story1: ~転校生、“三詰友也(ミツメトモヤ)” ~
ついにこの日がやってきたのだ。俺、三詰友也17歳がこの学校、“木隠学園高等学校”に転入する日が!
俺は朝のホームルームを行っている教室の扉の前で息を呑み、ネクタイを整えた。
いや、待て。こんなにきちんと制服を整えていたら固いイメージを与えるのではないか?もっと着崩してフレンドリーなイメージを……いや、転入早々不良に睨まれるのも困る。俺はごく普通の学園生活に憧れているのだ。友達を作って、敵を作らずに、和やかにクラスに溶け込み、平和な学園ライフを堪能するのだ。そして、あわよくば……転入生というイレギュラー要素を用いて、彼女探しでも……ふはは、なんてな。
しかし、転入の最初の挨拶はご存じかもしれないが非常に重要なものである。これによってクラスメートの対応は大分変わってくるのだ。コケたら洒落にならんのだ。
「いよっしゃ!」
気合いを一発入れて、俺は自分の頬をひっぱたいた。痛い!強く叩きすぎた!頬っぺた真っ赤になってないか?ちょっと落ち着け俺!今呼ばれたら恥ずかしい事に……
「三詰く~ん!入ってくださ~い!」
悪いタイミングというのは起こるべくして起こるのである。これがフラグというやつか。俺は頬を必死でさすり、赤くなっているであろう頬を早く戻そうと、ゆっくりギリギリまで粘って教室のドアを開いた。
「はい、ここに立って!自己紹介をどうぞ!」
明るい印象の若そうな女性の担任が笑顔で俺を出迎えてくれる。俺の担任となるこの先生“夢路紅葉”はとても人の良さそうな先生だったので、俺はひとまず安心した。しかも、綺麗だ。ああ、さっそく夢のような学園ライフが……!俺は頬の事などすっかり忘れて壇上に立ち、堂々と自己紹介を行った。
「どうも!今日から皆さんのクラスの一員となります“三詰友也”と申しまっす!“数字のサン”に“ぎゅうぎゅう詰めのツメ”、“友達のとも”に“ナリ”と書きます。あ、黒板に書いた方が早かった!いや、まあ、不束者ですが、どうか友達から始めて下さい!後生です!」
言い終わってから、滅茶苦茶な自己紹介だったと後悔する。何やってんだ俺!「友達から始めて下さい」て!お前、それ意味合いが違うだろうが!
俺は恐る恐るクラスメート達の表情を見る。そこにあったのは非常に複雑な苦笑い……かと思いきや。
パチパチパチパチパチ……
クラスメート達は笑っていた。しかし、苦笑ではない。なんと俺を歓迎してくれているのだ。何という事だ。ついに俺に夢のような学園ライフが訪れようというのか?
「あ、ありがとうございまっす!」
俺はぐいっと90度程腰を曲げてお辞儀した。こんなに深く腰を曲げたのは母の料理にケチをつけた時に腹をニーで打ち抜かれ、30分近く悶え苦しんだ3年前のあの時以来だ!俺は嬉々とした表情を浮かべ、泣いた。それはもう泣いた。
泣くなー!よろしくー!といった歓声が嬉しすぎる。夢路先生はそんな俺の背中を優しくさすると、空いている一つの席を指さした。
「さ、あそこが三詰クンの席ね!泣いてないで、ホラ!ところで、何で泣いてるの?」
俺は涙を拭い、新たな領域へと踏み出した。親しげに横を通る俺をつんつん突くクラスメート。なんて良い奴らなんだ。俺の中にあった今までの不安が一気に吹き飛ぶ。
俺はクラスメートと触れあいながら、軽く挨拶をしながら、最後尾窓際にある席に腰を降ろした。うむ、なかなかの特等席だ。
「じゃあ、三詰クン、分からない事があったら何でも言ってね!私が見れない時は……継観さん!彼の事、見てあげて下さいね?」
「はい」
ツグミと呼ばれた女子生徒は俺の隣の席に座っていた。長く美しい黒髪を後ろで可愛らしい白いリボンで結び、うっすらと開いた儚げな目をして、色白なその少女はこちらを見て、フッと微笑んだ。
「“継観美月”。宜しく、見詰クン」
「よ、よ、よろしく!」
花や……まるで花のようや……!しかも、この落ち着いた雰囲気……コレガヤマトナデシコ!……ああ、言いたかっただけだ。大和撫子の定義は良く分からん。ジャパニーズビューティー!何はともあれ、俺は彼女、継観さんに一目ぼれしてしまったのである。
俺はにやけ顔を隠せなかった。
そして、気づかなかった。
俺の隣に居る、一目惚れした女の子が俺の事を不安げに見詰めていることに。
~~~~~~~~~
早くも昼休み。俺は自販機の前で、今日の昼食時に飲む飲み物を選んでいた。
「ジュースも捨てがたいが、やはりお茶か……?いや、しかしそれなら緑茶か?麦茶か?烏龍茶か?……俺はここであえてほうじ茶を選ぶ!」
勢いよくほうじ茶のボタンを押し、出てきた缶を取り出す。鼻歌交じりに教室に戻ろうとすると、目の前には継観さんが立っていた。
「見詰クン、良かったら一緒に食堂で昼食を取らないか?いや、良かったらでいいんだ。男友達を作るのも大切だろうし、もし都合が良かったら……」
「い、行きますぜ!モチのロンですぜ!」
「良かった……じゃあ、行こうか。食堂はこっちだ」
緊張のあまり、語尾がおかしくなったがまあいい。まさか、彼女から食事に誘われるとは思わなかった。やばい、これは……もしかすると!
淡い期待を抱きながら、俺は華奢な背中にひょこひょこと付いて行った。
食堂は意外と広かった。メニューも充実しており、ラーメン、うどん、そばの麺類はトッピングが多数あったり、日替わり定食や軽食のようなものもあった。
食堂には多数の席があり、結構な数の生徒の姿が見えた。それぞれ独自のコミュニティーを作りにぎやかに食事をする者もいれば、一人で黙々と麺類に対峙している者もいる。
「意外と品ぞろえがいいだろう?」
「おお、すげぇ……これなら弁当作り忘れても困らないな!」
継観さんは適当な席を見つけ、その隅っこに座った。俺もその向かい側の席に腰をおろし、ほうじ茶の缶を置き、弁当の包みを解く。
継観さんの弁当は女の子らしくちょこんとした可愛らしい弁当箱に入っていた。これもポイントが高い!
「見詰クンは自分でお弁当を作っているのか?」
「え、ああ、そうだけど」
「私は卵焼きだけはどうも苦手で……そんなに綺麗に作るのにはコツがあったりするのか?」
継観さんは俺の弁当を見て、感心した素振りを見せる。こうやって褒められると意外と普通に照れる。
継観さんの口ぶりだと、継観さんも自分で弁当を作ってきているらしい。ああ、いいなあ。家庭的……ポイント高い!しかも、かなり料理は得意なようで、その弁当箱には見た事もないようなバリエーションのおかずがちょこちょこと詰まっている。彩りも綺麗。
「今度教えようか?」
「本当に?……フフ、ありがとう」
可愛い。もっと微笑んでほしい。これは天使や!
俺は興奮気味に弁当に口をつけた。勿論、むせる。
「ウェッホ!エッホ!」
「だ、大丈夫か?」
俺はどんどんと胸を叩き、親指を立てて、大丈夫アピールを見せた。継観さんはそれを見て、くすりと笑うと自身の弁当を口に運び始めた。俺も落ち着いてきたので、同じく弁当を頬張る。
今日一日、継観さんは本当に良く俺の面倒を見てくれた。教室移動の時はしっかりと案内してくれたし、その案内途中でこの学校の事も色々と教えてくれた。
継観さんは2年C組のクラス委員をやっており、クラスメートからは主に“委員長”と呼ばれている。どうやら1年時も委員長をやっていたらしく、非常に信頼されているようだった。
俺はちらちらと目の前の継観さんを見ながら弁当を食べていると、不意に継観さんは俺に話しかけてきた。
「見詰クン、少し良いかな?」
「はい!なんでもどうぞ!」
何だ?もしや、甘~い展開が待っているのか!?俺は嬉々として、深刻な表情で俺に語りかけてくる継観さんの声に耳を傾けた。
「君は“ココ”がどういう所か分かって転入してきたのか?」
「どういう所……へ?」
思わぬ質問に思わず俺は間の抜けた声を漏らした。しかし、継観さんは極めて真剣な表情で俺の目を見つめてくる。やばい、ドキドキする。
「君はあまりにも……“普通”だから気になって。君は“ココ”の危険性を理解して転入してきたのか?」
危険性……?良く分からない。どっちかと言うと「普通」と言われた事の方が気になった。俺に対する好意はなかったということか?望みが……
「危険性……と言っても、思い当たる節が……」
「親は?」
「一人暮らしですけど……あ、仕送りはしてもらってますよ。バイトもするつもりだけど」
「…………まさか何も知らないで一人で来るとは」
ふうとため息をつく継観さん。あれ?俺、何か悪いことした?なんだか雲行きが怪しくなってきたぞう?しかし、チャンスはすぐにリターンする!
「……良かったら電話番号、教えてもらえないかな?“困った時”に何時でも連絡取れるように」
「は、はいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!喜んでぇぇぇぇぇぇぇ!」
思わず大声をあげてしまい、食堂中の生徒から凝視される俺。継観さんは人差し指を唇にあてて、しーっと息を漏らした。可愛い。
まさかの携帯番号入手、神よ、俺はこんなに幸せでいいのか?
「あと……良かったら今日一緒に下校しないか?まだこの町にも慣れてないだろうし……」
「は、は!」
今度はあらかじめ大声を出そうとしたのを継観さんに制止される。いや~下校まで一緒とは……!ははは、全国の男子高校生諸君、恨んでくれるなよ?
まあ、彼女が“何か”を心配しているようにも見えたが、俺は特に気にしなかった。彼女の心配ごとなら、俺が打ち砕いてラブをゲッチュウしてやるぜ!と思うくらいだ。
何はともあれ、俺の学園生活のスタートは思わぬスタートダッシュを切ったのであった。こんなに幸せだと、何か大きな“不幸”が戻ってきそうだと感じるくらいだ!
まあ、そんなことはないと思うけどね、ハハハハハハ!
俺は心の中で笑いながら(この時、顔がにやけていたのだが自分では気付かなかった)、弁当をかきこんだ。
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ここは“イリーガルシティ”。文字通り“無法の都市”。ここでは法治機関なんてほとんど意味をなさない。まあ、警察はいるが、“影で動きゃ”お咎めなしだ。楽しいねえ。
「た、たす、たすけ……!」
「バ~ハハ~イ、クソボーイ!」
グシャッ!
う~ん、良い音。この瞬間がたまらない!これでこそわざわざ“ココ”に来た甲斐があったってもんよ。血に染まったお気に入りの金属バットをくるりと回し、オレはいつもの作業に入る。
ごそごそと鞄を漁り、“いつもの通り”に“野球のボール”を取り出すと、それをもう動かないクソボーイの口の中に突っ込んだ。うん、これでOK!
“いつも通り”の“アピール”を刻み終えたオレは意気揚々と裏路地を離れた。今度の新聞が楽しみだなあ。また載るだろうよ。このオレが!
殺人鬼“野球屋”がまた一つ有名になるってわけよ!
男の目論見通り、彼の非道な行いが新聞に掲載されるのはこれから二日後のこと……
“イリーガルシティ”を徘徊する殺人鬼“野球屋”。これから始まるのはそんな醜い彼の物語。
更新頻度は不定です。
出来る限り土日に更新するのが目標です。