第1話 全員地獄行きふざけんな!
大学生の人でなしの東条屑と幼馴染のギャンブル好きの西宮和の二人はもう一人の幼馴染の酒好きの南詩織に追ってひき殺されてあの世に向かうのだがあの世で出会った女神に地獄に行くか異世界に行き魔王を倒し天国に行くかの二択を迫られ屑達は異世界に転生する。
この世界には別の世界いわゆる異世界というものがある。これは俺が魔王のいない異世界に転生し魔王を討伐するまでの物語だ。
桜が咲き花見のシーズン、太陽が眩しく照らす街中に春の気持ちの良い風が吹いている。そんなとき二人の男がコンビニに入った。
一人は中肉中背の短髪黒髪に黒目の見た目をした東条屑こと俺。そしてもう一人は中肉中背のツンツンしてる黒髪に黒目の見た目をした同じ大学に通う西宮和だ。俺達は花見のために酒を買うべくコンビニに来ている。
俺達はカゴを手に取り、軽い足取りで酒コーナーに向かった。目の前には並ぶ色々な酒が並んでいたが、しかし迷うことなく一種類の酒を流れるようにカゴに入れた。すぐに酒がカゴを埋め尽くし、ずっしりと重たくなった。
「このくらい買えばいいよな?」
「……分からん。あいつは酒カスだからな。」
隣にいる和の質問に対し、腕を組んでじっくりと考えて答えた。
別に俺と和は酒豪な方ではないが俺達の幼馴染に一人酒豪がいるのだ。そんな酒豪ではない俺達は、酒を飲む量が酒好きの幼馴染とは比べ物にならないのだ。
そして悩んだ末に俺は一つの答えを出した。
「これ以上は金銭面的に厳しいからやめとくか」
正直言ってあいつが飲み足りなかろうと俺には関係ないし、どうでもいいや。
重たくなったカゴに体勢を崩されつつもレジに向かって進んだ。カゴの中の酒がガラガラと揺れている。
揺れのせいで酒が噴き出すとか無いよな……桜の下でそんなことになったらいい笑いものだぞ。
「次の方~」
店員に呼ばれるがまま、機械的にレジの前に向かった。明らかに二人の人間が買う量ではない酒を目の前にして、店員さんは不思議そうな顔でこちらを見てきた。とは言え店員さんもプロ、あたかも普通かのように、手際よくカゴ一杯に敷き詰められた酒をレジに通した。
「合計で十万円になります」
「これで」
現金で支払いを済ませた俺達は、買った酒をマイバッグに詰めて歩き出した。
正直五万円の出費は痛いな……。
自動ドアを出たその時、白い軽自動車が前から猛スピードで向かってきた……ドン!っと、俺達二人を弾き飛ばした。コンビニ中へと弾き飛ばされた俺達は商品だなにぶつかって止まった。
「は…?」
気が付くと頭から血が出ていた。
和は隣で横たわっており俺と全くもって同じ状態だった。
イッテェーー‼俺を轢きやがったやつ覚えてろよ、必ず復習してやる‼
強い復讐心に目覚めた俺だったが、段々とまぶたが重くなり、視界が真っ暗闇に飲み込まれていった。
最後に聞こえたのは、被害者は三人という通報をする店員の声だった。
それから長いこと寝ていたような感覚がした。
気を失っていたようだ。先ほどとは違いは軽いまぶたで、目を開くとそこは光り溢れる真っ白な場所だった。誰しもが見た瞬間にあの世だと悟ってしまうほど、この世界は幻想的だった。
そんな幻想的な世界に、俺以外にも二人の人間がいた。
同じ被害者の和、もう一人は女性だった。
その女性は身長百六十センチメートル程度で、縦書きの大きな文字で巨乳と書かれた白いTシャツに薄グレーのスカートを身に纏っていた。
肌は透き通るように白く、血色が良く頬は淡いピンクに染まっていた。女性の髪は艶のある紺色のボブ、目はキリッとしており美しく透き通るような紺色の瞳をしていた。
その美しい女性は、俺と和の幼馴染で同じ大学に通っている南詩織だ。
なんでこいつもいるんだ?
「ここはどこだ?」
何故かいる詩織のことは気にせず、気を失っている和の頬を優しく叩き質問した。
和も分かっていないのは想像に安いかったが、しかし先ほどの事故でパニックになっていた俺は気が付くとこの無意味な質問をしていた。
「分からないけど車と衝突した後で病院じゃないからあの世だろ」
横になっていた体の上半身だけを起こして能天気な返答を持ってきた。
やっぱあの世か、仮にあの世だとしてどうしてここまで落ち着いていられるのか……。
無意味な質問に能天気な返答、まるでバカの会話だ。
無価値のバカな会話が嫌なので、話を変えることにした。
「どうしてお前もここにいるんだ?詩織も死んだのか?」
「へ⁉そっ……、そうみたいね」
この質問されることが予想外だったのかビクッとした。そして熱くないこの世界で、詩織は何故か大量の汗をかき始めた。
「なんで死んだんだ?」
同時に三人死ぬなんて考えられない。絶対に何かある。
冷静になった俺は現状に違和感を覚えた。
「えーと……分からない」
強張った笑みを浮かべつつ、首を少し捻ってそっぽを向いた。
何かおかしい、どうして死んだか知らない人間なんているか?……ハッ!そうか、きっと人には言えないような恥ずかしい死に方をしたんだな。後で泣く程イジってやろう。
これからのことを考えると、ついつい口から笑みがこぼれてしまった。
「馬鹿なのか?やっぱ酒で頭おかしくなっていたんだな。」
顔に笑みを落とし、嬉々として和が言った。
振り返って見てみると人差し指で頭をトントンと叩いており、その様子は明らかに人をバカにするものであった。
俺が後のお楽しみに残してたのに、奪いやがって……。
「うるさい!」
詩織は大きな声で食って掛かった。
この反応本当に酒関連で恥ずかしい死に方したんだろうな。それにしてもこの反応全然面白くないな。
俺もバカにしてやろうかと思っっていたが、反応が面白くなかったのでやめて、これからのことを考えることにした。
「それにしても死んだあとはどうなるんだ?」
「そりゃあ悪いことしてない俺らは天国で贅沢三昧だろ」
どこに自身があるのか、和が胸を張って答えた。
その顔はどこまでも自信に満ちており、瞳には曇り一つなかった。
天国なんてあるわけないだろバカが。
「そうなったら私のおかげなんだから感謝しなさいよ」
いつの間にか立っていた詩織は、腰に手を当て無い胸を張って言った。
突然の謎発言に俺の思考は一瞬停止した。
「ん?どういうことだ?」
眉間にしわを寄せて尋ねた。
和も言っている意味が分からず首を傾げていた。
こいつは本気で何を言ってるんだ?元々バカなのに、アルコールのせいでもっとバカになったのか?
「私は今日家であんたらを待ってたんだけど、お酒をもって私の家まで来させるのは酷だから車で迎えに行ったの、で居眠り運転してあんたらと事故したってわけ。だからこれからあんたらが天国で働かず永遠とぐーたら生活できるのは私のおかげってわけ感謝しなさいよ」
殺人鬼詩織はより一層無い胸を張って答えた。
「お前かー!人殺しといて何が感謝しなさいだこのカス!まずはごめんなさいだろ人殺しが!」
考えるよりも先に俺は詩織の胸ぐらを掴んだ。
掴んだ胸ぐらを力の限りで揺らし、小さな頭が首振り人形のようにブンブンと揺れた。
「その通りだぜ。このアル中女!まだまだやりたいことあったんだぞ!俺は!」
和も俺に便乗して詩織を指差して罵声を浴びせた。
そのとき、コツ、コツという足音が聞こえた。
足音の方を見るとそこには背中に羽の生えた白髪の女性がいた。
その女性は光を反射するほどの純白の装束を身に着け、靴は履いておらず裸足だった。
この人裸足なのにどうやってあんな足音出したんだ⁉
その女性の登場で明らかに場の空気が重たくなった。
「皆さんこれまでご苦労様でした。私は女神です。これからの皆さんについて説明しますね。まずあなた達は天国に行けません」
そんな空気感の中女神は静かな声色で第一声を放った。
性格わっる!初めましての人間に『天国に行けません』って失礼にも程があるだろ。
「当たり前だ、人殺しが天国に行けるわけない」
分かりきったことだ、人殺しが天国に行ける訳がない。詩織とはここでさよならだ。
「そんな嘘よ‼私は安全運転していました。この二人が私の車の前に飛び出して来たんです。だから私は無罪です。飛び出してきた二人が悪いんです。」
必死になった詩織は一生懸命に身振り手振りで女神に訴えた。
この野郎この期に及んで嘘ついて助かろうとしやがって、全部バラしてやる!
「はぁー⁉何言ってんだ⁉嘘つくなよ!お前さっき居眠り運転してたって言ってただろ!」
「うるさいわよ!私みたいな美人に轢くいてもらえたんだから感謝しなさいよ!」
「女神様騙されないで下さい!彼女はお酒で頭をおかしくなっているのです!」
女神を前にして、平然ととんでもないことを言い放つ詩織に対して腹が立った。
絶対に俺達を殺したこいつを天国に行かせるものか!地獄に行って魂浄化して輪廻転生してもらう!
「キャプチャー(拘束)」
女神様がそう言うと、俺達三人は突如現れた縄に拘束された。
そして体勢を崩した俺達は倒れた。
何だ……これは?魔法?女神の力?
「お静かに、南詩織さんだけが地獄に行くわけではありません。あなた達三人全員地獄行きです。」
細い人差し指が紅色の唇の前に静かに立った。
詩織だけじゃない……?全員って俺も?
「……えぇー⁉」
女神の発言に呆気にとられ、俺達三人は口を揃えて驚いた。
詩織は分かる、絶対に地獄に行くべきだ。だけど何故俺まで……?この女神、美人だと思っていたけどもう違う。こいつは悪魔だ!
「東条屑さん、あなたは今まで数多くの人を自分勝手に利用してきましたよね。」
「あっ!」
女神の言葉で大量の心当たりが頭の中を巡り、つい口から声が漏れてしまった。
何故この悪魔がそんなことを知っているんだ、チクショウ!
「西宮和さん、あなたはギャンブル中毒者で数多くの人から返すつもりもなくお金を借り返す前に死にました。そのような行為は詐欺同然です。」
「あっ!」
和も思わず声が出ていた。どうやら心当たりがあるようだ。
俺も金を貸していたけど返す気なかったのか、この野郎…。地獄についたら思いっきり殴ってやる!
「南詩織さんは本日の事故のこともありますがお酒を飲み酔っぱらっては人に迷惑をかけたうえに酔っていない時は開き直って反省が見られないこと。また以前あなたが高校生の時に年下の女の子を誘拐しようとしたからです。」
「はっ!」
詩織も思わず声を出していた。
こいつにはあってはいけない心当たりがあるようだ。
前々から危ないとは思っていたが高校生の時に誘拐しようとしてたのかよ。この腐れロリコンが!
「やばいなお前」
強張った表情を浮かべていた和は蔑むような眼で見て言った。
「……」
流石の詩織も地獄行きの絶望で返す言葉も無かったようだ。
「よって全員地獄送りですがあなた達の暮らしていた世界とは違う世界が魔王によって荒れているため地獄行きのどうなってもいい人間に地獄に行くか異世界で魔王を倒すか選べるようにしているのですよ。魔王を倒した際にはこれまでの罪は帳消しとなり天国へ行けますどうしますか?」
女神が口にしたことは耳を疑うほど狂った内容だった。
地獄行きの人間だけを送ったら危険だろ!でも地獄には行きたくないし、仕方ないか…。
「危ないのは嫌だけど地獄には行きたくない、だから俺は行く」
拳を固く握り、覚悟を決めて言った。
「屑が行くなら俺も行く」
俺の肩に腕を回して言った。
どうやら和も覚悟を決めたようだ。
なんだこいつホモなのか?同性愛は構わないが俺は違うので止めて頂きたい、転生したら一発殴ってから逃げよう。
「……地獄は嫌だし私も行くわ」
悩んだ末に渋々だが詩織も覚悟を決めたようだ。
「分かりました。では、冒険者、魔法使い、僧侶の中から職業をお選びください。」
「ここで選べるんですか?異世界ではなく?」
「はい、昔は転生先で選ぶようになっていました。しかし、お金を持ってない転生者は、お金が無いから登録できない、登録できないから働けない、働けないからお金がないという悪循環が原因で多くの転生者が職業を手にする前に餓死するという事故が発生したのです。それで今はこの場で選べるようになったのです。」
穏やかな顔して女神はとんでもないことを言い放った。
ゴ、ゴミすぎる…こいつ本当に女神なのか⁉少し考えれば分かることだっただろ。
「皆さんご職業をお選びください」
「私は人を轢き殺してもいいように僧侶にするわ」
詩織は腕を組み顎に手を当てて僧侶になることにした。
「は?え?」
詩織の発言に、俺と和の頭の中をグチャグチャにかき乱された。
え…あ…え…?『人を轢き殺してもいいように』って、こいつ本当に反省してないな、復讐してやる!
「俺は面白そうだし魔法使いだな、和はどうする?」
「俺も面白そうだしそうするわ」
俺達はそれぞれの思惑を胸に魔法使いになることにした。
「それでは杖を三本どうぞ、魔王を討伐した者には一つだけ願い事を叶えて差し上げましょう。ではご武運を」
女神の言葉を皮切りに、俺達の足元に魔法陣が現れた。そして俺達は魔法陣の眩い光に包み込まれ視界が真っ白になり、光が消えた時目に映ったのは中世ヨーロッパ感溢れる石造りの建物が並ぶ街並みだった。
俺達は異世界に来たようだ。
気が付くと手の中には身長の半分程度の長さの杖があった。
「へーすごいわねー、まさに中世って感じね」
右足を軸に一回転した詩織が街並みを見回して言った。
「おい、お前忘れてないぞ」
普段より一層低い声色で言った。
俺の発言で詩織の額に多量の汗が流れた。
こいつ、このままいけるかなあ~とか思ってたのか⁉許せねえ!
「…すいませんでした」
フラフラと詩織の今にも消えそうなか細い声が漂った。
「あーん?今なんて?聞こえなかったんだけどぉー?声小さいよ、君のお胸みた……グホッ」
言い切る前に、詩織の右こぶしが俺のお腹に下から上へとめり込んだ。そして俺の体は勢いよく宙を舞った。
こいつ俺のこと殺したくせに殴ってきやがって、理不尽だ!殴り返してやりたいが力の勝負でこいつに勝てる訳が無い!でも折角異世界に来たんだ、魔法だかスキルだかでいつか絶対復讐してやる。
「屑はバカだな~、詩織は胸だけじゃなくて器まで小さ……ゴハッ」
和も言い切る前に右頬を殴られた。和の体は投げられた野球ボールのように真横に飛んで行った。
フハハハハ!誰がバカだ、このバカが!ざまあみろ!
「イテテ……屑どうする?置いて行くか?」
こちらに向かって来る和は赤く腫れた右頬をさすりながら言った。
「当然だ。人を殺した上に自分だけは助かろうとしてたんだからな」
俺の声色は知らない間に冷たくなっていた。
当然だ、俺達を殺し自分だけ助かろうとしてちょっと悪口言ったら殴ってきた。自己中にも程がある。
「ごめんなさい!なんでもするから許して下さい!」
詩織は力強く俺達の足元にしがみついた。
必死に引き剥がそうとするも詩織の力が強くビクともしなかった。
なんつー力だ……こいつまさか力で解決する気か。
「やめろ、お前が悪いんだろ」
俺と和は詩織を振りほどこうとするが詩織は決して手を離さなかった。
「しつこいな」
「ごめんなさいなんでもするから許して私が悪かったです。」
「だー!かー!らー!お前が嘘つかずに素直に答えてたら良かったんだよ」
泣きつく詩織を引き剥がそうと和は言葉でも責めた。
その声色は多少荒らしさを帯びていた。
…がしかし、詩織は聞く耳を持っていなかった。
「だからってこんな可愛い女の子一人異郷の地に置いて行くっていうの⁉」
詩織も負けじと大きな声で言い返した。
何が可愛い女の子だ、可愛いのは見た目だけで中身は誘拐犯兼殺人犯だろ!クソ、このままじゃ埒が明かない…。
「分かった、分かった。連れて行く、連れて行くから静かにしろ」
大きな嘆息を吐き、仕方なしに引き剥がそうと詩織の頭を押していた両手を上げた。
和も仕方なしに諦めて両手を上げた。
何でもするって言うのなら自分から離れたくなるぐらいこき使ってやろう。
「ありがとう~屑~」
詩織が泣きついてきた。
またしても俺の身動きが封じられた。
汚ねぇ!鼻水着けてくんなよ……。
「何でもするって言ったこと忘れんなよ。」
詩織の顔を指差し念を押した。
縦に素早く二度を首を振って詩織は離れた。
まずはこの汚されたズボンを洗わせてやろう。
ズボンをについた鼻水を払いのけているとカサッ、という音がした。
気になってポケットに手を突っ込むと紙が入っていた。
ポケットから出し広げてみると、そこには女神からのメモが記されていた。
「何なの、それ?」
後ろから覗き込むように見てきた。
このバカは相変わらず距離感が近いな、鼻水で汚いんだからもう少し離れろよ!
「女神からのメモだ。えーっと、『就て忘れてましたのでメモでお伝えします。無一文でしょうから日本にいたときの財産を異世界様に両替しておきました。おそらくまだ伝えていないことは複数あると思いますが、許してちょ』って……」
「ハァーーー⁉」
無責任で適当な女神に転生させられた俺達は大声で憤慨した。
つい手に力が入りメモを真っ二つに引き裂いた。
あんのクソ女神がぁ!絶対に復讐してやる!
「絶対魔王討伐するぞ!」
俺の目は殺意を帯びていた。
「何、どうしたの?今はあのゴミ女神にどうやって復讐するかを考えるのよ?」
明らかに声色が低くなり、詩織は不機嫌そうだった。
その視線は突き刺さるように鋭かった。
「だからだよ、女神が言ってただろ、『魔王討伐したら何でも一つだけ願い事を叶える』って、だから魔王を討伐して女神を奴隷にしてやろう!ハハハハー‼」
天を見上げて薄汚い笑みを浮かべて高々と笑った。
フハハハハ‼ざまあみろクソ女神!必ず奴隷にしてやる!
「それだわ、徹底的に扱き使ってやるわ」
「俺達のために働かせよう、永遠に不労所得だ!」
二人とも女神を奴隷にした時の扱い方がすでに頭に浮かんでいるようだ。
俺も勿論浮かんでいる。ゴミのように扱ってやるつもりだ。
「それじゃあ、宿取りに行くぞ」
それからは近くにいた通行人におすすめの宿を聞いて移動を開始した。
移動するとき俺達は街並みを楽しんでいたため、普段より歩くペースが遅くなっていた。
とは言え一時間ほど歩くと目の前には他の建物より少しばかり大きな石造りの建物の前へときた。
どうやらこれが教えてもらった宿のようだ。
中に入ると、暖色を基調とした心温まる装飾ばかりでどこか銭湯に似ているように感じた。
すぐに従業員が近づいて来た。
「宿をご利用される方ですか?一泊一万ギラです。」
従業員は丁寧な接客で俺達を出迎えてくれた。
「分かりました。」
女神が両替してくれていたお金を支払った。
この国の貨幣単位は『ギラ』か、なんか異世界っぽいな。
「ありがとうございます。では階段を上がって頂いて一番手前の部屋となります。」
受付のお姉さんは腕差して案内してくれた。
素直に案内を聞き俺達は移動し始めた。
階段に足を掛けた時ギシギシ、と音が鳴り古さを物語った。
「なんとか宿も見つかってよかったな」
部屋に入ってすぐ和がベッドに倒れこんだ。
「そうだな」
俺もベッドに倒れこんだ。
一時間歩いたから疲れたというよりは、死んだから疲れた。
今日は非日常なことばかりだったな、クソ女神は当分無理だが詩織には近いうちに復讐してやる!
「さてそろそろ行くか」
和はおもむろに起き上がった。
和の目は何かこの先の未来を覗き見ているかのように希望に満ち溢れていた。
「どこに?」
「魔法使いとなって俺は透明化を習得した。つまり覗きに行くんだよ、クリアー」
ゲスい笑いを浮かべた和の姿は見えなくなった。
これは魔法…スゲ!俺も早く何か習得しよ。それにしても詩織を怒らせたらどうなるかこいつだって知っているはずなのに失敗を恐れないなんて…和、お前は漢だ。
「俺にも頼む!」
「任せろ、クリアー」
和の魔法で俺の姿も見えなくなった。そして俺達は忍び足で部屋を出て浴場へと向かった。
これから男には入れない男の楽園に入れる。思えばこのためだけに二十年間生きてきた、ついに目的が果たされる。
俺達はサンクチュアリに侵入した。予定外なことに中には詩織しかおらず詩織は体にタオルを巻きお風呂に入っていた。
「ゲ…最悪だ」
期待を裏切られ俺の高揚感はすぐさま消え去った。しかし、まだ少年のような輝く目で和は楽しんでいた。
「詩織って相変わらず貧乳だな!」
「馬鹿お前……」
危機感を感じ、急いで和の口を塞いだが、しかし間に合わず、馬鹿にしたような和の声は浴場内を反響した。
詩織はおもむろに湯船から立ち上がった。そして次の瞬間には俺達の目の前に移動していた。
やばい!ここにいることがバレてる!逃げなければ……。
体の向きを百八十度変えた時、目の横を水の滴った細い腕が駆け抜けた。殴られた和は血を吐きながら吹き飛んだ。驚く隙も、絶望する隙も無く綺麗な手が俺の頭を地面に叩きつけた。
「ぶっ殺すわよ!人の裸勝手に見て文句言ってんじゃないわよ!」
拳を固く握った詩織が見下してきた。
俺も和も痛みで一歩も動けなくなっていた。
「ぐふ……透明化してるのに何で的確に殴ってこれるんだ?」
今にも消えそうな声で尋ねた。
何か言おうとすると口から血が漏れ出た。
「視線が気持ち悪いのよ、このカスども!」
詩織は軽蔑的な眼差しで俺達を見下ろした。
俺は別にそんな目で見ていたつもりは無かった。つまり和の視線が気持ち悪かったのだ。
「すびばじぇんでじた」
顔は腫れて活舌が悪いながらも俺と和は精一杯謝った。
ここはサンクチュアリだと思っていたが、そうではなく地獄だった。
転生生活一日目にして人生二度目の死を味わうところだった。もう二度とムキムキペチャパイの詩織さんとは揉めないようにしよう。一日目からこんな感じで魔王討伐出来るのだろうか?
よければ、下の星5評価とブックマークお願いします。