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The illegal City ~罪人の宴~  作者: 裏通
Case1: ~三詰友也~
4/13

story3: ~なんせ“押し”が強いもんで~

 “押した”。


 たったそれだけ。


ガッシャァァァァンッ!


 たったそれだけで、“野球屋”の巨体はまるで紙きれのように吹き飛んだ。ゴミの山を崩し、建物の壁面に叩きつけられた殺人鬼は、目を白黒させながら、悶える。


「っがア…………!?ぐぇ……!」


 右手を前に突き出した三詰クンは、暫くその様子を黙って見ていた。まるで、“野球屋”が呼吸を整えるのを待っているかのように。

 “野球屋”も十分に落ち着き、血走った目で三詰クンを睨みつける。それに動じる事もなく、三詰クンは何故か腰をぐっと落とした。そして、曲げた足に手をつき、足をゆっくりと横に持ち上げると、地面に叩き下ろす。…………四股踏み?


「俺の“座右の銘”を教えてやろう……」


 思わぬ一言に“野球屋”はたじろいだ。私も正直、このタイミングで何を言い出すのかと戸惑った。三詰クンの表情はこちらからは見えないが、向かい合った“野球屋”は微妙な表情をしている。先ほどの威圧に気圧された時のような怯えた表情ではなく。

 三詰くんは、手を横に伸ばし、不格好なポーズを取ると、大きく声を張り上げて叫んだ。


「“ドンと来い、すげぇ恋”!略して“ドスコイ”だああああ!」


 



 は?


 空気が一瞬停滞する。反応に困る叫び声に私も、後ろに居る怪我人も、殺人鬼“野球屋”さえも、ぴたりと停止した。長く感じる一瞬の沈黙を破り、怒りを顕わにした“野球屋”が金属バットを振りかざし、三詰クンに襲いかかる。


「どや顔で何ふざけた事抜かしやがるッ!!」


 ああ、そんな表情してたのか、と私はどうでもいい事に納得する。気付けば三詰クンの放つ空気は、普段のような普通のものに変わっていた。


「どや!格好ええやろ!」

「ぶっ殺す!」


 バットが振り抜かれる。しかし、三詰クンはそれをすれすれで避けて、左手をつきだした。


ボゴッ!


 鈍い音と共に、“野球屋”は後退する。歯を食いしばり、踏ん張った“野球屋”は鈍いながらもその動きを切り返し、再びバットを振り上げた。


「単純だなぁ……じゃあ、こっちも飛ばしますか」


 三詰クンは腰を再び落とし、両腕を構える。そして、足を地面すれすれに動かしながら、滑るように“野球屋”に突撃していく。

 横に薙ぎ払われる“野球屋”のバットを腰をぐっと落とし回避、振り下ろされるバットは横から的確に叩き、地面に落とす。そして、さも余裕であるかのように会話を始める。


「なあ、知ってるか?“相撲”ってのは最強の格闘技なんだぞ?」

「うるさいうるさいうるさい!馬鹿にしやがって!」


 ひょいひょいと最小限の動きだけでその鋭いバットの軌道を見切る三詰クン。その実力差は誰から見ても明らかだった。


「だって、大男を倒す格闘技だぞ?強くない訳がないだろ?」

「ふざけ……」


 言い終わる間もなく、“野球屋”は三発目の“押し”を喰らう。再び巨体は後ろに押し戻された。しかし、“野球屋”はまだまだ目に怒りを宿していた。それは、怯えから来るものか?とにかく、それが冷静な感情から生まれる殺気でない事は一目でわかる。

 “野球屋”はそのカバンから3つほどの野球の硬球を取りだすと、それを緩く投げあげ、手に持った金属バットで打ち抜いた。ボールの2つは情けなく地面に落ちたものの、その怪力を受けた1つのボールは真っ直ぐに三詰クン目掛け、飛んでくる。


 そのスピードを帯びた硬球は、綺麗に三詰クンの額を捉えた。


ゴッ!


 鈍い音と共に、三詰クンの首がガクンと後ろに下がる。“野球屋”はボールを打ったのと同時に走り出しており、既にバットを構え、怯んだ三詰クンの目の前まで迫っていた。


「三詰クン!」


 思わず私は声を上げる。助けに入ろうにも、動かないのは左腕だけでなく、全身に痺れが走る。まずい……そう思ったが、そんな心配は全く必要なかった。


「お前……」


 三詰クンはぐるんと体を横に振り、バットが自らに触れる前に、勢いに乗せた“押し”を“野球屋”の腹に叩き込んだ。“野球屋”は声にならない叫びをあげ、勢いよく壁に叩きつけらる。


「………ッ!?」

「お前……全国の野球少年に謝れ。楽しいスポーツを人殺しの道具にするんじゃねぇよ!」


 赤くなっている額をさすりながら、三詰クンは壁に寄り掛かる“野球屋”に歩み寄る。歯を食いしばり、“野球屋”は震える足を必死で押さえながら、バットを構えた。


「……お、お前も相撲を喧嘩に使ってるだろうがァ!馬鹿にするな!」

「いや……別に俺の“喧嘩スタイル”は相撲じゃないから。こんな華奢な俺が相撲やってた訳ないだろ。あれはもっとガッチリした逞しい人がやるもんだ!相撲やってる人にも謝れ!」

「お前さっき相撲がどうとか……!」

「ただの世間話だよ、バーカ!」


 三詰クンはその右手を大きく振りかぶり、先ほどから続けている強力な“押し”を放った。先ほどから見せる彼のその攻撃は、格闘技のような洗練なものでは無ければ、武器を使ったものでもない、ただの力任せの“押し”。それだけだ。


ドッ!


 その大きく振りかぶった“押し”は、壁を支えにバットを盾にした“野球屋”によって受け止められる。“野球屋”という殺人鬼のその腕力は、その巨体に見合う以上に強力なものだった。“野球屋”は崩れかけたその表情を元の状態に保ち直す。


「へ……へへ……!どうだ!?お前なんかのパワーで……オレのパワーに勝てる筈が……」

「……“押して駄目なら引いてみな”って知ってるか?」


 三詰クンは右手をバットに当てたまま、静かに呟いた。また妙な事を言い出したと、“野球屋”は表情を再び歪ませる。そして、片手でバットを支えたまま、もう片方の腕を自らの後方に回しだす。


「三詰クン!気を付けろ!」

「大丈夫、継観さん。俺は引かない」


 三詰クンはこちらを振り向いて、にっこりと笑った。そう油断しているうちに既に“野球屋”はもう一本隠していたバットを抜き出し、それを三詰クンの脇腹目掛けて叩きこもうとしていた。三詰クンに再び注意を呼びかけようとしたその時、三詰クンの目の色が変わった。“野球屋”の方に向けられるその一瞬だけ見えた目は、正しくこの町に住まう“殺人鬼”と遜色ない冷たく暗く不気味なものだった。悪寒が私の背筋を走るのを感じる。


「押して駄目なら……“もっと押す”」


 “野球屋”の三詰クンの右手を受け止めていたバットがぐっと後ろに下がり、壁に叩きつけられる。その反動で片手で振っていたバットも止まる。しかし、三詰クンの手は止まらない。今までは片手でのみ繰り出してきたその“押し”を両手で放ちだす。


ゴッ!


「ひぃ!?」


ゴゴッ!

ゴゴゴッ!

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!


 鈍い音が響き渡る。目にも止まらぬその“押し”の連打は、“野球屋”の手からバットを落とさせ、なおも止まらずに激しい音を立て続ける。“野球屋”の怯えた声も、短い悲鳴も徐々にその騒音にかき消されていく。ただただその光景を見つめるしかできない。唖然とする私の前で、三詰クンは最後に両腕を同時に目の前に叩きつけ、動きを止めた。


「なんせ、俺は……“押し”が強いもんで」





   ~~~~~~~~~~




 その凄惨な光景は今となっては闇に葬られた。


 殺害されたのは3人の学生。


 現場はまさに血の海だった。


「何だよこれは……!」


 思わず、その現場を見た警察は顔を歪める。


 そこにあったのは、人としての形を既に留めていない、醜い“肉片”。ぐちゃぐちゃに潰された人間の残骸。


 そして、あちこちに残された無数の手形。


 コンクリートの壁をもへこませているその手形の持ち主こそが、その恐ろしい殺人事件の犯人だった。何故か捜査も打ち切られたその事件の犯人は、一部の人間達の間で今も都市伝説として語り継がれている。


 真実を闇に覆い隠した、感情無き残虐非道の伝説の殺人鬼、“押し殺し”として。




   ~~~~~~~~~~




「こりゃ……どういうこった?」


 俺、“津奈木銀二ツナギギンジ”は生まれてこの方見た事もない光景に言葉を奪われた。


「美月ちゃん……何があったんだ?」

「銀二さん……どうしてここに?」


 どうやら負傷しているであろうその左腕を抑えながら、俺の彼女、紅葉ちゃんの生徒であり、ちょっとした知り合いの少女、美月ちゃんはこちらを見上げてきた。


 俺がココに居るのも、全て紅葉ちゃんからのお願いがあっての事だった。


 私の生徒を守ってあげて、と頼まれたからには断る訳にもいかない。紅葉ちゃんも心配だが、言い出したら聞かないのが紅葉ちゃんだ。俺は何も起こらないだろうと思いながら、目的の生徒の後を付けていた訳だ。


 するとどうした事か、そいつは何故か何処かに走っていき、それを追いかけてようやく見つけたと思ったらこの始末……


 ビルの壁面に残された無数の手形。その一つは金属バットを完全に押しつぶしている。そして、その手形の中心には、泡を吹いて完全に気絶している大男が壁に寄り掛かっていた。

 この男の事も気になるが、“手形”の方がより俺の気を引く。


 コンクリやら金属バットやらを“押し潰す”力って……どんな化け物の仕業だよ……!


 まあ、分かってる。ここに立ってる“コイツ”の仕業だろう。パッとしない、この護衛対象のガキンチョ。手に付いた埃をぱっぱと払いながら、そいつは腰を回し、美月ちゃんの方に歩み寄った。


「ごめん。腕、大丈夫?俺がもっと注意してりゃ、継観さんに怪我なんて……ってアレ?どちら様?」

「いや、お前こそ何だよ!これ、お前の仕業か!?」


 どうも迫力を感じないそのガキンチョは、苦笑いを浮かべ、頭の後ろに手を当てて困ったような表情を浮かべる。その間の抜けた様子はこんな状況を作り出した人間のものとは思えない。


「いや~、必死だったんでつい……」


 変な奴だ……それが第一の感想。そのガキンチョから感じる感覚は何処か、この町の上位に君臨する“殺し屋”達にも似通った感覚。


 大して危険ではない。しかし、そのスイッチを入れれば、呼吸をするように全てを壊す。殺しを楽しむ事などなく、それが必然であるかのように才能を与えられたもの。


「俺ぁ、“津奈木銀二”。紅葉ちゃん……お前らの担任の先生のボディーガードってとこだ」

「俺は“三詰友也”です。しかし、ボディーガードって……なんか格好いいな」


 ……まあ、こいつは悪い奴じゃないだろうと俺は判断した。ああ、そうだ。むしろ感じがいいじゃねぇか、このガキンチョ。それにあれだ。“殺し屋”連中と雰囲気が似てるってことは結構フレンドリーな奴なんじゃないか?


「凄えな~格好いいな~」

「お、お、おう……ま、ま~よ!……そ、それはともかく、怪我人運ぶの手伝えや!車で病院に送っからよ!」

「そうだ!ごめん継観さん!それと見知らぬ少年!」


 頭に怪我をしている何処ぞやのガキンチョと、美月ちゃんを慎重に起こす。ガキンチョ、友也も真剣な表情で、2人に声を掛けながら、まだ歩くだけの余裕はある2人をゆっくりと歩かせた。


「銀二さん。ところでコイツどうしましょう?警察突き出しますか?」


 完全に涙を流しながら気絶しているその大男は、傍らに血のついたバットを置いており、明らかにこの2人の怪我人に手を出した張本人だと分かる。正体こそ分からないが、俺は助ける必要は皆無と考えた。


「ほっとけ。どうせすぐ見つかる。さ、行くぞ」


 その異様な光景を後にし、俺の車を目指し、ゆっくりと俺たちは移動した。




   ~~~~~~~~~~




 私は左腕に未だに痛みを感じながら、銀二さんの車の助手席に座っていた。後部座席には、“野球屋”に襲われた男の子がタオルで傷口を抑え、横になっている。三詰クンは、銀二さんが「お前は帰っとけ」と帰るように促され、先に帰った。

 「心配だから一緒に行く」と、ずっと食らいついていたが、銀二さんは「邪魔になるから」、「我がまま言ってちゃいつまでも行けない」ときっぱりと断った。すると、少し心苦しそうな表情を浮かべながら三詰クンは同行を諦めた。


「大丈夫」


 そう一言だけ告げて、私は三詰クンと別れた。


「美月ちゃん、病院つくまで色々話してもらおうか。友也のこととか、あそこで何があったかとか……まあ、色々だ」


 銀二さんが彼を追い返したのは、彼についての話をしたかったからのようだ。確かに、得体のしれない彼に付いて、気になる事はあるのだろう。私も、彼の恐ろしい表情が目に焼き付いて離れていなかった。


「……上手く説明できないですけど」

 

 私は、彼があそこに急に向かった事、後ろで横になっている男の子を彼が救おうとしていた事、彼を襲おうとした“野球屋”と私が交戦し、負傷させられた事までを話した。


「……無茶するなあ、美月ちゃん。紅葉ちゃんに怒られるのは覚悟しときな。心配してたからな」

「はい……すいません」

「俺には謝らなくていい。結果、俺が手を出すまでもなかったしな」


 そして、私は彼、三詰クンが“野球屋”のバットを止め、戦いだしたときの事を思い出しながら話そうとした。


『俺の惚れた女に…………何してくれやがる……!』


 ん?


『俺の惚れた女に…………何してくれやがる……!』


 確かに一言一句違わず、あの時聞いた言葉。

やけに印象的だったので、はっきりと記憶している。


「ん?」

「ん?どうした、美月ちゃん?」


 あれ?ちょっと待って。これ、どういう事?


 私はいまいちはっきりとしない脳内を整理し、あの時の状況を思い返した。


 “野球屋”と三詰クンが対峙し、その後ろに負傷した私と、後ろに居る男の子。そのほかには誰も見ている人間はいなかった。腕を折られ、動けない私を庇うように彼は飛び込んできて、そしてその台詞を言い放ったのだ。


 今までいまいち理解をしていなかった。だって、体が凄い痛かったし、意識も朦朧としてたし、状況が状況だからあまり三詰クンの言った事には気を配っていなかったが……


 これってもしかして…………


 私は、間抜けな事に、今になってこの台詞の意味を意識しだして、顔が熱くなっていくのを感じた。


「えええええええええええええ!?って、痛ッ!痛い!いやああああ!」

「ちょっ!美月ちゃん!?なになに!?わ、顔真っ赤じゃん!どうした!」


 抑えきれない体の熱さと、急に大声をあげた事で腕に響く痛みに苦しめられながら、私はなだめる銀二さんの声も耳に入らずに、恐ろしくも、何故か頼りになる彼の後姿を思い出していた。




   ~~~~~~~~~~




 ―――――――3日後


 これは哀れな殺人鬼“野球屋”の物語


「……じゃ、お前が“野球屋”ってことで……間違いはないんだな?」


 柄の悪い警察の制服を着た男は、ガタガタと震える大男に尋ねる。その男、“野球屋”は必死で何度も頷いた。そして、その悪夢を思い返し、その震えを大きくする。


「刑務所でもなんでもいい……ココから逃がしてくれっ……!あんな“化物”、聞いてねえっ!聞いてねえよぉ!」


 警察らしき男は、取り調べ室で向き合う男の怯え様を見て、今日の朝方に出た週刊誌の記事を思い出す。


『殺人鬼“野球屋”を撃破!あの“押し殺し”が“イリーガルシティ”に進出か!?』


「……お前、何を見た?」

「いやだいやだいやだいやだいやだ」


 “野球屋”からは何も聞き出せそうになかった。何か大きなトラウマによって、精神に異常をきたしている。警察らしき男は話を聞く事を諦め、“野球屋”の“処分”を早める事にした。

 男は“野球屋”の手を取り、そこにぐっとハンコを押しつける。男は震えながらその手を凝視した。警察らしき男はにやりと笑うと、立ち上がり男の首元をつかみ部屋からつまみだす。


「さ、お前逃げろ。“ココ”から逃げたきゃ自分で逃げな」

「え……?」


 意外な言葉に“野球屋”は目を丸くした。警察らしき男はその冷たい視線を落としながら、恐ろしい言葉を続ける。


「生きてココから逃げ切れ。そしたら見逃してやる。ただし気をつけろ。“そのハンコ”、つけてたらこの町の殺し好きは全員……お前を獲物と認定する」

「な……!?ふ、ふざけるな!」

「ふざけちゃいねえよ。これは“死刑宣告”だ」


 警察らしき男は、とても正義の味方とは思えない笑顔を浮かべ、“野球屋”を見下ろした。


「お前、うちの同僚の息子、っちゃったんだよ。あいつ、泣いてたな~。ま、手を出した相手が悪かったんだ。新人風情がココのルールも知らずに暴れるから……」

「そ……そんな……!」

「そんなじゃねぇ。“生き延びるチャンス”はやったんだ。せいぜい、逃げな。“イリーガルシティ”の外まで……ひゃははははははははは!!」


 その笑い声は署内に大きく響いた。廊下を通る他の警察が“野球屋”を見る目は、その男のものと全く一緒だった。




   ~~~~~~~~~~




「クソッ!クソッ!イカレてる……イカレてる……!」


 オレは出口を探し、走った。こんな町に居たらいくら命があっても足りねえ!周りの視線が怖い。怖い。怖い。怖い!


「誰だ……誰だ……誰がオレを狙ってやがる…………!」


 あいつのような化物がオレを狙っている……!今、オレには武器も何もないのに……!しかも何処に逃げればいいのかも分からない。オレはただただ我武者羅に走った。


「“ハンコ付き”のお兄さん」

「可哀そうに、あの下衆共に遊ばれてるのね」


 それは突然、オレの前に現れた。人形に着せるようなひらひらした服に身を包んだ2人の少女。その顔は瓜二つで、服の色が白と黒である事ぐらいしか見分けがつかない。オレはその2人に邪魔され、足を止める。


「何だお前ら……!邪魔する気か?」

「違うよお兄さん。あたしたち、お兄さんを助けたいの」

「殺し屋が散らす血を見るのはもうたくさん。だから私達が“安全な逃げ道”を教えてあげる」


 それはオレにとって救いとなる一言。藁にもすがる思いだったオレは、危険性もなさそうな2人の餓鬼に賭けてみる事にした。


「何処だ!?」

「この右……路地を抜けた先にある階段を下に降りて、その先の道をまっすぐ……」

「そこは“天照地下天国あまてらすちかてんごく”。シティ中の地下を走る巨大な地下道」


 地下道?


「秘密の通路も多いから、意外と警察のマークが少ないの。この右の階段から入れる場所からなら、真っ直ぐ行けば“シティの出口”に辿りつける」

「今までも何人もの“ハンコ付き”がココから逃げたわ。きっと安全に逃げ出せる。この地獄から」


 オレは礼も言わずに駆け出していた。たった少しでも希望があるのなら、意地でもくらいついてやる……!オレは餓鬼の言う事を信じ、最後の希望に賭けた。




「お礼も言わないなんて無礼な人」

「子供の言う事を簡単に信じて馬鹿な人」


 双子はくすくすと笑い声を洩らした。


「「おひとり様、“天国”にごあんな~い」」



 その後、“野球屋”は“イリーガルシティ”内にて再び発見されることになる。


 腹を、まるで“ダルマ落とし”のように一段抜かれた状態で。


 狂った殺人鬼は、呆気なくその物語を終えた。


 そして、彼は望み通りに新聞の一面に名を載せることとなる。


 殺人鬼“ダルマ落とし”の12番目の犠牲者として……


 新たな殺人鬼“押し殺し”の最初の犠牲者として……




   **********




「怪我は大丈夫!?」

「ええ、大丈夫です」


 私は包帯でぶら下げた左腕をぶらぶらとさせて見せた。まだ痛むが、他に大きな怪我はなく、今度の“治療”を受ければすぐに良くなると、病院の先生は言っていた。


「良かった~!本当に良かったぁ~!」

「すいません、夢路先生。心配ばかりお掛けして……」




 職員室で夢路先生と話を終え、私は久しぶりの教室へと向かった。夢路先生は銀二さんの言っていた程、あまり怒らなかった。涙目で私に抱きついて来た。痛かった。申し訳ないと思った。

 先生はやはり責任を感じていたのだろう。私の我儘とはいえ、私を三詰クンの護衛に付けたことも、私が怪我をした事も。そういった事まで私はちゃんと考えていなかった。馬鹿だ。


 慢心して、傷を負って、多くの人に迷惑をかけて……


 私は弱い。


 その事を再認識し、私は気をぎゅっと引き締める。そして、久しい教室の入り口をくぐり、挨拶をした。


「おはよう」


 皆が一斉にこちらを見る。そして、笑顔を浮かべると、一気に皆が駆け寄ってきた


 ……かと思いきや、その皆を押しのけて、真っ先に飛び出してきた男が一人。


「おっはよぉぉぉ!久しぶりぃぃぃぃ!継観さぁぁぁぁん!怪我してて、弁当作れなかったでしょ!?俺、作ってきたから、愛妻弁当!あ、愛妻じゃない!ごめん!あ、怪我大丈夫!?うわ、包帯!ささ、早く座って!皆どいたどいた!怪我人のお通りだ!うおおおおおお!」


 皆がぞろぞろと散らされていく。その久しぶりに見た転校生はその優しい笑顔で、喧しい程の勢いで私に道を作る。


「……どうしたの、継観さん?顔、真っ赤だよ?」

「~~~~~~!」


 私はいつの間にか自分の顔が熱くなっている事に気付く。





 残酷だけど優しい、怖いけど愉快な、そんな奇妙な転校生、“三詰友也”。


 これは私の世界に、ずかずかと乗り込んできた彼と、私の、最初の物語





次回は別サイドのストーリーが始まります

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