第2話-学院-
学院に入学してから暫く経ったけれど、私は他の学生たちと馴染めずにいたわ。
「学院」――それは、ロマーラ帝国時代の各属州に置かれた総督府の官僚育成機関。
元々は帝国貴族のみを学生として受け入れていたんだけど、アトゥス教が帝国内で急速に広まるにつれて、次第にその組織の支配権はアトゥス教の主教、すなわち聖職者に移り変わっていき、最終的には教会が完全に管理運営するようになったの。そのおかげで、学院は奴隷階級を除く全ての人々に門戸を開くようになった。結果として、帝国では学問が貴族から庶民に至るまで浸透し、大いに繁栄、発展した、らしい。……「東の野蛮な原種の民族」による「大西進」が起こるまでは――。
その後は知っての通り、ロマーラ帝国は滅亡したわ。でも、学院はアトゥス教会という宗教組織に取り込まれていたおかげで、多くが戦火を免れたのだそうなの。それは、ロマーラ帝国ダウニウム属州が置かれ、そして崩壊したバルバリア島でも同じことだった。
本島からは追放されてしまったけれど、少し西へと行った「ムー島」という小島に、アトゥス教ダウニウム主教は混乱の最中にありながらなんとか領地を確保した。そして、元は州都ダウニウムにあった学院も、学生職員総出で運べるものだけ運んで、この島へとしぶとく移転していたの。
それが、私の通う学院。なのだけれど……。
この学院に所属する学生の9割以上は原種が占めている。妖精種の学生はたったの1割も居ない。豪族に至っては私1人だけ。これが、私が孤立している理由よ。簡単でしょう。
妖精種には古来からドレイツ……「教」と言って良いのか分からないけど、伝統的な信仰がある。アトゥス教自体が警戒されてるってのに、積極的に学院へ入学させようとする物好きが一体どれだけいるのかしら。
そもそも、学院の講義を聞くためには最低でも「ロマーラ語」か「アトゥス語」のどっちかが聞き取れないと話になんない。その条件だけで、当てはまる妖精種は一握りしかいないの。
それに……私が孤立している理由は、珍しいからだけじゃない。
「あら、アリス嬢。今日もお1人かしら」
「ナルメア、先生……またですか」
「あら怖い。淑女がそう人を睨むものではないわ。それに、私は前にも言った通り、1人でいるのも悪くないと思うの」
「であれば、『今日も』というのは余計ではないでしょうか」
そんなところで日々学問を教えているのは、頭上に浮かぶ輪っかをピカピカさせて、私達妖精種とは違う鳥のような羽を持つ謎の人型生命体。あいつらは偉そうに、自分たちのことを天に使える種族――「天使種」だって言ってる。伝説ではアトゥス教の聖典と共に地上に降臨した、らしいわよ。
10にもなってない子供みたいな見た目のくせに、知能は他の種族より高いらしくて、おまけに不老不死。正直、生き物なのかすら怪しいわよ……っていうのが、初めて見た時から抱いている私の率直な感想なんだけど。
「ふふ、それは失礼したわね」
私の目の前でなんか嫌な笑みを浮かべる彼女も、そんな天使種の1人。彼女は歴史学専門のナルメア先生。私はなぜか彼女に妙に気に入られている。正直腹が立つ。どっか行って欲しい。
「――であれば、『いつも』と言って差し上げるわ」
私はすかさず彼女に平手打ちをお見舞いした……かった。
「なんで……避けられるのよ」
「だから言ったでしょう。天使種には、ちょっと先の未来が見えるのよ」
私は入学した頃から冬の間を除いて、授業時間が終わった後は早々に校舎を後にして、図書館に寄って気になった本を借り、それを寮の裏庭で読むのが日課になっているのだけれど、彼女はそれを頻繁に邪魔しに来る。
「先生はなぜ、わざわざ、遠い寮の裏庭まで来て、私にちょっかいをかけるのですか、ねッ!」
ふと気になって、この日、私は直接彼女に聞いてみたわ。ちょっとガン付けながら。そしたら、帰ってきた返事はこうだった。
「最初は、妖精種の国の豪族の娘、という肩書が気になったの。だって、学院には妖精種がそもそも少ないでしょう。どのような習性があって、原種とは考え方や価値観にどのような違いがあって、気になることは沢山あるわ」
つまりは好奇心から、ってことね。でも「最初は」なんて、どういうことかしら。彼女はそんな私の疑問を見透かしたかのように続けた。
「でもね、今は私、あなた自体に興味があるの」
そう言って彼女は私の顔を覗き込んできた。彼女もまた幼い顔をしている。12の私よりよっぽど、天使種という存在を知らなければ、まだ10に満たないと言われても信じてしまうと思う。いつも微笑みを崩さない彼女だけれど、その実、一体何を考えているのか。
「折角だし、これから毎日お話しましょうよ。ね、いいでしょう」
「えぇ、嫌」
それからというもの、彼女は本当に毎日話をしにやって来たわ。大体は他愛もない世間話だったけれど、たまに、変な問いを投げかけてくることもあった。まあ、とにかく、私自身に興味があるというのは本当らしい。全く嬉しくないけどね。
「アリス嬢はお友達は作らないのかしら」
春。寮の裏庭が水仙の黄色で染まった、そんなとある日。彼女は遠慮無く、本当に遠慮の欠片も無く私にこう尋ねてきやがったわ。
折角の心地良い午後を台無しにされて、今私は凄く機嫌が悪い。拳で思いっきり殴ってやろうかと思ったわ。けど、彼女には全く無意味だし、最悪私がケガをするからやめた。
「もう入学から6ヶ月も経っているんですよ。作れるならとっくに作っているとは思いませんか」
「もう、そんなにすぐ睨まないで。それに、友を作ることは、あなたが思っている程、難しくないと私は思うわよ」
彼女の言葉に深いため息が出てしまう。私は、下を向いてぼやくことしかできない。
「そう簡単に言わないでくれますか。同じ妖精種にすら避けられているというのに」
「ふふ、同種が駄目なら異種のお友達を作ればいいではないですか」
は?
「ッ!? それこそ無理な話よ!」
私は思わず叫んでしまった。彼女の顔を見ると、いつも通りの微笑みを浮かべている。でも、今はいつもより意地悪く見える。いや、見えるとかじゃない。きっと彼女は意地悪よ。
「あらあら、それはなぁぜ」
気の抜けるような彼女の声に、私はなぜかばつが悪く感じて目を背けてしまう。上手く声が出せない。
「原種、は……お母、様を殺した……敵……です、から」
なんとか絞りだした言葉は、聞き取るのがやっとなくらいに震えていて、下を向いた目線の先では水仙の花が揺れていた。
「そっか。悪いこと聞いたわね」
この日は結局これ以上何も話すことはなく、彼女は去っていった。私は顔を上げられなかったから、最後、彼女がどんな表情をしていたか分からなかった。
次の日からは、彼女がするのはまた他愛のない世間話に戻っていた。私はそれに返事したりしなかったり、そんな感じの日々が続いた。




