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二.

第二話です。遠足。

二.

 季節は夏の終わり、夏休みが終わって少し経った頃、段々と暑さが落ち着き登校しても汗ばむことがなくなってきた。


「おはよっ、レンくん」


 いつも通り自分の席で教科書を整理したりしていると、いつもの挨拶が耳に届く。


 長谷川さんだ。僕もいつも通り挨拶を返す。


「おはようございます、長谷川さん」


 長谷川さんから僕への朝の挨拶は、このクラスになってからほぼ毎日続いている。一度だけ、彼女が風邪で休んだことがあったけれど、その日以外は毎日挨拶をしてくれている。

 彼女からの挨拶が無かった日は、僕も何となく体調が悪い感じがした。

 八時十五分になったところで朝のHRが始まる。委員会に所属している生徒や担任の先生からの連絡事項が淡々と読み上げられる。

 個人的に、学校で過ごす時間の中で生徒が最も集中していない時間はこの朝のHRだと思う。実際、僕もこの時間は先ほどまで読んでいた本のことや金沢に貸した宿題のこと、好きな人のことなどを考えている。


「遠足が来週に迫っているので、今日の六時間目の時間を使って班分けをしたいと思います。で、同時に席替えもやっちゃいましょう」


 先生の口からそう告げられ、朝のHRは終わった。

高校二年生の一大イベント、遠足。例年通りであれば、遠足の班は男子二人女子二人の計四人。観光地にバスで向かい、そこから先の自由行動ではその班で行動することとなる。

 そして、うちのクラスではその班決めと同時に席替えをするらしく、班決めで決まった班員同士が近くになるような席順となる。

 つまり、遠足の班が一緒になった人とは高校二年生の残り約半年間、近くで過ごさなければならない。これは誰にとっても中々重要な班決めとなるだろう。

 その日の昼休み、金沢から遠足の話を切り出してくれた。


「なぁ、遠足の班一緒にならね?」


 もちろんOKだ。もし、金沢がいなかったら僕はきっとクラスの余りものになってしまうだろう。


「いいよ、僕も金沢のこと誘おうと思ってたし」

「嬉しいね。あとは女子二人だよなぁ」


 金沢はそう言って教室中を見回す。


「誰か組んでくれそうな女子いる? それか、蓮が組みたい女子とか」

「特にいないなぁ、女子の友達とかいないし全然話したことない人ばっかりだからね」

「長谷川さんがいるだろ」

「会話って呼べるレベルの会話はしたことないよ」

「そうかぁ、じゃあ俺が誰か誘っていい?」

「うん、いいよ。その方がありがたい」


 本当は長谷川さんを誘って欲しいけど、流石に金沢にそんなことを頼むわけにはいかない。

 金沢は顔が広いし、女子の友達も複数人いる。きっと誰かしらいい人を誘ってきてくれるだろう。

 その日の六時間目、遠足への期待感と班決めに対してのやり取りによってクラス中が騒がしくなっていた。

 この学校では毎週水曜日、部活動の代わりにクラスごとに何かしらの活動を行うための時間が確保されている。基本的にやることがないので自習の時間になるが、今回のように学校行事が迫っていると、それについての取り決めを行ったり準備をしたりする時間となる。

 自習であっても学校行事のための時間であっても、基本的に先生は生徒の自主性を尊重するため何も口出しはしてこない。職務放棄と自由な教育の間のような感じだ。


「蓮、班員のことなんだけど」


 クラスがどんどん騒がしくなっていく中、自分の席で沈黙を貫いてた僕の下に金沢がやって来た。昼休みに話した僕と金沢以外の班員の件だ。


佐伯(さえき)さんと渡邊(わたなべ)さんでもいい?」


 金沢はそう言って、教室の中央辺りに目を向ける。

 僕がその視線を追うと、その先ではクラスメイトの佐伯さんと渡邊さんがこちらを見ていた。

 目が合った瞬間に、二人とも会釈をしてくれたので、僕も会釈を返す。


「うん、いいよ。誘ってきてくれてありがとう」

「おっけー、いいってよー」


 僕からの了承を受けると、佐伯さんと渡邊さんは一瞬二人で目を合わせてこちらに近づいてきた。

 金沢が誘ってきた女子二人は、いつも二人でいる仲良し同士の佐伯さんと渡邊さんだ。

 佐伯さんは大人しいタイプで渡邊さんは活発なタイプの女子なので周りからは「なんであの二人が仲良いのだろう」とよく思われている。僕も同じことを思ったことがあるが、多分中学が一緒とかたまたま去年同じクラスだったとかそういう理由だろう。

 同じことを僕と金沢も思われているのかもしれないなと思う。僕と金沢は仲が良いが、友達が少なく帰宅部の僕と友達が多く運動部の金沢は周りから見たら真逆の存在だ。そういう意味では佐伯さんと渡邊さん、僕と金沢は似たようなコンビかもしれない。


「遠足の班よろしくー、蓮くん」

「加賀美くん、よろしくお願いします」


 佐伯さんはフレンドリーに、渡辺さんは丁寧にそれぞれ挨拶をしてくれる。

 金沢の方を見ず僕にわざわざ挨拶にくるあたりに僕との親密度と金沢との親密度に差を感じる。僕はこの2人と一度も話したことがないから親密度が皆無なのは当たり前なのだけれど、こういう差があると会話が盛り上がりにくいということを僕は知っている。

 遠足までにはしっかり会話できる程度にはなっておく必要がある。

 遠足が終わってもこの二人とも近くで過ごすことになるのだから、そこそこ愛想よくして仲良くなっておかなければならない。


「うん、よろしくお願いします」


 僕は二人に向かって挨拶を返す。


「二人は蓮と話したことあるんだっけ?」


 金沢は佐伯さんと渡邊さんに問いかけるが、二人は首を横に振る。確かに高校に入学してから僕が話したことのある女子は数人程度で、この二人はその数人には含まれていない。


「じゃあ、まずは自己紹介とかしとく?」

「いやいや、流石に名前ぐらいは知ってるって。同じクラスなんだから」


 金沢と渡邊さんの間で、会話が滑らかに進んでいく。もしかしたら、金沢と仲が良いのは渡邊さんだけで佐伯さんは渡邊さんにくっついてきただけなのかもしれない。

 自己紹介をしなくて済んだのはありがたい。渡邊さんの言う通り、僕も二人の名前くらいは知っているし、何より僕は二人に自己紹介をしてほしい程の興味が無い。

 僕が今興味があることはただ一つ、長谷川さんが誰と同じ班になるかだ。

 僕は金沢と渡邊さんの会話を聞き流しながら、教室後方に目を向ける。そこでは、長谷川さんが友達の女子数人と楽しそうに談笑していた。その様子を見るに、話の中心には長谷川さんがいるようだ。

 長谷川さんはもう班が決まっているのだろうか。それとも、班を組む男子を決めかねていて、今それについて話しているのだろうか。

 金沢には長谷川さんを連れて来てくれることを少し期待していたけれど、そう上手くはいかなかった。


「あの、私たちと班組むの嫌じゃなかった?」


 僕がこそこそと長谷川さんの観察をしていると、佐伯さんがそう尋ねてきた。

 長谷川さんから佐伯さんへと視線を移す直前、一人の男子が長谷川さんに近づいていくところを視界の端で捉えた。

 あの男子の行く末を、男子に対する彼女の反応を、見たい。だけれど、目の前の佐伯さんを無視するわけにはいかない。

 僕は断腸の思いで長谷川さんから視線を外した。


「いや、全然嫌じゃないですよ。むしろ誘える女子がいなかったんで助かりました」

「本当? よかった、金沢くんに誘われたんだけど加賀美くんの意向を聞かずに来ちゃったから、嫌じゃなったか少し心配だったの」


 佐伯さんは心配性で気遣いができる人らしい。そこは人として良いところだし、これから近くで過ごす身としてはありがたいけれど、その心配と気遣いは今必要ない。

 今僕が求めているのはこの会話を終わらせ、僕の視線を自由にしてもらうことだ。興味が無い人間からの心配と気遣いは、今の僕には邪魔でしかない。

 しかし、そんなこと伝えられるはずもなく僕は長谷川さんと彼女に近づいた男子の行く末が分からないまま班員との会話を続けることとなった。

 その後は席替えを行い、そのまま下校となった。

 僕の席は教室の中央付近となり、僕の隣は佐伯さんで前が金沢、左斜め前が渡邊さんだ。

 後から長谷川さんの席を確認すると、彼女の席は教室の後方だった。

 彼女は次の日から、教室に入ってすぐにではなく、教室のドアから自分の席に行くまでの道中で僕に挨拶をしてくれるようになった。

 一週間後、遠足では横浜に向かい、バスを降りた直後から自由行動となった。

 僕たちの班は事前に決めていた通り、横浜の有名な観光地を一通り見て回ることにした。

 赤レンガでできた歴史を感じる建物を見たり、海を見たり、中華料理のお店がたくさんある通りを歩いたりして、いくつか美味しいものを食べる。

 僕は『観光地』というものにそこまで興味が無い。どこに行ったとしても「栄えてるなぁ」という感想しか持たなかった。

 自由行動の最中にいくつかの別の班に会ったりもしたけれど、その中に長谷川さんはいなかった。顔を見たことある程度の同級生だったので、僕は会話も挨拶もしなかったけれど、顔の広い金沢と渡邊さんは別の班に会うたびに二言三言言葉を交わしていた。


「金沢と蓮くんって彼女とかいる?」


 遠足の後半、観光地巡りが予定より早く終わったのでカフェで時間を潰していると、渡邊さんがそう尋ねてきた。


「いや、俺はいない」

「僕も」

「えーそうなんだ、金沢はいるのかと思ってた」


 つまり、最初から僕にはいないと思っていたけれど社交辞令で僕にも聞いてきたということか。中々に失礼な人だ。

 そう思ったけれど、普通に考えれば友達すらろくにいない人に彼女がいると考える方が不自然だ。


「じゃあ、好きな人とか気になってる子とかいないの?」

「いやー特にいないなぁ」

「僕も」

「えぇー絶対いるでしょ! せっかくだから教えてよ」


 渡邊さんは食い下がってくる。何も発言していない佐伯さんも興味ありげな視線だけを送ってくる。

 なぜ高校生は、その中でも特に女子はこんなにも色恋の話が好きなのだろうか。もし、僕と金沢の想いを寄せる人を知ることができても、冷やかし以外にどう使うのだろうか。

 そんなことを思いつつ、『好きな人』というワードを聞いた僕の頭の中は、長谷川さんでいっぱいになる。


「いや、本当にいないって。それに、いたとしても言わないだろ」

「気になる人が一人もいないなんてことある? 蓮くんは?」

「僕も特にいないかな」

「本当かなぁ? 仲良い人とかは?」


 渡邊さんは、何故か金沢より僕に疑いの視線を向け、問い詰めようとしてくる。

 人と話す経験が少ないから上手く隠せているかは分からないけれど、必死に平然を装って耐える。


「そんなに聞きたいなら、まず自分から言えばいいじゃん」


 僕を助けようとしたのか、それとも金沢も恋バナをしたいのか。分からないけれど金沢は責める渡邊さんと責められる僕の攻防の間に割って入る。


「えー私はねー秘密」

「なんだそりゃ、ちなみに、佐伯さんは?」

「えーっと、私も秘密、かな」


 佐伯さんはチラリと僕の方を見ながらそう言った。


「なんだよー結局誰も言わないんじゃん」

「金沢が言えばみんな言うかもよ」

「なんだよそれ、俺だけ言ってみんな言わないっていう未来が見えるんだけど」


 金沢と渡邊さんは楽しそうにお互いを責め合っている。僕と佐伯さんは蚊帳の外だ。


「でも、加賀美くんってよく長谷川さんと話してるよね」


 先ほどまであった蚊帳を佐伯さんが取り外す。

 突如として投下された佐伯さんの言葉に、渡邊さんは素早く反応した。


「そうなの!? 蓮くんって長谷川さんと仲良いの?」


 一瞬で情報に尾ひれがつく。

 誤情報の拡散というのはこうやって行われるものなんだな、と思った。


「いやいや、長谷川さんとはほとんど話しても無いし、仲良くもないよ」

「でも、長谷川さんって加賀美くんに毎朝挨拶してるし、2人は仲良いのかと思ってた」


 佐伯さんは意外と僕のことを見ているらしい。

 確かに席替え後になっても長谷川さんは毎朝律儀に挨拶をしてくれる。でも、それは長谷川さんが律儀で良い人なだけだ。残念ながら、僕と長谷川さんの仲が良いというわけではない。本当に残念ながら。


「長谷川さんが挨拶してくれるだけだよ。仲が良いわけではない」

「えぇー仲良くも無いのに毎朝挨拶する? もしかして、長谷川さんが蓮くんのこと好きなんじゃない?」

「そりゃないだろ、だって蓮だぜ?」

「そんなことないでしょ、蓮くんのこと気になってる女子って意外といるよ?」


 渡邊さんの言葉に一瞬ドキッとするが、きっと僕を揺さぶるためのお世辞だろう。


「まぁでも、あの長谷川さんが誰かを好きってことないよねーあんなことしてるし」

「あーやっぱ女子も知ってるんだ」

「そりゃ知ってるでしょ。長谷川さんのアレを知らない人なんて、うちの学校にいないよ」


 話題は途端に恋バナから長谷川さんの噂話へ。

 少し気まずそうに目を逸らす佐伯さんの様子を見るに、佐伯さんも当たり前のように長谷川さんの噂を知っているらしい。


「前から気になってたんだけどさ、長谷川さんって女子からどう思われてんの?」


 金沢は、以前僕と話したのと同じ話題を渡邊さんに振った。

 長谷川さんに関する話題はどんなことでも興味がある。彼女の交友関係に関することならなおさらだ。

 僕は悟られないように、気持ちだけ身を乗り出して渡邊さんの言葉を待つ。


「うーん、私は長谷川さんと特別仲良いわけじゃないけど、みんな別にどうも思ってないんじゃない? そうだよね?」


 渡邊さんは佐伯さんに同意を促し、佐伯さんは小さく頷いて答える。


「そうなんだ、なんか意外だな。女子ってああいうことしてるのがいたらすぐハブったりしそうだけど」

「長谷川さんのこと嫌いな子がいないわけじゃないけどね。実際、私もそういう子何人か知ってるし」


 渡邊さんの口ぶりから、僕の好きな長谷川さんがみんなから嫌悪されているわけじゃないようなので安心した。


「その嫌いな子っていうのはなんで嫌いなの?」

「詳しい理由は知らないけど、多分自分の好きな男子が長谷川さんと、その、ヤったとかそういう感じじゃないかな」

「なるほどなぁ、個人的な恨みで嫌いってわけか」


 僕と佐伯さんは二人の会話を黙って眺める。

 なんとなく、佐伯さんは先ほどから気まずそうだ。もしかしたらこういう話が苦手なのかもしれない。

 そんなことはお構いなしに、金沢と渡邊さんの会話はどんどん盛り上がっていく。


「じゃあさ、男子からはどう思われてんの? やっぱみんな狙ってるって感じ?」


 そう言って、渡邊さんは僕と金沢両方の目を見た。


「いやぁ、少なくとも俺はそんなこと思ってないな。でも、隙あらばいつでもとか考えてる奴は結構いるかも。実際にヤってる奴もいるんだし」

「そんなこと言って、自分も隙あらばとか思ってんじゃないの?」

「いや思ってねぇよ。わざわざ頼んでまでヤりたいとか思わないって」

「蓮くんは?」


 3人の視線が僕に集まる。僕は心の中で嘘をつく準備をした。


「僕も特に何も思ってないかな。全然仲良くもないし」

「本当かぁ? 男子はあんな子いたらずっと盛ってんじゃないの?」

「んなことねぇよ、俺たちだって分別くらいついてるっての」


 まるで長谷川さんが分別のついてない人のような口ぶりが少し引っかかるけど、普通に考えてやっていることは分別がついてない人のそれだなと思う。


「信じられないなぁ、二人が長谷川さんのこと何とも思ってないなんて」

「そんなこと言ったら長谷川さんが女子から嫌われてないってのも信じられねぇよ。ああいう人は同性から嫌われてるもんだと思ってたから、なぁ蓮?」


 僕はどこまで本心でどこまで嘘の反応をすればいいのか迷い、曖昧な笑みを浮かべてしまった。

 その瞬間、その笑みを佐伯さんが見ていたことに気づいた。マズイと思ったけれど、時はすでに遅い。僕の嘘がバレていないことを心の中で強く願った。

 思い返してみると、佐伯さんは僕と長谷川さんの行動を見ていて、今も長谷川さんの話題を出し、僕の嘘を見抜くような振る舞いをしている。もしかしたら、既に嘘が見破られていて、僕は泳がされているのか。

 そんな不安がよぎったが、僕は僕自身の為、そして長谷川さんへの想いの為にも見破られていないことを願った。

 その後は金沢と渡邊さん中心の会話がどんどん盛り上がっていき、カフェという場では少し憚られるようなワードを口にし始めた。

 高校生というのは見知った仲の人間と話している時には公共の場であっても盲目になりがちだ。

 僕は誰かの迷惑になる前に何とか店を出るように促した。

 その日は何事もなく、学校へ戻り、いつも通り下校する。長谷川さんは帰りのバスの中で同じ班の男子と仲が良さそうに会話していた。


「なぁ、蓮って本当に好きな人いないの?」


 遠足の数日後、階段の掃除中に金沢がそう尋ねてくる。


「なんで急に?」

「いや、この前遠足でそういう話になったじゃん? その時、いないって言ってたけど本当かなって思って」


 こいつは親友である僕の言葉を信用していないのか。


「その話してる時、なんか蓮ちょっと複雑そうな顔してたし」


 どうやら僕は嘘をつくことと本心を隠すことが苦手らしい。

 金沢にそう思われていたのならきっと渡邊さんと佐伯さんにも思われていたのだろう。変な尾ひれを付けて誤った噂話を広めていないといいけど。


「……金沢もいないって言ってたけど、そっちはどうなの」


 金沢の問いに対して、僕はとりあえずジャブで抵抗してみる。

 金沢は噂話を広めたり人の恋愛を本気でバカにしたりするような男ではないと思っているけれど、余計なリスクは負いたくない。


「俺はなぁ、いるよ。高校生にもなって一人もいないって方がおかしいだろ」


 遠足の時、僕の嘘は金沢に見破られていたようだけど、僕は金沢の嘘を見破ることはできていなかったらしい。


「ちなみに、誰なの?」


 ここまで聞いておいて具体的なことを聞かないのは不自然だと思い、社交辞令的な意味で聞いてみる。


「これ、まだ誰にも言ってないから、人に言うなよ?」


 僕は黙って頷く。

 意外とすんなり言うんだな、と思ったけれど、もしかしたら僕の友達の少なさが信用に繋がっているのかもしれない。


「渡邊美春、遠足同じ班で今俺の隣の」


物理的にも人脈的にも案外近い人物だったので、特に驚きはしない。

ただ、金沢の本心を隠す技術は相当なものだなと感心する。


「本当は美春のこと好きだから遠足の班に誘ったんだよ。なんか俺の都合に付き合わせちゃって悪いな」

「いや、それは全然いいよ。女子の班員は金沢に任せてたわけだし」


 金沢がカミングアウトしてくれた後、引き続きの社交辞令で何故好きになったのか、いつから好きだったのかということを聞いてみたけれど、渡邊さんのことをほとんど何も知らない僕は「そうなんだ」という感想しか持てなかった。


「じゃあ、蓮の好きな人も教えてくれよ」


 至極真っ当な要求に、僕は回答を迷う。

 金沢が自分から想い人を告白してくれたのだから、僕だけ言わないというのは無理だろう。ここで正直に話すか、それとも誰か他の適当な人を好きという事にして嘘をつくか、パッと頭に思い浮かぶ名前は佐伯さんだが僕が佐伯さんのことを好きになる理由がない。佐伯さんの下の名前すら思い出せない。

 こんな調子だときっと嘘をついてもすぐに見破られてしまうだろう。ここで嘘をつくのは金沢との今後に関わる。

 そう考え、僕は覚悟を決めた。


「長谷川さん」

「長谷川さんって、同じクラスの長谷川瞳?」

「そうだよ」

「へぇーそうなんだ。ちょっと意外だな、蓮はもっと硬派な感じが好きなのかと思ってた」


 それはきっと金沢の長谷川さんに対する印象が『性行為ばかりしている人』だからだろう。

 僕は長谷川さんのその部分を好きになったわけじゃない。彼女の、誠実で、律儀で、真面目な部分を好きなんだ。だから、硬派な感じが好きそうという金沢の僕に対するイメージは間違っていない。


「じゃあ、毎朝挨拶してくれるのって結構嬉しかったりするんだ」

「まぁ、正直そうだね」


 ちょっと恥ずかしいが、ここまでカミングアウトしたらもう本心を包み隠す必要もないだろう。


「そっか、長谷川さんのことはいつから、どんなところが好きなの?」


 その後も色々と根掘り葉掘り聞かれたが、僕はほとんど嘘をつかずに答えた。


「そうかぁ、俺は知らなかったけど、長谷川さんって案外真面目なところあるんだな」

「僕も直接話したことはほとんどないけど、そうなんじゃないかと思ってる」

「そんなんでよく好きになれたな、ちなみにさ」


 金沢は少し周りを気にして、言いにくそうに声を潜める。


「長谷川さんとセックスしたいとか思う?」


 中々に直球な質問だ。自分の品性のためにここは嘘をつきたいが、本音を言うしかない。僕の嘘はすぐにバレるから。


「まぁ、思うね」

「だよなぁ、好きな人がほぼ確実にセックスさせてくれるってなったらそりゃしたいわな」


 そんな軽い気持ちなわけではない、と訂正したかったがやめた。今そうやって否定したら逆に必死に本心を隠しているみたいになりそうだ。

 嘘がすぐバレるからと言って本音が伝わるというわけではない。


「でも、好きなのはいいけど付き合うとかそういうこと考える前に一回ヤらせてもらってもいいんじゃない?」

「なんで?」

「もしかしたら長谷川さんのことを本当に好きなんじゃなくて、ただセックスしたいだけかもしれないじゃん。一回セックスしたらその人のことが本当に好きなのか分かるってよく言うだろ?」

「よく言うかは分からないけど、遠慮しとくよ。全然仲良くもない人にそんなこと頼めないからさ」


 金沢の真偽不明な雑学による提案は丁重にお断りする。

 確かに僕は長谷川さんと性行為をしたいと思っているけど、それは今したいわけじゃなくてしっかりと関係が築けた後にしたいんだ。

 その後もしばらく男二人で恋バナに花を咲かせた。僕の予想以上に渡邊さんに対する金沢の好意は強く、掃除が終わった後にまで話は続いた。

 その日の翌日から、長谷川さんが僕に挨拶をするタイミングや話しかけそうなタイミングには、金沢は必ず席を外したり僕に話しかけないようにしてくれた。

 優しくて気が利く男だと思う。こんなに気が利くのならきっと渡邊さんともうまくいくだろう。

 金沢に僕の本心を伝えて以降、僕は長谷川さんのことを考える時間が増えた気がする。金沢が僕に気を遣う度に余計に長谷川さんのことを意識してしまうし、金沢にはもう隠さなくていいということが気楽で、金沢と二人でいる時に長谷川さんに意識を向けることが多くなった。

 それに、僕の長谷川さんに対する想いが本物であるという確信が少しだけ持てた。

 性行為をすればその人に対する好意が単なる性欲なのか恋なのかということが分かると、金沢に言われた。これが本当だとするならば、僕は長谷川さんのことを本当に、恋愛として好きなんだ。

 なぜなら、僕は去年長谷川さんと身体を重ねているから。

ここまで読んでくださりありがとうございました!

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