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アグロンド王国物語  作者: ガーレ
序章-アリス編-

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第1話-出発-

「お父様、どうして! どうしてこの地を離れなければならないのですか! 私はお母様を置いていきたくない!」

「アリス! 言うことを聞きなさい。私だって妻を……お前の母親を残しては行きたくない。しかし、仕方がないんだ……。お前も、私も、何としてでも、生き延びなければならないんだ」


 これは、私が物心ついてから暫くの頃の出来事。

 この頃のことを話題に出すとお父様は口を利いてくれなくなってしまうから、私は故郷の地名を聞いたことすらないけれど、今暮らす島の対岸の大陸、更に海から遠く離れた森の中の小さな村で、幼いころの私は生まれ育ったわ。

 私のお父様は村の有力者で、いや、もうその頃には既に村長になっていたかしら。とにかく、私はその娘として何の不自由も、不安を感じることもなく暮らしていた。森の中でリスや小鳥たちと歌を歌ったり、友達と追いかけっこをしたり、お母様から楽器を学んだり、男の子を殴……いや、これはいいわ。とにかく、その頃の私は森の外に世界があることすら知らなかった。あの羽を持たない野蛮な種族――「原種」に故郷を追われるまでは――。


 これは以前、家庭教師の先生から教わったことなのだけれど、私達「妖精種」は、かつて大陸に広がる大森林の全域に、それこそ、私の故郷よりも更に東、もっと東、ずぅーっと東にまで棲んでいたらしいの。南の平原には原種の国「ロマーラ帝国」があったけれど、彼らは森を恐れていたから入ってくることは無くって、むしろ妖精種が集めた森の恵みと、彼らが育てていた麦を時々交換することで上手くやれていたんですって。

 でも、私が生まれる少し前くらいに、大森林の東の端にあるとても高い山脈、それを超えた更に先から、森を恐れない原種の民族が大挙して押し寄せてきたらしいの。先生はロマーラ帝国民と区別するために、その者たちを「東の野蛮な原種の民族」って呼んでいたわ。勿論、元から棲んでいた妖精種の人達は、最初こそ住処を守ろうとしたらしいのだけれど、結果的に、彼らは故郷を捨てて逃げるしかなくなった。なぜなら、そいつらの中には「魔法使い」がいたから。


 私のお母様も魔法使いに殺された。

 お母様は故郷の村で一番の弓の使い手で、おまけに飛ぶのもとても上手で、だから部族の戦士団に所属していたらしいの。その頃には既に、私の村が属する部族の縄張りには、原種共の先兵が侵入してきていて。当時は知らなかったけど、3、4日家を空けることが度々あったお母様は、実は襲撃された村々へ助けに行っていたのだそう。

 まあでも、私の目の前でお母様が戦士の顔を見せたことは1度も無かった。魔法で腹部を貫かれ、亡骸となって帰ってきたあの日まで、1度たりとも。


 お母様を埋葬してひと月も経っていないと思う頃、遂に奴らは私の村にまでやってきた。戦士たちが命を懸けて手に入れてくれた情報のおかげで、私やお父様、それから村の皆は襲撃の前に村から逃げ出すことができた。お母様から離れたくない思いでふと村の方向を振り返った時、私の目に写ったのは大きく燃え上がった炎。私はその、明るいはずなのにどす黒い赫を、一生忘れることはないのだと思う。


 その後、私はお父様に手を引かれて部族の村々を西へ西へと逃げ続けたわ。けれど原種共の侵略が止まることはなくて、難民もどんどん増えていって、遂に私の部族は全ての縄張りを失ったの。居場所が無くなった私たちだけれど、原種共の脅威がある以上、歩みを止める訳にはいかなかった。

 同じ境遇を抱えた他の妖精種部族との衝突が増えたのも、この頃だったかな。私の知らぬ間に部族長にまで上り詰めていたお父様は、他の部族と同盟したり敵対したり、ある時には略奪まで犯しながらも、西に向かって私を、部族の皆を導き続けた。いつしか、お父様は周囲から「血の通わない羽を持つ男」と呼ばれるようになっていた。




──────────


「お嬢様。……アリスお嬢様?」

「ッ! な、何? どうしたのよ!」

「いえ、今日は大事な学院へと出発なさる日だというのに、ボーッとしていらしたので」

「ちょっと、昔のことを思い出していたのよ」


 私達妖精種は、ひたすら西へと向かう逃避行の末、狭い海峡を超えた先にあるバルバリア島に安住の地を得たかに思えた。でも、決して平穏が訪れることはなかったわ。


「お父様、私の入学の日にも帰ってこないのね」


 原種からの脅威が海峡を隔てたことで一先ず落ち着いている今、私達妖精種は、数多の部族同士で血みどろの争いを繰り広げた「混沌の時代」を経て、7つの大きな部族集団に纏まったの。それらは「7大国」と呼ばれ、それらを治める家は「豪族」と呼ばれるようになった。お父様と私は、今やその7家ある豪族の内の1つ。とはいえ、規模は7大国の中でも弱小だし、まだまだ安定しているとは言えない。お父様の手腕が無ければいつ崩壊してもおかしくない。


「アリスお嬢様、あなたのお父様はこの『ウェスーク国』の未来の為、1日も欠かすことなくお仕事をこなしておられるのです」

「分かっているわ、分かっているわよ」


 私は、多忙を極めるお父様をずっと助けたいと思っていた。政治が安定すれば昔の優しかったお父様に戻るのではないか、なんて、そんな淡い期待もあった。でも、お父様は私に「学院」へと入学するよう命じた。間違いなく、お父様は私を政治から遠ざけようとしている。反抗したかったけど、私はお父様の命令に逆らうことなんてできなかった。


「でも、城を出る日くらい顔を見せてくれたっていいじゃない」


 お父様は私のわがままを聞いてくれる人じゃない。分かっているわ。


 結局、私はお城にいる最後の日も、お父様と顔を合わせることは無かった。でも、大好きな使用人たちや先生に見送って貰えたから平気。ようやく慣れてきた、こーんなに広すぎる迷路のようなお城ともお別れね。


「お嬢様、お元気で」

「皆も元気でね。しっかりと、お父様を支えてあげるのよ!」


 こうして私は1人、学院へと旅立った。

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