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The illegal City ~罪人の宴~  作者: 裏通
Case4: ~黒須秋流~
13/13

story12: ~小悪党~




「はて、勢い任せで飛び出て来たものの……坊っちゃんの行き先なんて解らんな」


 “子守唄こもりうた”と呼ばれる殺し屋は、事務所を飛び出して暫くしてその問題に気付いた。社長の息子である“黒須秋流クロスアキル”を叱りつけ、その結果、怒って飛び出していった彼を探しに出た彼女。しかし最近彼と話す機会も少なく、携帯電話の番号も知らずに、どんな風に過ごしているのかも分からない彼女に彼の居場所を探し出すのは困難だった。


「全く……無駄に大人ぶる割に、子供みたいな迷惑かけて……」


 コートにマフラー、マスクに帽子に手袋と、防寒バッチリ装備で春先を駆けまわる彼女は妙に視線を集める。人から情報を集めようと思っても、避けられ、まともな話が聞けない。

 当てもなく捜索しているうちに周囲も暗くなり、“子守唄”は愚痴を言いながらも、そろそろ真剣に行く先分からぬ秋流の心配をし出していた。


 黒須秋流は不良である。

 校則無視で髪を染め、ピアスをし、制服も崩してきながら、毎度の如く教師に注意を受け、しかしそれをまともに取り合わない。カツアゲもするし、暴力もふるう、夜遊びだってする。父である黒須夏樹は、彼に極力、叱るなどといった“教育的な接し方”を避けてきた。例え彼が朝帰りになろうとも、“本人の自由を尊重して”という建前で、彼に何も言ってこなかった。

 それはつまり、“秋流は家の外でも夜を過ごせる”という事で、多少の問題はあろうとも、夏樹は殆ど心配などしていなかった。


 しかし、“子守唄”は、昔から秋流を知っているとはいえ、“夜の話”までは聞いていない。それは極力、夏樹が家庭の事情を職場に持ち込まないようにしていた事もあり、彼女には伝わっていなかった為、彼女は別段心配ごとを抱えずに済んだのだが、それがここに来て彼女に余計な心配をかける事になっていた。


「……仕方ない。手当たり次第に協力を頼むか」


 携帯電話をコートのポケットから取り出して、その中に記録された同僚、知り合いの番号を確認する。人付き合いの少ない彼女は、心許ないそのメモリーに、舌打ちしながら連絡を取る。




   ~~~~~~~~~~




「チッ……アイツ、馬鹿みたいに殴りやがって……!何様だ、チクショウ……!」


 突然、自分を殴りつけた女、自分の父の部下である殺し屋“子守唄”。彼女に対する苛立ちを胸に、秋流は一人町中を歩いていた。空は暗く、“イリーガルシティ”の夜がやって来る。町の鬱陶しい程の光が目に染みる。全てのものに当たり散らすように、秋流は言葉を零し続ける。


「何が男ならだ……女だろうがテメェは!」


 昔から父の会社に居た女。昔はそれなりに話もしたし、何かと世話を焼かれた。最近はすっかり顔を合わせる事も少なくなったので、あまり話をしないが。


「そもそも、何だってんだ……あの厚着は!冬じゃねぇんだ、気でも狂ってんのか!」


 昔から、年中通して異常な厚着をしていた女。厚着に埋もれたその顔をまともに見たことなど一度も無い。


「しかも、親父の会社一番の殺し屋?……ねーよ!ただの変人じゃねーか!仕事も貰えね―で!」


 何かと仕事が入らなくて、生活費に困っている女。昔から親父に「仕事よこせ」と文句を垂れていた。だからか、何時でも社長の椅子の脇に立っているイメージがある。


「……クソが!」


 最早、にこにこと笑いながらも、何も干渉してこない父親の事など頭には無く、さらには原因となった転入生のことすらも忘れた秋流。“子守唄”への文句が数十周を超えた頃、ようやく空が暗くなっている事に気付く。


「……ちっ!あの女のせいで……!」


 散々にその文句を言いながらも、急に飛び出してきた事を今更ながら後悔して、なおかつ気不味くなって帰れない……本人さえも気付いていないがそれが秋流の“小物さ”を象徴していた。


 夜をどう過ごすか……突然の事で殆ど財布の中身も空っぽな秋流は、自分の知り合いの中から便利な相手を即座に思い浮かべ、多少『嫌』だったが、仕方無く携帯電話で、その相手に連絡を取る。


「…………俺だ。寝床貸せ」


 その酷く適当で投げやりな一言。本来なら「は?」という疑問の一言が返って来てもおかしくないその秋流の言葉。


 しかし、その一言が通用してしまうからこそ、秋流は電話をかけたのだ。


 自分を愛し、何でも差し出し、何でも言う事を聞く、とても便利で……それでいて、プラス面を呑みこむ程に『鬱陶しく』、『ネジの外れた』イカレ女に。




   ~~~~~~~~~~




『姐御の頼みでもキツイっすわ~。俺も夜は予定ってモンが……』

「職場で苛められたくないだろう?」

『怖ッ!姐御ったら怖い事言っちゃって~!洒落にならないですって!』

「洒落じゃないが?」

『怖ッ!』


 “子守唄”、“イリーガルシティ”でも上位に数えられる“殺し屋”は、その職場でも勿論一目置かれる存在で、彼女を慕う同僚も多い。しかし、それとこれとは別と云わんばかりに、彼女が片っ端から電話をかけた同僚はその頼みを断ってきた。今、電話をする後輩が、電話帳に登録した最後の職場の人間である。


『止めて下さいよ、も~!あんた、そんな人間じゃないでしょ!優しい優しい女神サマのような人でしょ!』

「褒めても誤魔化されん」

『もう!“社長の息子さん捜す”って……そんなの仕事、関係無いじゃないっすか!何でそんなにむきになるんスか?』

「……」

『もう!切りますよ!』


 ぶつりと電話が切られ、“子守唄”は舌打ちした。勿論、手伝わなかった“報復”をするつもりなどさらさらない彼女は、やれやれと首を振る。


「どいつもこいつも……口では“尊敬してる”と言っておきながら……!」


 改めて自分の“甘さ”を悔やむ“子守唄”。“その殺しのポリシー”のおかげで、普段はあまり仕事もなく、さらには同僚にも甘く見られている(少なくとも本人はそう思っている)彼女は、多少気が引けるが、“別の人脈”を使おうと、電話帳を見やる。


「……しかし、なあ」


 長い付き合いのその男の番号に手を伸ばしかけ、僅かに躊躇う“子守唄”。別に仲が悪い訳でもないが、ブレーキの効きづらい“暴走タイプ”の男。


 下手したら、坊っちゃん……“殺される”んじゃ?


 態度の悪い糞ガキの姿を思い浮かべ、男と糞ガキが出会った場合の、そのあり得ないシチュエーションを頭に浮かべ、首を振る“子守唄”。


「……」


 他の番号も見てみるが、どれも一癖も二癖もある扱いにくい人間ばかり。若しくは、流石に人探しに動員するには心許ない、それか夜に呼び出すのに気が引ける人間ばかり。


「もっと……人付き合いを見直す必要があるか……?」


 今更ながら、変てこな人脈しかない自分にがっかりする“子守唄”。困り果て、最悪、厄介な奴に頼むか……と決心しかけた所で


「あれま?“子守唄”さんじゃないですか!どうしました?穏やかじゃない様子ですが……」


 “夜に呼ぶには危ない一般人”として、候補から外した少女が声をかけてきた。


「……ミヤビ!こんな夜遅くに何で出歩いている!?」


 坊っちゃん、秋流と同じ高校に通い、会社にもよく“取材”の名目で遊びに来るその少女、“益子雅マシコミヤビ”との遭遇に、“子守唄”は目を丸くした。


「なはは。ちょいと野暮用で出歩いてたんですよ~!」

「若い娘が夜歩きするなと前から言っているだろうに!」

「は~い」


 心にも無い返事をして、額に乗せた二つの眼鏡をいじりながらミヤビはにやりと笑った。


「んで、なんです?何かありました?」


 ミヤビの興味は、“子守唄”の同行にあるようで、これは家におい返せないな、と彼女とそれなりに付き合いの長い“子守唄”は諦めたようにため息をついた。

 ……そして、僅かに、高校生にしては優れている彼女の『人脈』に期待を寄せていた。


「言わなきゃ帰らないだろう?」

「よくご存じで♪」

「……仕方ない」


 キラリと目を輝かせるミヤビ。

 そんなミヤビに“子守唄”は、仕方なく……期待しながら、家出した秋流の事を伝える。




   ~~~~~~~~~~




 それは“イリーガルシティ”でも指折りの大きさを誇る屋敷。近隣住民からも恐れられるその大きな屋敷の裏口で、音を殺すようにその人を待つ着物姿の少女は、ようやく訪れた待ち人の姿を見て、その無垢な瞳を輝かせた。


「秋流様!お待ちしておりました!」

「おう」


 茶髪にピアス、目つきの悪い少年が、面倒臭そうな表情で歩み寄る少女をあしらう。そして、誰にも悟られぬよう静かに裏口を開放した少女は、その愛する人を迷う事無く招き入れた。


「どうぞ。あ、お泊まりは“この前の部屋”にお願いしますね」

「ああ、サンキュ」


 秋流の適当な感謝の言葉に、少女はぽっと頬を染めた。そして、へばりつくように秋流の背中に寄り添い、恍惚とした表情でその頬を背中に擦りつけた。


「ああっ!秋流様っ!嬉しいですわっ!そのお言葉で、わたくしは幸せすぎて昇天してしまいそうっ!」

「べたべたひっ付くな!それに大声出すな!」


 必死になって、纏わりつく少女を払いのける秋流。虫を払うようなその手付きすらも喜ぶように、少女の表情はさらにとろけていく。


「ああっ!もうっ!“わたくしを撫でて下さるの”!?ダメっ!まだっ!それは早いですっ……!」

「…………やめときゃよかった」


 未だに頬ずりを止めない少女に頭を痛めながら、秋流は屋敷の中へと踏み入る。


 “イリーガルシティ”、最大勢力の一つ、“鶴義矢家つるぎやけ”の屋敷へと。




   ~~~~~~~~~~




「“鶴義矢家つるぎやけ”?……坊っちゃんが奴らとどんな関係を?」


 事情を聞いたミヤビが、即座に提供したワード。


 “鶴義矢家つるぎやけ


 “イリーガルシティ”の三大勢力の一つと、秋流にどんな関係があるのか。“子守唄”には想像もつかなかった。


 まさか、問題を起こして厄介になっているのでは……?


 鳥肌モノの想像が脳裏によぎる。


 しかし、ミヤビが続けて提供した情報は、そんな恐ろしいモノではなく、しかしそれでいて非常に“厄介”な事情だった。


「黒須君、“鶴義矢”の御令嬢に“好かれてるんですよ”。“恋愛対象”として、ね」




   ~~~~~~~~~~




 “鶴義矢つるぎやきょう


 “鶴義矢家”現当主の一人娘の彼女は、“今現在は”、葉隠学園高校に通う極々普通の女子高生である。普通といっても、その実態は、艶やかな肩ほどまで伸ばした黒髪、端正な顔立ち、すらりとした四肢と恵まれた容姿を持ちながら、御淑やかで、成績優秀、運動神経抜群の完璧超人である。

 和風美人のまさに“大和撫子”と言える彼女は、当然の如く高校でも人気のある女子生徒である。

 その人気は、彼女の“バック”に控える、“恐ろしき影”を霞ませるほどであった。


 嫌味もなく、男女共に愛され詰め寄られる彼女が想いを寄せるのは……意外な事に高校でも指折りの“嫌われ者”、“黒須クロス秋流アキル”。


「秋流様っ!ご飯にします?お風呂にします?それとも、わ・た・く」

「ベタな事は止めろ」

「あんっ!秋流様ったら!冷たくしちゃってっ!そんな、冷たさも愛おしいですわっ!」


 べったりと寄り添う鏡を秋流は鬱陶しそうに払いのける。畳の敷かれた和室に招かれた秋流は、食事の並べられた机を前に、ため息をつく。その一つ一つの秋流の反応を恍惚とした表情で眺めながら、普段の学校での姿とは“また別の姿”を見せる鏡は、秋流と向かい合わせになる形で座布団に正座した。


「どうぞ、召し上がれ♪」

「いや……別に……まぁ、いただく」


 やりにくそうに手を合わせ、食事に箸を伸ばす秋流を笑顔で、嬉しそうに鏡は食事の様子を眺めた。


 彼女が何故、秋流という男を夜にも関わらず家に招き入れられるのか?

 それは現在の“鶴義矢家”の方針が大きな要素となっている。


「……今更だが今日も本当に大丈夫なんだろうな?」

「はいっ♪だって、“この区画はわたくし以外の進入が禁止されてますし”♪」


 食事をしながら、秋流は“以前招かれた時”と同じ質問をする。

 鏡の言う通り、当主である彼女の父や、従者達がこの部屋を訪れる事はないのだ。

 何故なら、彼女は“屋敷の一区画を丸ごと所有物として与えられている”からである。その領域には、従者は勿論の事、彼女の父、当主でさえ立ち入りを禁止されている。


 というのも、高校入学時、鏡が「一人暮らしを始めたい」と始まりで、娘を異常なまでに愛している現当主は彼女を外に出すのがどうしても嫌だったらしい。自分の力でお金を貯めて、家を出ようとしていた鏡を、必死の交渉で家に繋ぎとめる為に父が呑んだ条件が、それであった。


 そして、何を隠そう、鏡自身“家を出ていく気はさらさらなく”、最初から“この条件”を呑ませる事を狙って“一人暮らし騒動”を起こしたのだった。父はまんまと策略にはまり、家の一区画を娘に支配される事になったという訳である。


 それが、“大和撫子”鶴義矢鏡のもう一つの顔“父を弄ぶ悪魔のような娘”。


 彼女は幾度となく父を弄び、望むモノを手に入れてきた。それは学校で見せる“天使”の顔とはほど遠いものだ。


 そんな彼女が見せるもう一つの顔が“秋流に尽くすデレデレ女”である。


 正直、秋流は不気味で仕方無かった。何故、自分を?それを聞いた時に帰ってきた返事は秋流にとって未だにショックな一言である。


『わたくしは“小悪党”が大好きなんですの!“覚えてやがれ”とか言いながら逃げるような人!秋流様はわたくしの理想の殿方……!』


 “小悪党”、それが鏡が秋流に恋した要因。流石に強がりばかりの秋流でもそれは相当効いたらしい。


「ご飯、美味しいですか?いらっしゃると聞いて、一生懸命作ったんです♪」

「……ああ、そこそこ」


 とは言え、彼女の“好意“自体は、行き過ぎだとは思いつつも秋流も理解はしていた。わざわざ自分の為に、父から家の主権の一部を奪い取り、そして自らアルバイトをして生活費を稼ぎ、預かった区画の家事全般をこなす彼女。そして、何時でも秋流を迎え入れられるようにという心遣い。それを理解できないほど、秋流も馬鹿では無い。


 その上で、秋流は彼女の好意を都合よく“利用”している自分は、やはり“小悪党”だと感じたし、彼女もそれを解った上で“小悪党”の彼を愛していたのかもしれない。


「ごちそうさん。風呂借りるぞ」

「はい!……一緒に入りましょうか♪」

「馬鹿か」

「あんっ!秋流様になじられたっ♪」

 

 秋流は、別に彼女が嫌いという訳でもなく、ただそのぶっ飛んだ愛情に対して“気味が悪い”とは思いつつも、他の人間のように“糞”とは思わなかった。




   ~~~~~~~~~~




「“鶴義矢”に踏み入るのは考えた方がいいですよ。鏡さん、普段はどうやら父親には内緒で黒須君を招いてるそうなので」


 ミヤビは最後に一つの忠告を残し、帰った。“子守唄”は、ミヤビの言った事を聞き、納得した。


 ああ、あの親馬鹿……確かに男を連れ込んだのがバレたら……坊っちゃん、殺されるな……


 かつて、仕事を請け負った事もある男を思い浮かべ、“子守唄”は頭を抱えた。本当に面倒な事に足を踏み入れて……何時からあんな子になったのやら。

 とは言え、嘆いている場合でも無い。鶴義矢の娘さんに世話になるのなら、“身の危険”という点ではひとまずは“安全”だろう。今日中に連れ帰るのは無理でも、生きて夜を過ごす事は出来そうだ。


 とりあえず安心しつつも、明日はすぐにでも迎えに行かねばと、“子守唄”はひとまず待機する事にする。


「……しかし、まあ、連れ戻したらたっぷり説教してやらねばなぁ……まさか女誑しにまでなっていようとは」


 秋流と話す事がまた増えて、“子守唄”は深くため息をついた。全く、どうして私が坊ちゃんにそこまで世話を焼かにゃあならんのだ、と心の中で愚痴りつつ


 昔はいい子だったのになぁ、と過去を懐かしむ。




   ~~~~~~~~~~




「……それで喧嘩して家出を?」

「喧嘩じゃねーよ。一方的に殴られただけだ」


 風呂から上がった後、事情をしつこく聞く鏡に秋流は仕方なく事情を話していた。幾ら拒否しても、それさえも喜び受け取る鏡に、説明の拒否は出来ず根負けしてしまったのだ。

 てっきり、秋流は自分を殴った“子守唄”に対し、怒りを示すかと思っていた。しかし、意外なまでにそっけないその様子に、少し不満が募る。


「お前、どう思う?」

「え?わたくしですか?」


 きょとんとした様子の鏡。秋流自身もどうしてこんな質問をしたのかは分からない。果たして「それは彼女が悪いです」という言葉を求めていたのだろうか、それとも「秋流様が悪いです」という言葉を求めていたのだろうか、その答えなど分からないままに、秋流は尋ねた。


 そして、鏡が返したのはそのどちらでもない、純粋で無邪気な、鏡が学校では、世間では決して使わない“言葉を選ばずに”使う言葉。


「……今、こうして迷って、わたくしに答えを聞かずに、“あいつが悪いんだ”と愚痴る秋流様が、わたくしは“小物”っぽくて好みです……なんて、すみません!そんな事、聞いてませんよね?」


 皮肉でも何でもない、鏡独特の好み。それが秋流にはどんな言葉よりも効いた。普段は言葉を選ぶ鏡も、どうやら家や秋流の前では気を抜いてしまうらしく、口から出してから、その言葉が嫌味なものに聞こえたのかも、と少し慌てる。以前、秋流を“小悪党”呼ばわりした時に、酷く怒られた事を思い出したようだ。


「いや、サンキュ。よく分かった」

「え、いや……あの……面と向かってそう言われますと……」


 頬を赤らめ、もじもじとする鏡。“小物”らしからぬ秋流にはどうもペースを乱されるようで、先程までのデレデレが嘘であるかのように、鏡は立ち上がった。


「あ、あの……明日は何時に起きます?」

「ああ、自分で起きるからいい」

「そ、そうですか……分かりました。御用があったら、電話で知らせて下さいね?わたくしは別の部屋で待機してますので」

「気にすんな。無理しないで寝ろ」

「あ、は…………はひ」


 情けない声を漏らし、真っ赤な顔のまま鏡は障子を閉めて立ち去った。あいつにはこういう接し方が有効なのか、と余計な学習をインプットしながら、秋流は自分を客観的に見て、その“小物っぷリ”を改めて呆れたように笑った。


「なんだかんだ……あいつには気付かされっぱなしだな」


 自分が“小悪党”だと意識しだしたのも、鏡に言われた時だっただろうか?当時、ムキになって怒ったのも、それが図星だと自分で気付いていたからだ。


「……ってなにいってんだ俺」


 どうして自分の事を顧みなけりゃならんのだ、と秋流はそうなった原因を思い浮かべる。


 怪しい、奇妙な“殺し屋”の言葉が脳裏をよぎる。


 昔、姉のように慕っていた“子守唄”の優しさを思い出す。


「アイツ、そんなに怒った事無かったよな……それだけ気に食わなかったのか?」


 秋流は明かりを落とし、布団に籠りながら頬をさする。


 転入生、三詰友也に殴られた時よりも、力はずっと弱い筈なのにずっと痛かったその一発を何度も思い返すように、



 いつの間にか秋流の意識は深い夢の中へと落ちていった。





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