝“日妃”も所詮は人間。結局は簡単なのだ。
だってこの世はすべて“嘘”で出来ているのだから。
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「痛い……痛い……痛いよ君達」
地面に転がる無数の肉片を見下ろしながら、その眼帯の男はぼそりと声を漏らす。しかし、肉片しかないかに思われたそこには、まだ人間が残っていた。
「き……霧谷さん……ゆ、許して……下さい……!俺は決して……見捨てた訳じゃ……!」
「僕が見捨てた事を気にしてると言うのか?」
男は両手に携えた8本の刀をゆらりと揺らし、声を震わせた。
「…………誰も見捨てられるような無様な姿は晒してねぇよ……!」
グチュッ!
生々しい肉が潰れる音と血が噴き出す音が聞こえる。悲鳴を上げる事もなく、生き残っていた男は一瞬で肉片へと姿を変えた。
刀から血を滴らせて、男は歪んだ笑顔を浮かべた。
「屈辱、屈辱、屈辱、屈辱…………!この痛み、決して忘れない……!」
“額に突き刺さったナイフ”に軽く触れ、男は唇を震わせた。自分の頭にこんな傷を付けてくれた忌々しい二人組の姿を思い浮かべながら。
「八 つ 裂 き に し て や る ど こ だ 出 て こ い」
大反四朗は面倒な男の怒りを買ってしまっていた。
執念深きその男。
その名は “八つ裂き鬼”、“霧谷冷道”。
これから彼を苦しめる、冷酷無慈悲な狂気の殺人鬼。
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俺は闇雲クララを連れて、事務所の外に出ていた。ボスは彼女の話を聞いて、あっさりとOKを出した。身の上話なんかも聞いて同情したのか、それとも堂々とした話しぶりが良かったのか、すっかり彼女を気に入ったらしい。
「……ところでさっきの話、何処までが本当で何処までが嘘なんすか?」
彼女が話した事は、「過激なファンに危害を加えられそうである」という事、そして自身が“イリーガルシティ”でアイドルを始めるようになった事情。
彼女には数多くのファンがいるらしいが、流石は“イリーガルシティ”。一部には“変態的趣味”を持つ奴がいるようだ。彼女も今まで数回、そういった輩からの予告状が来たらしく、今回もその類の問題で護衛を必要としているといった。そこで偶然、彼女が襲われている所を助けた俺を見込んで依頼をしてきたとボスには話した。
まあ、俺は彼女を助けてはいないのだが、その前に話した“過激なファン”の話は意外とありそうだ。
「まず、護衛を必要としている理由については嘘です。それは日妃さんも見抜いているかと。その上で勘違いをしていると思います」
「え?そこからもう嘘?それで勘違いとはどういった?」
「貴方は……大反さんは“イリーガルシティ”に入って長くないそうですね。だからきっと勘違いをしているのでしょう」
彼女はつらつらと語り出す。
「ココに居る人間は貴方が思っているよりも純粋なんですよ。外側の人間と違って。遠巻きにアイドルを眺めている自分が好きなんです。だからその対象を何とかしようなんていうファンはまずいません。居たとしても、そんな小さな人間は怖くて何もできないでしょう。だって、本当に怖い人間が遠巻きに眺めているのだから。もし、私に危害を加えようとする人間が居たら、それは向う見ずな馬鹿か、何か別の理由を持って雇われた殺し屋程度でしょう」
「別な理由を持って雇われた殺し屋?」
気になるワードを抽出して、質問をかぶせる。闇雲クララはその通りといった風に頷き人目の付かない裏道を歩いていく。
「それがきっと日妃さんが勘違いしたであろう要因。目立つ人間は敵を作りやすいんです。故に私には、例えば“ライバル事務所”といったような大きな敵が居る事になります。その相手が邪魔者として私を消そうとするのはココでは当然の事。しばしば殺し屋を送り込んでくる事もありますし。まあ、かなり優秀な護衛を用意して返り討ちにしますが」
「おいおい、俺なんかが護衛で本当に大丈夫なんすか?俺、殺し屋来たらビビっちゃいますよ?」
「嘘だと言ったじゃないですか。少なくとも現時点でそういった事を企む輩は居ないと分かっています。いえ、もっと言えば“私に向けてそういった依頼を出す輩は今も今後も絶対に現れない”」
大した自信で言い張る闇雲クララ。その理由も気になったが、何となく触れてはいけない空気が漂っていた、というか明らかに巨大な影が後ろに見え隠れしたのであえてスルーする。それよりももっと気になったのは彼女の身の上話に話題を向ける。
「あの身の上話は本当っすか?“親に売られた”って……」
「嘘に決まってるじゃないですか……こんな平和ボケした国で子供を売る親がドラマや小説の外側に居ると思います?」
ばっさりと全否定した彼女。うわあ、引くわ。じゃあ、ボスに話した事、全部ウソだったのかよ……ボス、マジ泣きしてたのに……「可哀そうにのう、可哀そうにのう」とかいいながら号泣してたのに。思わず写真撮っちゃうくらい珍しい無き姿を見せてたのに。後でアレ、先輩達にも見せてあげよう。
「アンタ、大嘘つきっすね」
「知ってますか?アイドルってのは人を騙してナンボなんですよ。嘘です。“騙す”じゃなくて“演技”と言った方がいいですね。聞こえが悪いとイメージダウンですし」
もう俺の中でアンタのイメージ駄々下がりですけどね。ともあれ何でこんな事に巻き込まれてしまったのか……そもそもこの子、何であんな物騒な所で一人で走り回ってたのか?なんか臭うぞ、危険な臭いがぷんぷんするぞ。
「で、これから何をする気すか?」
「…………私もたまには息抜きしたいんです。普段見れないような所に行ったり……」
何となく、横を歩く闇雲クララに目をやる。感じる違和感。つらつらと長々としゃべり続ける彼女の綺麗な顔は、何となくだが変に感情が乏しいんだよな。いや、笑みを見せたりはするけどどうも感情はこもってないというか……
「何をまじまじと見ているのですか?」
「え?いや、何でもないっすよ。ただ……」
俺は素直に思った事を言った。
「何か死ぬ間際の人間みたいな目してるなって」
「…………へえ、面白い事言いますね」
闇雲クララは口元を緩ませ、笑った。その横顔を見て、さらなる違和感に気付く。それは徐々に見えてくる影。上から何かが落ちてくるみたいに徐々に大きくなる影。
俺は急いで彼女の首根っこを掴み、後ろに飛びのいた。
すたんっ!
何かが俺達がさっきまでいた場所に降りてくる。それは人。赤いレインコートに身を包んだ女。金髪の中に見えるその青い眼光がこちらを捉える。
「待ってたわぁ♪」
鼻歌交じりに降りてきたその女は、綺麗な白い歯をむき出しにして笑った。
「“吸血姫”……」
「……はぁ?」
隣で、ぼそりと呟く闇雲クララ。その時、ようやく俺は目の前に居るこの女こそが最近巷で噂の殺人鬼“吸血姫”なのだと理解した。
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“吸血姫”
この呼び名を彼女が与えられたのは、その目撃者がいた事が主だった原因となっている。
若い女の血を、チュウチュウチュウチュウと啜るその気味の悪い光景を目撃したものは多数。赤いレインコートに金髪、青い眼を持ったその妖艶な女はその印象的な行動から、殺害方法も気にされず、殺害後の行動によって“吸血姫”と呼ばれたのだ。
しかし、外部からの侵入者にも関わらず、前もって情報が存在せず、煙のように顕れた彼女の情報を知っている者は少ないという。ただ殺害後の被害者の血を啜るという事以外。
故に彼女に与えられた殺人鬼としてのランクはあまり高いとはいえない。
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突如現れた“吸血姫”は舌を出して唇の周りをぺろりと舐める。まるでエサを前にした犬のようなその目はじっと闇雲クララだけを見つめる。俺はそれが意味する所を理解し、彼女の前に立ち、“吸血姫”と向かい合った。
「どいて?」
「いやあ、できない相談すね。俺、一応この子の護衛っすから」
まさか、俺が本当に護衛の仕事をする事になるとは思いもしなかった。しかし、まあ目の前に居る“吸血姫”は、話によるとそこまで厄介な相手でもないらしい。血を啜るっていう気味悪い行動は相当怖いが、どう見てもただ綺麗なお姉さん。怖くない怖くない、何とかなるっしょ?
「俺、一応“日妃組”の者でしてね。あんまり乱暴したくないんすわ。引いてもらえません?」
「ヒヒグミ?なにそれおいしいの?」
駄目だこいつ。話の通じるタイプじゃないな。よし、軽くひっぱたいて気絶させて、警察にでも突き出してやろう。そう思い、軽く構える俺。しかし、そんな事が出来る相手じゃないと悟ったのは俺の背後に凄まじい殺気を感じた時の事だった。
「ッ!?」
俺は闇雲クララを引っ張り、身を低くする。
ギィンッ!
その頭上で響くのは金属音。そして、遅れて俺の頭には金属片がぱらぱらと落ちてきた。
「おい……こいつは僕の獲物だ……邪魔をするな……!」
「私の食事……邪魔しないで欲しいわぁ……」
そこにあったのはあり得ない光景だった。
“額にナイフを突き刺した”刀を構えた眼帯男が、その刀をレインコート女の顔に向けている。
その刀身は、女の顔を切り裂く……
事はなく、女の顔は全くの無傷。
その刀身は女の“口”で見事に止められていた。綺麗な白い歯は、その刀身を咥えており、砕かれた鉄片がぱらぱらと下に零れ落ちる。
女は刀を“噛み砕いた”のだ。
それに対し、眼帯男、随分前に俺が殺したものと“思いこんでいた”その殺人鬼“八つ裂き鬼”は動じる事もなく、歯をぎしりと鳴らすと手品のようにもう片方の手に出現させた刀を気持ち悪い腕のしなりで振り抜く。“吸血姫”は加えた刀をバリンと砕くと、すぐさまその歯をむき出して、もう一本の刀にぶつけ、後ろに飛び退いた。
「おいおい……冗談だろ?」
思わず俺は声を漏らす。刀を噛み砕くって人間かよ!?それに何でこいつは頭にナイフ刺しながら平気な顔してるんだよ!?
「お前から先に八つ裂きにしてやろうか……?
「……不味そうな男の子だわぁ」
今、俺と闇雲クララを挟んで立つこの2人は紛れもない化物だった。
俺は判断する。勝てないと。このままここに居たら殺されると。
睨みあう二人。
俺はその隙をつくように、“八つ裂き鬼”の横をすり抜け、闇雲クララの手を引き、駆け出した。一瞬、“吸血姫”、“八つ裂き鬼”、二人の殺人鬼はぽかんとしていたものの、すぐにその対峙を止め、こちらを向いた。
「「……逃がさない」」
地獄の底から響くような鬼の声が、静かな裏道を通る。
本物の鬼、殺人鬼に追いまわされるという、俺の人生の中でも最も恐ろしい “鬼ごっこ”がこうしてスタートしたのであった。
もしも、あの時彼女にぶつからなければ……
俺は今でも度々そんな空想をする。