愛するレシピ
ひとつのレシピには、愛と記憶が重なり合う。若き日の土井が誓いを込めて作り続けたチーズケーキは、愛する人との約束そのものだった。しかし、時は残酷に流れ、誓った相手は去り、レシピだけが彼の手に残った。四十代となった今、そのレシピは妻の好みに合わせて姿を変え、新たな愛の証として差し出される。けれどその瞬間、土井は恐れを抱く。愛もまた、レシピと同じように、変わりゆくものなのか。
不変を願いながらも、人間の切なさを短編で書きました。
40代の土井には妻がいる。周囲からは「愛妻家」と呼ばれ、実際に妻を大切にしている。しかし、彼にも若かりし頃、一生の愛を誓った女性がいた。20代の頃の土井は、今でこそ当たり前となった「男性がスイーツを作る」ことにまだ理解が乏しい時代に生きていた。そんな中、スイーツ作りを好む彼を認め、寄り添ってくれた女性はかけがえのない存在だった。彼女のために考案した特別なチーズケーキのレシピもあった。体重を気にする彼女のため、豆腐を使ったヘルシーな工夫を凝らしたものであり、彼は「年を取っても作ってあげる」と約束していた。だが、その関係は豆腐のように脆く崩れてしまう。原因も分からぬまま、気づけば彼女は別の男性のもとへ去り、土井は深い悲しみに沈んだ。それでも時は流れ、40代を迎える前に現在の妻と出会い、結婚した。
最近、土井はふと昔のレシピを思い出し、妻の好みに合わせて豆腐ではなくプロセスチーズを使いアレンジしてチーズケーキを焼いた。そして妻に向かって「年を取っても作ってあげる」と告げた瞬間、心の奥に恐れがよぎった。自分がかつて誓いを捧げた相手と同じ言葉を、今は別の女性に投げかけていることに気づいたからだ。レシピが時代や相手によって変わるように、愛の対象も変わってしまうのか。。その思いに戸惑いながらも、彼は理解する。一生変わらないレシピなど存在せず、人もまた変わり続けるのだと。