ベーシックインカム制度
中学生の頃、ちょうど昭和から平成に元号がかわる頃に、精神科の看護師をしていた実の母からきいた話が、この論文の原点になっている。
アルコール中毒患者の父親と発達障害の母親の間にうまれた青年が自ら命を絶った。二親は生活保護費を酒代に使い、生活費に困るとオーバードーズをして救急車で運ばれて入院する。
ある時、飲酒後の夫に妻が規定以上の薬を飲ませ急死させてしまった。故意ではなく過失である。息子は母親を入院させてから自殺したのだが、献体した謝礼を持ってすぐに母親は院内の売店に行ったそうである。
病気を治すのは医師、生活を支えようとするのがケースワーカー。それでは、困っている彼を誰が助けるのだろうか。彼は夜間高校を卒業後働いていた。当時の生活保護制度では、おそらく親族が働けるなら打ち切りになり、彼が親の面倒を見なければならないはずだ。
私は、彼を「基本」とした。最も困難な状況の人間の生活を守れたならば、大抵の日本国民は生活を維持できる、そう考えたのだ。
結論から言うと、生活保護制度は社会保障の範囲で、その性質は働くことができず公的扶助に頼らざるを得ない者となる。彼に生活保護費はおりない。
近年の制度改変で、親族が援助をしなければならない義務が無くなったようだ。これなら、二親は各々が生活保護を受けグループホームで生活できるだろう。
ただ、長年言われているのだが、汗水流して得た収入から引かれる税金で、自分の息子を自殺にまで追い込んで平気な二親を養いたいだろうか、と言うことだ。
「日本国民すべてに定額を日本銀行券で給付してほしい」と切に願う。どんな人でも一寸先は闇である。会社が倒産したら、一時的にせよ生活保護費で生活しなければならないかもしれない。
「全国民への中央銀行券による一律給付」とは、いわゆるベーシックインカム制度のことを指している。
1973年(昭和48年)生まれの私は、第二次ベビーブームの人間で、好景気の影響で進学率は上がり、「いい学校、いい会社」のレールが目の前にあった。ある時、そのレールから思い切って降りた。敷かれたレールの上を走るのをやめてしまったのだが、そんなことしなくてもバブル経済の崩壊で社会の概念は総崩れになった。
低成長の30年間、生活の保障には程遠い社会が出現する。
非正規雇用で働くなか、生活保護費で暮らす人々がうらやましくなる。バブル期に楽に就職し、そのまま正社員という安定に守られて退職金をもらう男性をうらやましく感じる。
彼への鎮魂のためではなく、私は自分のためにこの論文を完成させたい。この論文は、浅学菲才の身である私が執筆する以上、稚拙であることを否定できない。論文は完成しないものらしいが、人生の終わりまでブラッシュアップを重ねていきたい。




