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カグラ対エンバートン

「何あれ? やっば」


 観客席にて。

 カグラとエンバートンの激しい打ち合いを見ながら、メルトリアは率直な感想を吐露した。

 その驚きは、余程のものだったのだろう。いつも丁寧な口調が砕けている。


「何をしているのか、ほとんど目視出来ません。二人は本当に人間なんでしょうか?」


 恐らくこの一騎打ちを観覧している全ての学生が思っているであろうことを、メルトリアは口に出す。


「人間離れしているのは認めるけど、一応人間だよ。速すぎるってだけで、やっていること自体は剣を振り回しているだけだからね」


 隣に座るホノカが、退屈そうに答える。驚いている素振りはない。


「その速さが異常なんです。……って、ホノカ。二人の動きを目で追えているんですか?」

「そうだけど?」


「それが何か?」と言いたげなホノカに、メルトリアは絶句する。まさかこんなところにも化け物がいたとは……。


「でしたらお聞きしますが、カグラはエンバートン大佐に勝てると思いますか?」

「そりゃあ、勿論!」


 ホノカは即答した。


「だってカグラが負けるところなんて、私見たくないもん!」

「あっ、希望的観測ではなく、贔屓目なしの客観的分析をお願いします」


 少しでもホノカの主観が入れば、口が裂けても「カグラが負ける」とは言わないだろう。それ故にメルトリアは、淡白に告げた。

「ちぇーっ」と不満を露わにするホノカだったが、メルトリアの要望通り渋々と欲目なしでの分析を始める。


「エンバートン大佐はかなりの実力者だよ。今までの訓練でのカグラを振り返って考えると、勝つのは難しいだろうね」

「ノースですらあの様ですからね。如何に首席とはいえ、大佐には届きませんか」

「ん? 私はそんなこと言ってないよ」


 ホノカは勝つのが難しいと言っただけで、カグラが負けるとは言っていない。それも「今までの訓練でのカグラ」という、意味深な注釈を付けて。


「私は誰よりも長くカグラのことを見ているし、誰よりも深くカグラのことを理解しているつもり。だから私にはわかるんだ。カグラは今までの訓練で、一度も全力を出していない」

「そんなバカな。だってカグラは、学園開設以来の天才と言われているんですよ?」


 ホノカの言っている内容が真実ならば、カグラは余力を残している状態で史上最強の学生と謳われていることになる。

 メルトリアにとっては俄かに信じられない話だったが、ホノカは「そうだ」と確信を持って肯定した。


「どんなに過酷な訓練の後も、それこそ演習授業の後だって、カグラが汗だくになって息を切らしたり、地べたに横になる姿を見たことがないんだよね」

「言われてみれば……確かに」

「でしょ? だから私たちはまだ、カグラの全力を知らない。彼の本気が、私たちの想像を凌駕するものだとしたら、或いはーー」


 ホノカはその先の言葉を続けなかった。離れた観客席でどれだけ楽観的予測をしようが、それがカグラの勝利に繋がらないことを、彼女は理解しているのだ。


 ホノカたちは信じることしか出来なかった。祈ることしか出来なかった。

 カグラの勝利を。そして、カグラの無事を。



 


 互角に思える剣と剣の激しい打ち合いの中にも、確かに優劣は存在する。

 現時点での優勢は、エンバートン。劣勢がカグラ。しかしどういうわけか、焦燥感に駆られているのはエンバートンの方だった。 


「……」  


 一振り一振りに集中しながらも、エンバートンの視線は時折カグラを睨み付けている。


(加減しているとはいえ、大佐の剣捌きだぞ? それをああも易々と受け止め続けるとは……一介の学生に、そんなことが出来るのか?) 


 心の中で呟いた後で、カグラが普通の学生ではなく首席の天才であることを思い出す。  


(開校以来の天才だという話は聞いていた。しかし、所詮は軍人見習いの学生。だというのに、何だ、この危機迫る感覚は?)


 増えていく雑念は、徐々にエンバートンの集中力を阻害していった。


「どこを見ているんです?」


 ここに来て初めて、カグラの剣の鋒がエンバートンの肩口をかすめる。


「くそっ!」


 咄嗟の反撃として、エンバートンは大振りにサーベルを振り下ろした。

 今度はカグラは受け止めず、体を右に逸らす。

 カグラの避けたサーベルは、そのまま地面に刺さる。その瞬間、カグラはサーベルの峰を踏み付けた。


「何!?」


 これではエンバートンは、サーベルを引き抜くことが出来ない。

 カグラはサーベルを踏みつけたまま、真一文字に剣を振るう。

 顔の真横に迫る一撃。エンバートンはサーベルを手離し、後退することで回避した。


「随分あっさり武器を手離しましたね」

「落胆したか?」

「まさか。寧ろその逆です。大佐の躊躇いない英断には、敬意を表します」


 武器がなくては、戦えない。戦えなければ、死んでしまう。そんな思考が働くせいか、命の危機に瀕しても武器を手離せない軍人も多い。

 その判断は間違っていると、エンバートンは長年の経験で熟知していた。


「剣を奪ったくらいで勝ったつもりなら、それは違うぞ。軍人とは、たとえ武器を失っても命ある限り戦い続けるもの。故に勝敗はまだ決していない」

「わかっています。それにーー」


 カグラはサーベルから足を退ける。サーベルを抜くと、エンバートンに投げ返した。

 カランカランと音を立てて、エンバートンの前に転がるサーベル。


「これは返すつもりでしたから」

「……何のつもりだ?」

「現役の軍人による実戦に近しい訓練。それこそが演習の醍醐味だというのに……すぐに終わったら、味気ないですよね?」


 それは先だってノースとの手合わせの時にエンバートンが口にした発言であり、強い方だけが口にすることを許されている発言だった。

 つまり、カグラはエンバートンを格下に見ていた。

 エンバートンの額に、青筋が浮かぶ。彼は珍しく激昂していた。


「誰に向かって口を聞いているんだ! 学生如きが!」


 ここでサーベルを拾えば、カグラの情けを甘受し、彼の下であると認めるようなもの。それだけは、エンバートンのプライドが許さない。

 エンバートンはサーベルを拾うことなく、代わりに懐からリボルバーを取り出した。


 カグラに銃口が向けられる。

 エンバートンは、撃鉄と引き金をほとんど同時に引く。放たれた弾丸は、カグラの頬を掠めた。

 カグラの頬から血が流れ出す。


「剣の交わし合いだけが戦いだと思っていたか? それは違うぞ。戦場では、不用心に近づいたところを敵の隠し持っていた銃で撃たれ、命を落とすなんてこともある」

「成る程。これも実戦の過酷さを教える、講義の一環というわけですか」


 しかし現状でリボルバーを抜くという行為はエンバートンの品格を著しく下げるものであり、観客席の学生たちの顰蹙を買っていた。


「でも俺は生きている。この至近距離で弾が外れるなんて、戦場ではそんな幸運もあるんですね」

「……っ」


 普段なら外さない。しかし今のエンバートンは怒り故に冷静さを失い、リボルバーの照準が乱れてしまっていた。


「折角ですし、試してみましょうか。俺の幸運が、一体どれだけ続くのか?」


 カグラが一歩、足を前に出す。


「動くなぁ!」


 エンバートンが、撃つ。

 カグラは剣で弾丸を弾いた。


 エンバートンが、撃つ。

 カグラは首を傾けて、弾丸を躱した。


 エンバートンが、撃つ。

 カグラは弾丸を真っ二つに切断する。


 エンバートンが、連射する。

 カグラはもう避けない。弾丸は、当たらない。


 エンバートンはーー撃てなかった。残弾がなくなったのだ。


「くそっ! 弾切れか!」


 次弾の装填を試みるエンバートン。しかしそんな時間を、カグラが与えるわけもなく。

 カグラは急加速し、エンバートンの眼前まで接近する。


「終わりです」


 エンバートンの首筋に触れるカグラの剣。しかしその剣が、彼の首を刎ねることはなかった。


「待て!」


 叫んだエンバートンはリボルバーを捨て、両手を上げる。


「……参った」


 口ではなんだかんだ言っていても、本心では大佐とて命が惜しいのだ。


「戦場ではなく演習授業で、それも学生に殺されたとなれば、あの世で同志たちに笑い者にされるのは必至。それだけは絶対にごめんだ。だからカグラ、お前に勝利をくれてやる。その代わりに、私から誇りを奪わないでくれ」

「……初めから寸止めするつもりでしたよ」


 カグラは剣を引く。

 バトルフィールドの中央まで移動すると、剣を天に突き上げる。


『オオオォォォォ!』


 無言の勝利宣言に、観客たちは大歓声で応えた。

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