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級友たち

 カグラとホノカの通うドルマド軍事学校は、200年以上の歴史を持つ古い学校だ。

 その名の通り、ドルマド王国を守護する軍人の育成を目的としており、三年間の厳しいカリキュラムを終えた学生たちには軍への入隊が約束されている。

 長い歴史を持つドルマド軍事学校は、世界最古の軍事学校。もしかすると今や、世界最後の軍事学校となっているかもしれない。


 ドルマド王国は、軍事費用に多大な国家予算を費やしている。その結果、度重なる天災の影響で領土こそ半分以下に減少させているものの、軍事力は10年前と比較しても然程衰えていなかった。


 カグラとホノカがそんなドルマド軍事学校に着いたのは、始業の5分前だった。


 軍人に遅刻はご法度だ。たった一人のたった1分の遅れが、大惨事を招くことだってある。

 それ故にドルマド軍事学校では、他の何よりも遅刻に対して大きなペナルティが課せられていて。ギリギリとはいえ遅刻せずに済んだことに、カグラは一先ず安堵した。ーー遅刻しかけた原因は、言うまでもなくホノカの寝坊である。


 二人が教室に入ると、既に級友たちは皆自身の席に着いており、カグラたちは彼らの注目を避けられなかった。 

 級友たちの視線は、はじめはカグラとホノカに、やがて組んでいる二人の腕に注がれる。

 カグラとホノカの仲睦まじさは有名だ。今更「朝っぱらからイチャイチャしやがって」と妬む者はいない。

 しかしたとえ他意がなくとも、こうも注目を浴びるのはあまり愉快なことじゃなかった。

 さて、この空気どうしたものか。難しく考え過ぎるカグラに対して、ホノカはお気楽だった。


「みんなー、おっはよー!」


 ホノカの明るい挨拶で、緊迫した空気は一変する。

「よっ!」、「おーっす」、「おはよう、二人とも」。挨拶を返した級友たちは、彼らがそれまでしていた会話に戻る。カグラたちに注がれていた視線は、どんどんその数を減らしていった。


 そうやって張り詰めていた糸が緩んだ(切れたわけではない)ように、和やかさが人から人へ瞬く間に伝線していく。

 気付くと教室内は、いつも通りの笑いと賑やかさを取り戻していた。


「ああいう注目のされ方、カグラは嫌いだもんね」

「何だ? 俺の為に、あんなバカみたいな挨拶をしてくれたのか?」

「バカとは失礼な! でも、そういうこと。彼氏が嫌な思いをしなくて済むようするのが、できる彼女なのです」

「そう思うなら、明日からは寝坊しないでくれよ」


 ホノカが約束の時間通り女子寮の門の前に現れていれば、そもそも級友たちの視線を集めることもなかった。


「善処しまーす」


 この言い方、十中八九明日の朝も寝坊するな。カグラは確信した。


 カグラとホノカの席は、窓側の列の一番後ろ。二人掛けの長椅子に、彼らは並んで座る。

 二人掛けといっても、隣人との間に多少のスペースを確保するくらいの余裕はあるわけで。しかしながら、カグラとホノカはピッタリと密着して長椅子に座っていた。


 ホノカの前席には、メルトリアが座っている。

 メルトリアは振り返ると、お淑やかさ満点の笑みをホノカに向けた。


「おはよう、ホノカ」

「うん。おはよう、メルトリア。……って、あれ?」


 ホノカは不思議そうにカグラを見る。メルトリアが自分にだけ挨拶をして、カグラに挨拶をしないことを不思議に思ったのだ。


「俺とメルトリアはもう会ってるんだよ。女子寮の前で、どっかの誰かさんを待っている間にな」

「あー、そういう」


 種明かしがてらのカグラの皮肉も、ホノカにはまるで通じなかった。


 カグラもまたメルトリアに挨拶をしなかったが、彼女の隣に座る(カグラにとっては前席だ)男子学生には挨拶をした。


「よう、ノース」


 青髪の男子学生、ノースは体を横に向ける。そして「よっ」と手を軽く上げて応えた。


「夫婦揃って腕組んでの登校とか、見せつけてくれるじゃねーか」 


 出会い頭のひやかしに、カグラではなくホノカが反応する。


「夫婦じゃないし! まだ!」


 ホノカの反論は、否定しきれていない。


「ハハハ。まだ、ですか」


 目ざといメルトリアは、乾いた笑いを漏らした。

 こういうことを平気で、それも無意識で言えてしまうのが、ホノカの凄いところだ。

 その素直さ故に多少強引な時もあるけれど、そんな彼女だからこそ、カグラと順調な交際を続けることが出来ているのかもしれない。


 始業までは、残り数分。カグラたちは四人でお喋りをしながら、始業のベルが鳴るのを待つことにした。


 今朝の話題は、本日行われる演習授業について。

 演習授業とは月に一度開催される実技の軍事演習のことで、毎回特別講師として現役の士官が招かれ、模擬戦やサバイバルといったより実戦に近い訓練を行なう。


 10年前ならいざ知らず、現代における軍事力とは、奪う為ではなく守る為の力。

 死ぬ為でもなければ生きる為でもない。生き残る為の力。

 死にたくないから強くなる。そんな信念を胸に日夜勉強や訓練に励んでいる学生たちは、皆この演習授業を心待ちにしていた。


 演習授業の内容も気になるところだが、カグラたちの関心は別のところにあって。今日の演習授業を担当する講師が誰なのかという点だ。


「今日の演習、誰が講師として来ると思う?」

「俺が知るか。お前と同じ学生だぞ?」

「だから予想してみろって言ってんだよ。大尉か? それとも少佐か?」

「少佐クラスが学生の演習如きに時間を割くわけないさ。前回同様、少尉と考えるのが妥当だろう」

「えー、また少尉かよ」


 ノースはあからさまに不満を漏らす。


「前にやりあった少尉は、まるで歯応えなかったじゃねーか。偉そうなだけで、動きは鈍いし隙だらけだし。あれじゃ訓練にならないっての」

「ちょっ! ノース!」


 他の学生に聞こえるのをお構いなしに、そこそこの声量で上官の悪口を吐き捨てるノースを、メルトリアが制止する。

 それでもノースは、ボリュームを下げない。


「だってメルトリアも見ただろ? あの少尉、俺とカグラに剣をかすらせることすら出来なかったんだぜ? あの程度の実力で士官出来るとか、軍の底が見えるってもんだ」


 減らず口どころかノースはますますヒートアップし、今度は少尉だけでなく軍そのものを軽視し始めた。


 少尉だけならまだしも、自分たちが将来仕える組織への蔑みは流石にマズい。そう判断したカグラが、メルトリアに続きノースを嗜めた。


「口が過ぎるぞ。あの時はクラスの全員を相手にした後だったから疲れていたのだと、少尉も言っていただろう?」


 軍の肩を持つばかりでノースとの間で角が立たないよう、言い方には気を付けた。


「あぁ、半分泣きながらな」


 半泣きで敗因を語り、みっともなくも己を誇張し続ける少尉の滑稽な姿を思い出したのか、カグラの隣でホノカが吹き出した。

「空気を読め」と、カグラはホノカにジト目を向ける。ホノカは「ごめんね」と、両手を合わせた。


 前回の演習で講師を担ったとある少尉は、このクラスの学生全員とサシで手合わせをした。そしてカグラとノースの順番が最後だったのも事実。その点は、少尉の主張と相違ない。


 認識の違いがあるとすれば、それは手合わせの結果。

 二人はそれぞれ少尉に圧勝しており、その実力差は未熟な学生たちの目から見ても一目瞭然で。少尉が万全の状態だったとしても、結果が変わったとは到底思えない。

 少尉の口にしたのは、主張ではなく言い訳に過ぎないのだと、学生の誰もがわかっていた。

 だからノースが少尉や軍を軽んじる気持ちも、理解出来なくはない。しかし同時に、その気持ちを口に出すべきではないとカグラは考えている。


「組織に属する以上、時に上司や先輩を立てる必要もあるってことさ。特に俺たちはまだ学生。教えを享受してる立場なのだから」

「カグラ……ていうか偉そうに説教しているけど、俺よりお前の方が少尉をめった打ちにしていたよな? 少尉が泣いたのって、ほぼほぼお前が原因だよな?」

「それについては、完全黙秘をする」


 旗色が悪くなったので、カグラはダンマリを決め込むことにした。


「出たよ、カグラの必殺完全黙秘。都合が悪くなるといつもこれだ」

「口は災いのもとっていうからな。どっかのノースみたく、要らんこと口にしてことを荒立てたくないんだよ」

「だからって口を閉ざすのは、卑怯なんじゃないか? 彼女さんは、その辺りどう考えているよ?」


 突然話を振られたホノカは、「えっ、私?」と小首を傾げる。


「私はカグラを肯定するよ。だって私はカグラを肯定するんだもん」


 意味がわからない。が、噛み砕いてみればホノカの発言はとてもシンプルだ。

 ホノカはカグラの全てを愛している。何があってもカグラを否定しない。だから今回もカグラの黙殺癖を肯定する。そういうことだった。


「えーと……この論争、俺の負けってことになるのか?」

「そうですね。ノースはホノカの愛の力に負けたんです」


 そう言った後、メルトリアはカグラを見る。


「それではカグラ、勝利の女神たるホノカに感謝と愛の言葉をどうぞ」

「……そろそろ講義が始まるぞ。前を向いていろ」


 照れ隠しの代わりの、完全黙秘。この時ばかりはカグラも、自分が卑怯者だと認めざるを得なかった。

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