モーツァルト通信
和やか日常。
パン、パパン、パパパパパン? せーんーぱーいーっ、バカにしてんでしょ。それって。セレナード第十三番ト長調、ケッヘル番号五二五、通称「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」! 恐れ入ったか。
え? ではこれはどうだ? タンタン・タタタ・タタタタ・タタタタ・タンタン。
ハイ、交響曲第二十九番イ長調。そのくらいじゃまだまだよねえ。モーツァルトのイントロクイズなんて、私にはちょろいものよ。
え? ナマぬかすなあ?
あのねー、ナマぬかしてんの先輩の方。ちょっとピアノ弾けるってだけで、プロとしてやっていきたいなんて、気軽に言わないで欲しいワケ。
え? ピアニストじゃなくて、行く行くは指揮者ァ? 正気で言ってんの? ハンパじゃないよ、あーいうのって。
は? 男の夢はプロ野球の監督、連合艦隊司令長官、そしてオーケストラの指揮者ァ? 私だって知ってるよ、それくらい。昔パパに聞いたもん。
パパって、学校でパパって呼んだら、しこたま怒られるから。そう、音楽の岩本先生。まあ学校じゃ、あっちも必死に他人のふりこいて、「あー、岩本ォ」なんて調子で、みんなクスクス笑ってるけどさ。
あの人、若い頃は作曲家めざしていて、ちゃんとした先生からも学んで、やれるかも、と思った時もあったんだって。でもやっぱし、自分には才能が無い、このままじゃ、女房子供路頭に迷わす、そう思って、高校の音楽の先生、ってワケ。
ほら、たけしの「アキレスと亀」って映画、いっしょに観たじゃん、リバイバルで。あっちは売れない画家だったけど、あの展開でいってたら、私今頃死んでたよね。
だけどさー、あれでたけしの画家がゴッホとかピカソみたく、本当の天才だったとしてもさ、それはそれで悲惨な事になってたかも。
パパがモーツァルトみたいな大天才だったとしたら、やっぱし破綻はたんしてたと思うんだよね。
あの人、モーツァルトってさ、金銭感覚も健康管理も滅茶苦茶で、就職も失敗続きで、三十五歳で早死にだもん。まさに早世の天才。残された家族はたまったもんじゃなかったよね。
え? ジャラーランラン、ジャララーランラン? それって「レクイエム」の「怒りの日」でしょ、映画「アマデウス」のクライマックス。あれってさー、やっぱ英語じゃなくて、ドイツ語版で観たかったよねー。あんのかな。何の話だったっけ。
そーそー、先輩ってさー、才能あるワケ? パパにも訊いたんだよ、先輩のピアノ、どうだろって。パパ、笑って答えなかったよ。
先輩さー、若い頃はいろいろと、大志を抱くってゆーか、野望に燃えるっつーか、そーゆーのは大事だとは思うんだけどさー、やっぱし、分ってモノをわきまえなきゃ、ダメだよー、ね。そんなにらむなっての。
ほら、パパ、岩本先生、合唱部の顧問でしょ。練習歌だって、歌詞は国語の貝塚先生に書いてもらって、自分で作った歌、歌わせてるでしょ。ちょっとモーツァルトっぽいの。
あれ聴くと、結構いい線いってんじゃんって、身内のひいき目無しで思うしさ。合唱部の友達も、どーして先生、そっちのプロにならなかったんだろ、みんなそう言ってるもん。先輩だって、そう思うでしょ。
ちゃんと発表したら、コンクールに出したらって、何度言われても、いや、あくまで学校内の、練習歌だって。
頑固なのよねぇ。いったん捨てた道への未練だって。
でもさ。結局一番いいやり方じゃないかって、私思うワケ。
ほらさ。よくテレビでなんかさー、趣味を仕事にすんのって素晴らしいとか言ってさー、そーゆー仕事やっててイキイキしてる人とか、出て来てさー、毎日充実してまーす、とか、あーゆーの、信じちゃダメだよ。
普通はさ、仕事で消耗して、趣味で充電するじゃん。
趣味仕事にしちゃうとさー、うまくいってる時は絶好調かもしんないけど、そうでなくなったらもう地獄だよ。逃げ場無いもん。
お金儲けが趣味って人は、人気の成金セレブから、一気に一文無しか、最悪犯罪者だし。もっとひどいのは、漫画家さんよね。うん。やめようね、この話。
え。タターターターター、タターターターター。ピアノ協奏曲第二十番。「アマデウス」冒頭じゃん。先輩ー、他人事だと思って聞いてない? 次は何?
バン・ババン・ババン。はい、交響曲第四十一番、通称「ジュピター」。モーツァルトってやっぱ凄いよねー。貧乏と病気にもめげず、こんな力強い曲を残して逝ったんだからさー。
もっかい訊くよ。先輩って才能ある? え? ある? ホント? じゃ、思い切ってなっちゃえ、コンダクター!!
ま、頑張って。