story4: ~殺し屋、“大反四朗(オオソリシロウ)”
“イリーガルシティ”
その中でも最もならず者達が集まるここは“夕暮闇市”。
怪しい物、危険な物、ヤバい物、とにかく色々と問題のある店が並ぶこの一角は、無法者の集まる“イリーガルシティ”の住民でも、来た事のない者が殆どであろう。
「先輩、しっかし気味の悪い所っすねぇ」
「お前はまだ何も分かってないな、新入り……ここは大した場所じゃねぇよ」
マスクにグラサン、まだ5月だってのに暑苦しいコートに身を包んだその怪しすぎる先輩は表情も見せずに重々しい低い声を漏らした。
「え~?だって、ココ、タチの悪そうなのいっぱいじゃないっすか!ほら、こう喋ってるうちにも睨んでくるし!他の場所の人達はもっと人が良さそうだったじゃないっすか!」
「睨んでるのはお前がうるさいからだ新入り……それに “見た目”だけで判断すんな、足元すくわれるぞ。本当に“ヤバい奴”ってのは案外一般人と変わらねぇもんだ。やたらと殺気を振りまくような馬鹿はただのショボいチンピラだ」
「え~、じゃあ、どう見ても怪しい先輩は大した事ないんすね」
「お前……殺されたいか?」
「ほら、すぐに殺気を振りまく!ショボいチンピラだ!」
「…………生意気な新入りだ……後で覚えとけ」
おお怖っ!流石に怖いな、大物の殺し屋さんは!俺の冗談に“怒った振り”をした先輩は、再び何事もなかったかのように黙って歩き出す。冗談の通じる人っていいなあ、外じゃ冗談通じない馬鹿ばっかだったしね!
「冗談もほどほどにしとけ……“イリーガルシティ”では“なるべく人の怒りを買わない”事が生き抜くためのセオリーだ」
「じゃあ、怒りを買わないで何を買うんです?俺は一体何でこんなシケたショッピングセンターに連れてこられたんですか?」
俺の名は“大反四朗”。つい最近、多くの殺し屋を擁するとある組織、“日妃組”に入った。今はそこでの先輩、“潜”さんに連れられて、この“夕暮闇市”に来たのである。理由も聞かされずにである。仕事とは言え、理不尽だ!まあ、暇だしいいけどね♪先輩は静かにこちらを見て、俺を睨んだ。あ、睨んだかは分からない。だってグラサンかけてるし。
「…………お前が挑発するから面倒なのが絡んできた」
よく見ると俺達の前には、目つきの悪い男達。しかも大分お怒りのようで。
「さっきから舐めた口聞いてくれちゃって……お前ら、そんなに死にたいの?」
その先頭に立つのは、片目を眼帯で隠した不気味な男。その両手には長い長い“刀”が握られている。異常なまでの殺気を漂わせながらその男はゆらりゆらりと左右に体を揺らす。
「うわ、何これ。眼帯とか!刀とか!中学生かよ、恥ずかしっ!」
「お前、少し黙ってろ……」
思った事を言っただけなのに、先輩に怒られた。でも、黙れと言ったってことは先輩も少しはそう思ってるって訳だ。だから気まずいから黙れと。うわ、先輩に気を使われちゃって恥ずかしっ!
「お、お前ら!とっとと謝ったほうがいいぞ!この人を誰だと思ってんだ!」
「そ、そうだ!早く謝れ!“八つ裂き”にされたくなかったらな!」
後ろの男達が妙に怯えた風にヤジを入れてきた。うわあ、小物だ。
「…………“八つ裂き鬼”か」
「先輩、何すかソレ?」
先輩は意味深に妙なワードを吐き出した。“日妃組”も“イリーガルシティ”も新入りの俺は難しい用語はまだ分からんのよ。
「ちょっと名の知れた殺人鬼だ」
「でしょうよ!そんなのは雰囲気で分かりますって!どんな奴か聞いてんすよ!」
「“八つ裂き”にする殺人鬼だ」
「そんなの名前で大体分かるって言ってんでしょ!あと、あの刀で八つ裂きにするんでしょ、どうせ!」
「それは分からない」
「分からないのかよ!」
潜先輩と俺がくだらないやり取りをしている間にも、“八つ裂き鬼”は顔真っ赤。今にも斬りかかってきそうな雰囲気だ。
「お前ら…………あまり、“夕暮闇市”を舐めない方がいいよ…………ここに居る奴らはそこらの殺人鬼とは一味違う」
「はぁ?だったらちょっとした挑発でムキになんなって!自分に思い当たる節があるから、頭に来るんだよ、多分」
徐々に“八つ裂き鬼”の顔がひきつっていく……あ、キレてるわコレ完全に。
「で、先輩。コイツ、いかほどに強いの?」
「…………さあな、分からんが。結構な数を殺してるしな……、前の“週刊無法者”だと確か要注意殺人鬼ランキング2位とかだったか?」
「え、先輩、週刊誌とか読むんすか?」
「いつまで喋ってるんだ…………いい加減、殺すよ?」
“八つ裂き鬼”はその2本の刀を横に広げ、ゆらゆらと横に揺れる。やじろべえみたいに。
「うわ、気持ち悪っ!」
「殺す」
ぐわんと“八つ裂き鬼”の体が動いた。まるで蛇のようにグネグネと体を歪ませながら、首をカクカクと振り回しながら、奇妙な軌道で地面をまるで這うように移動してくる。怖ッ!何コイツ怖ッ!
2本あった刀はゆらゆらと激しく揺れ、まるで何本にも増えたように見える。
「新入り、一歩下がれ」
ギィィィィィィンッ!
俺は先輩に言われた通りに一歩後ろに下がった。すると、俺の目の前には“4本の刀”が迫っていた。一瞬、血の気がサァっと引くのを感じる。
「何…………僕の攻撃を…………止めた?」
先輩は、その腕で、“8本の刀”全てを受け止めていた。コートにはわずかに切れ目が入っているものの、そこから血は滴る事はなく、全くの無傷。先輩が腕で防いでくれたおかげで、奴が“片手に持った4本の刀”は俺のちょうど目の前で止まっていた。
そう、刀が“増えたように見えた”のではない。“本当に増えた”のだ。
器用に指の間に両手合わせて8本の刀を挟んだ“八つ裂き鬼”は舌打ち交じりに後ろに飛びのいた。
「ここここ……怖ええええ!!目の前っ!目の前にっ!」
「喚くな新入り……しかし、どんな曲芸だありゃ……」
ゆらゆらと首を揺らしながら、“八つ裂き鬼”はにやぁと気持ち悪い笑みを浮かべた。これが本物の殺人鬼かよ……怖え!怖え!怖え!
「……おい新入り、大丈夫か?」
「駄目っす!絶対駄目っす!コイツヤバいですって!」
“八つ裂き鬼”は怯える俺の様子を見て満足げに笑った。そして、刀をゆらゆらと揺らしながらじりじりと歩み寄る。
「先輩とやらは大した奴みたいだけど…………お前は口だけか?まあ、謝ったら許してやっても……」
「馬鹿が……だからあれほど冗談はやめとけと言ったんだ」
「だって、まさか本当に殺しにかかってくるとは思わないですもん!仕方ないじゃないっすか!」
「言っただろう?“ショボいチンピラはすぐに殺気振りまく”と」
「言いましたけども!」
「おい…………誰がショボいチンピラだ?殺すよ?」
「「いや、無理だろ」」
俺と先輩は声を揃えて言ってやった。そりゃ無理だ。だって、いきなり襲いかかってくるもんだもの。うっかりしちゃった。
「霧谷さん…………あ………あ………あたまっ……!」
「…………どうした?頭が何……か…………あ?」
“八つ裂き鬼”の後ろに立っていた男の1人が声を震わせる。ああ、こいつ気付いてなかったの?道理でやけに余裕な表情してたわけだ。
“八つ裂き鬼”は“自分の頭に刺さったナイフ”に手を当て、後ろにバタリと倒れた。
「新入り……あんなショボい曲芸師をそうほいほい殺すな」
「怖いんですもん!俺、ビビると殺しちゃいますよ!誰であろうと!」
そう、俺は結構な臆病者だ。だから、自分に危害を加える輩は“反射的に殺してしまう”。この変な癖のせいで外でどれほど苦労した事か……いや、ここでも苦労してるか。
「う、うわああああああああああ!」
“八つ裂き鬼”の取り巻き共はとっとと逃げていった。おお、良かった。無暗に殺すのは好きじゃないしな。
「…………行くぞ、新入り。あまり遊んでる時間はない」
「え、急ぎの用っすか、これって。だったらあんな奴らさっさとやっても良かったんじゃ?」
「馬鹿が。周りの一般人ビビらせてどうする。俺らはあくまで“殺し屋”だ。“殺人鬼”じゃねぇ」
周りの人間がざわざわとしている。ああ、そういう事か。
「行くぞ、新入り」
「はいよ、先輩」
俺は再び先輩歩きだした先輩の後をついていく。
俺は“大反四朗”。何て事はない、対して強くもない臆病な“殺人鬼”だ。
これはそんな俺の何気ない“日常”の物語。
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“イリーガルシティ”では度々、外部から腕試しに“殺人鬼”がやってくる。その内のほとんどは、何かしらのヘマをやらかして、“本物の殺人鬼”に狩られてしまう。
つい最近では4人の“殺人鬼”が入ってきたとの情報が新聞に載せられた。
俺はどうやらその内の1人が潜伏しているであろう位置に行くよう組長に命令された。どうやら、なかなか腕の立つ男らしく、“上手く話しがつけば”、是非ともウチに置きたいとの事だった。
「お前、“反射光”か?」
「……なんすか、そのダセェの…………アンタも俺を殺しに来たのかい?」
「何故、いきなりそうなる。誰それ構わず手をかける馬鹿と一緒にするな」
「……なら何の用だよ。俺ぁ自分の身を守るのに精一杯でね。変な真似されたら……アンタを殺しちまうかもしれない」
その男の目は“恐怖”に染まっていた。これは俺でも始めてみるタイプの人間だった。
俺の知る“殺人鬼”には色々なタイプが居る。
“楽しんで殺す奴”、“本能で殺す奴”、その他諸々……こいつはどれかと言えば“本能で殺す奴”だろう。しかし、他の奴とはその“本能”の種類が違う。
他の奴らはいわゆる“天才型”。“殺す”為に生まれ、“殺さずにはいられない”もの。要は“楽しむ”のではなく、食事をするように、睡眠を取るように、人を殺したがる奴だ。
しかし、コイツの根底にあるのは“生存本能”。己の身を守るために、相手を殺さざるを得なくなるタイプ。“人生諦めたような奴”ばかりの“イリーガルシティ”で特に“人生を捨ててる”“殺人鬼”が、こんなタイプだってのは驚きだった。
「大丈夫だ。俺はお前に“居場所”をやりに来た」
「“居場所”…………?」
その男、殺人鬼“反射光”は、意外な事にすぐに俺の交渉を飲み込んだ。人の善意を素直に受け取れる人間……人を簡単に信じる事が出来る人間……こいつは“イリーガルシティ”に選ばれた人間なのだと、俺はその時感じた。
いずれ大物になる、組長はそう確信していたのかもしれない。だからこそ、誰にも毒されていない状態で早めにウチに引き込んでおこうと考えたのだろう。
“大反四朗”
“反射光”と呼ばれる恐ろしきその光速の殺人鬼を……
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「……なあ、先輩。それ何すか?」
「……知らないのか?“闇雲クララ”」
「ああ、“イリーガルシティ”で人気のアイドルでしょ?……で、その写真は何すか?」
「裏ルートから買い取った“生写真”だ」
「それをボスは買ってこいと?」
「いや、俺のだ」
「私用じゃねぇか!何で俺まで連れてきたんすか!?」
「いや、一人じゃ入りにくいだろう、あの店」
「そんな理由かよ!」
潜先輩は、満足げな雰囲気を醸し出しながら、写真を見つめている。マジでこれが目的だったようだ。俺は最初、この人はクールなヒットマンなのだと思っていた。しかし、日頃つるめばつるむほど、この人本当はクールでもなんでもないんじゃないか、と思い始めていた。
「お前もいいと思わないか?クララちゃん」
先輩がちらちらと写真を見せてくる。
「お、おお……確かに可愛いっすけど……いや、俺、先輩が“クララちゃん”とか言っちゃったのがショックで何とも言えないっす」
「俺が“クララちゃん”と言って何が悪い」
「悪くないっすよ、もういいっす……」
駄目だこの人……早く何とかしないと……
先輩と俺は夕暮闇市を歩いて見回る。もう特に用はなかったが、今日は仕事もないし、暇だったのでこの機会にココを見て回るのもいいかということになった。
先輩は写真を満足げに眺めながらも、周りの店に気を張り巡らせている。どうやらもっと良さげな店を探しているようだ。はあ、黙ってりゃ格好いいのによ……残念な人だ。
「先輩、あんまりキョロキョロしないでくださいよ。恥ずかしいっしょ」
「いや、意外と新しい店が増えていたものでな。意外といい店は無いものかと……」
「俺、恥ずかしいから一人で回りますわ。先輩も好きに見て回りたいっすよね?」
「え~?困る……一人じゃ写真も買えんだろうに」
「え~?はこっちの台詞っすよ」
情けない事を口にする先輩に呆れ果てながら、俺は何気なく歩いていた。先輩は後ろからつかつかと付いてくる。はあ、結局一日先輩に付き合えってことかよ。
どんっ!
「うわっ!」
「きゃっ!」
よそ見をしていた俺に、よそ見をして走って来たらしい女の子が正面衝突した。
「いって……ああ、大丈夫すか?立てます?」
俺は紳士的に、転んで「うぅ~」と声を漏らしている女の子に手を刺し伸ばした。衝突してきたのは向こうからだが、これが紳士のたしなみだろう。
「ご、ごめんなさい……大丈夫です、立てます」
その女の子は俺の手を素直に取った。
「いえいえ、怪我が無ければ……ん?」
「……あ、帽子!」
女の子は慌てて、頭から落ちた帽子を探しだす。俺は俺の後ろに落ちている帽子を必死で這いずりまわって探しているその女の子に、見覚えがあった。というか先ほど見たばかりだ。
それは先輩の買った写真に写っていた女の子そのもので……
「闇雲……クララ?」
「あ」
途端、その女の子、闇雲クララの表情は凍りついた。俺は事情は良く分からないが何となく、彼女の心の内を理解した。
「……もしかして……名前言っちゃまずかった?」
「…………はい」
刹那、俺は彼女の手を引いて走り出していた
何故なら、彼女の後ろからは、ものすごい恐ろしい表情をしたお兄さん達が、ものすごい勢いで、ものすごい数で襲いかかって来ていたからだ。
「やばいやばいやばい!これはちょっとヤバいって!」
後ろからはすごい勢いでお兄さん達が迫って来ている。先輩が何故かその中に混じっているのは置いておいて、これは非常にまずい事態だった。
これから臆病者の俺が、とてつもなく恐ろしいモノに巻き込まれる事になろうとは……
この時は予想だにしていなかった。
もしも、あの時彼女にぶつからなければ……
俺は今でも度々そんな空想をする。
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「ぬるぬるするよ~赤い雨~♪」
その奇妙な歌を口ずさみながら、その女は不気味にその白い歯を光らせた。
「ねばねばするよ~黒い染み~♪」
ブシュッ!
赤い飛沫が上がる。「ぎっ!」という短い悲鳴と共に、少女の体が動かなくなる。気付けば女の白い歯は真っ赤に染まっていた。
「洗濯するの~大変だ~♪」
チュウ、チュウ、チュウ……
気味の悪い音が響く。暫く続いたその“何かを吸う音”は、何秒か続くと止まり、また奇妙な歌が響く。
「レインコートを忘れるな~♪」
チュウ、チュウ、チュウ……
「レインコートは使い捨て~♪」
チュウ、チュウ、チュウ……
「明日もまた買わなきゃね~♪」
チュウ、チュウ、チュウ……
「赤い雨だしレインコート~♪」
チュウ、チュウ、チュウ、チュウ、チュウ、チュウ……
「素晴らしい恵みをありがとう……♪」
女はグイと口をハンカチで拭い、着ていたレインコートをぱっとその場に脱ぎ捨てた。赤く染まったレインコートとハンカチ。そして、真っ赤に染まって横たわる少女。
「ごちそうさま。貴女の人生の味、美味しかったわぁ」
赤い歯を見せて、女はにこりと笑った、少女からは返事は返ってこない。
「…………でも、もっと極上の人生……味わいたいわぁ……」
女はそこに捨ててあった週刊誌をひょいと拾い上げて、澄ました笑顔を浮かべた。
「そう、こんな感じの……」
写真に写る可愛らしい女の子……まさしくそれは彼女にとっての大好物。
4人の新人殺人鬼、その内の1人、誰が呼んだか“吸血姫”。
その赤い姫君は、次なる獲物を求め、徘徊する……
美しき殺人鬼の演劇が始まる、赤い雨の下で…………