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平凡な午前


「おはようございます。皆さん」

「「「おはようございます!」」」


 凍えるような冬を抜け、生命謳う春がやってきた頃のベッセナ王国、都市レリナ。地方にしてはかなり大きめの街並みで、ざっくりと貴族街、平民街、貧民街に分かれています。そして平民街にある石造りの教会に、十数人ほどが集まって整列してくれてますね。その中には、私も居ました。なんなら最前列の方々、その対面に。そう、私はここの司教です。

 名前はペレネア、誓星名はミルケンヌです。分かりやすく言うとペレネア・ミルケンヌですね。


「では、祈祷から始めましょう」

「「はい!」」

 

 この世界において恐らく最も力を持つ宗教、枢星教会。私はその司教として、この教会の責任者を勤めております。

 レリナにやってきてからは早いもので、もう一年が経とうとしています。その間、割と真面目に聖務に取り組んでいました。

 今日も今日とて一日は祈祷から始まり、ある意味で最も自由な時間。私はこの時間が割といい感じに暇で、ぼーっとしてます。中央にいた頃は祈ってばっかりだったので、むしろちょうどいいでしょう。多分。


「「「天に輝く我らが星よ。いと尊き輝きにて、我らを輝かせまえ」」」


 枢星教会は空に輝いている星や太陽、月を一つの天として信じるのが教義ですね。だからこそ私たちは、空に太陽が上がりつつあり、月と星も光っている明け方を祈りの時間としております。


「「「天に眩い我らが日よ。いと尊き熱にて、我らを照らしたまえ」」」


 そして、私たち信徒は天への信仰を強く持つことにより、様々な業を天よりお借りして使っています。星、太陽、月。大きく三種類に別れた祈祷は、神の実在と我々に生き抜く力を与えて下さります。


「「「天にて照らす我らが月よ。いと尊き光にて、我らを包みたまえ」」」


 こんな感じで、毎朝お祈りをしています。毎日続けることによって信仰が高まって、より強く、敬虔に。正直、人によってまちまちです。ですが、祈らなければ何も始まりません。

 終われば次は、朝食の時間です。教会の食事は簡素なもので、パンとワイン、そして日ごとに変わるスープが多いですかね。日ごとに変わると言っても、当日買えたものをポンポンと入れているだけですが。

 昼からは炊き出しもあるので、炊事場の担当が調整しながら作ってくれるって感じです。ほぼ任せていますね、私はここのトップなので。えへん。


「皆さん、食前の祈りを始めます」

「「「天蓋の全て、その恵みに感謝します」」」

「では、頂きましょう」


 中央にいた頃は、周りの聖職者は豪勢な肉や魚をお腹がはち切れんばかりに食べていました。ですがレリナでは、しっかり清貧を守ってますね、私がここに来た意味もあったというものです。

 枢星の堕落は今に始まったことではありませんが、昨今は輪にかけて酷いですね。教都エウアンは堕落した実権派と教条派に別れて内戦状態です。私はそれが大っ嫌いで、こっちに来たのです。


「よし!今日も始めますか!」


 食事が終われば聖務の始まり。まずは手紙の確認と整理から。え~っと、免罪符の販売?嫌です……っと。レリナ伯爵からの招集状かぁ、こっちは顔出してもいいかな。煙たがられてるけど、なんだかんだ炊き出しの寄付してくれるし。


「ギルドの依頼……これは、司祭級を行かせた方がいいか……」


 時折、ギルドからも依頼が来ます。大体アイテム類の補充か、聖職者を貸してくれって話です。教会に所属してない聖職者は正直あまり質が……ね。信仰は大事ですが、知ることができないということは大変ですから。魔力はあるけど詠唱を知らない、というのに近いと思います。

 羽ペンでテーブルをコンコンと叩きながら、少しだけ悩む。まぁでも、貸しをとりあえず作っておいて損はないし、いいかな。ボロゴーのダンジョンレベルに危険な所はベッセナには無いだろうし。


「……もうこんな時間」


 外側から執務室のドアを叩く音が聞こえます。恐らく、メリンダ司祭ですかね。聖職についている人たちの中でも判断できないことは多いです、故にトップの私に話が回ってくることも多いのです。


「どうぞ!」


 言うや否やギイッと音を立てて両開きの片方が開きます。少しだけ皺の寄った顔に、茶色のウェーブがかった髪。やっぱりメリンダ司祭でしたね。

 レリナの教会には司祭が三人、助祭が七人います。その中でもメリンダさんは古株の方ですね。御年42、大ベテランです。私はまだ26なので、若輩者ながら上司をやっているのは重圧です。

 しかもバリバリの教条派なので、適当なこと言うと私もシバかれます。いやぁ、怖いですね。


「ペレネア司教。説教のテーマですが、いかがいたしましょうか?」

「そうですね……。メレナの星音書でどうでしょうか?」

「……私としては、ペチュニアの天蓋書がよいかと」

「なるほど……。では、そちらにしましょう」

「よろしいので?」

「えぇ、私はここに来て一年ですし」


 この司教、何も考えず許可してるんじゃないか?と明らかに疑っている視線が突き刺さる。努めて優しい表情を浮かべ、そして何よりと付け加える。


「今回は貴族のご子息も多く来られます。でしたら、少し含蓄のある天蓋書の方がいいでしょう」

「承知いたしました。お聞き入れ下さり、ありがとうございます」

「構いませんよ。こういうことがあれば、是非また教えてください」

「……はい」


 そして他の要件についても話を詰める。内容は多彩で、ギルドから貧民街の炊き出し、貴族街の政事まで話します。正直、一年学びながらやったところで焼け石に水ですね。

 レリナにずっと居る彼女達の方がよっぽど詳しいですから。

 

「では、仰られた通りに進めます」

「はい、お願いします」


 書類を纏めながら身体でドアを開けて出ていくメリンダ司祭、実務で優秀なのはそうなんですが、ちょっと雑なんですよね。ドアが歪むと隙間風で寒くなっちゃうんですよね。


「司教様、お時間よろしいでしょうか?」


 入れ替わりでやって来たのは七人の助祭、その一人。メーゼさんですね、18歳の若さで助祭になった優秀さんです。小柄で慎重ですが、思索には光る物があります。だからこそ、重圧が更に強まるんですけどね。

 ドアを閉じながら、こちらの方に近づいてきます。目には深い海のような知性が漂っている様に感じました。この子は、何かを疑問に思っては私に聞きに来ます。恐らく原因は、就任した日にこの子が何となく語った質問に、納得するような答えを出せてしまったからなんでしょうね。


「えぇ、大丈夫ですよ」

「司教様、なぜ私たちは祈るのでしょうか」


 む、難しい質問です……。私なりの回答は返しているのですが、果たしてこの子は満足してくれているのでしょうか……?けれども、逃げる訳には行きません。


「そうですね……。貴方は祈る時、何を考えていますか?」

「私は、この行為に意味があるのか……。どんな意味があるのかな……とかですかね」


 なるほど。私も考えたことがあります、祈りという行為の何かについて。私は祈りを通じて中央の堕落に対する疑いや、信仰の在り方について考えていましたかねぇ。

 でしたら、この辺りは彼女にとって新鮮になり得るかもしれませんね。今の祈り?ご飯の献立とか、実務の整理時間ってとこですかね……。


「素晴らしい。そこに一つの意味があります」

「というと?」

「つまり、意義を疑うという意味が生まれているのです。祈りは、人によって違います。同じなのは、姿勢と時間だけ」

「……屁理屈なのではないでしょうか?」


 実際、屁理屈です。千差万別の回答が出る問題に、明確な答えを出すことは危険でもあるのです。しかし、この子には祈りの時間を大切なものとして感じて欲しい。押し付けるのではなく、新たな視点を。


「事実です。ですが……普段の生活の中で、何もせずになにかを考える時間があるでしょうか?」

「それは……あまり、ありません」

「そうでしょう。純粋に、何かを考え、疑い、整理する時間。これを、果たして無意味と呼べるでしょうか?」


 手を組んで祈る。星との交信や天の神に対する信仰の姿勢。業を使うための儀式と言えばそうでしょうが、万事に意味を見出すことが祈りの本質なのかもしれないですね。時折寝る人もいますが、それもまた必要な時間なのでしょう。そう思って、特にとがめはしません。これもよくメリンダ司祭に私も含めて怒られてますね。


「なるほど……」

「貴方は聡明だ、無意味を認識出来ている。だからこそ一度、無意味の意味を疑ってみると面白いかもしれませんね」


 中央でもここまで疑える子は多くなかった。だからこそ、しっかりとした学び舎で学んで欲しいなぁと思います。しかし、中央の政争は高まる一方で……悩ましいですね。

 神学校には哲学科というのもありますから、この街では少し浮いてしまうような才能でも、同じ性質を持つ方と関われれば花開くと確信に似た何かがあるんですけどね。


「ありがとうございます……!」

「何かの一助になれば幸いです、また悩めることがあれば何時でも相談しに来てください」


 メーゼさんは少しの間考え込んでいたようですが、満足したのか少し赤らんだ顔で感謝を伝えてくれました。ふぅ、何とか失望されずに済みましたね。

 また相談しに来て下さいというのも本音です。難しいですが、その度に私も新たな発見を得ることが出来ていますから。毎日とかだと、流石に大変ですが。

 神学校の皆さんを思い出しますね。神の不在について何時間も集まって討論していました、今ではいい思い出です。翌日の講義は寝過ごしたのを覚えています。


「お時間、ありがとうございました」

「えぇ、またお待ちしています」


 部屋から出ていくメーゼさんを眺め、出た後に身体を伸ばします。ポキポキという音と共に、肩から力が抜ける。実務はめんどくさいですね、フィールドワークの方が好きだなぁ、やっぱり。

 そんな感じでぼんやりしていると、お昼を告げる鐘が鳴り響き始めました。ゴーン、ゴーンと鈍く響く音が私の身体を揺らしています。お腹が空きましたね。午前にしては中々ハードでした。


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