おじいさんと地上に落ちた流れ星
今日は年に数回しかないたくさんの星が空を流れる日です。人々は星に願い、星たちはその願いを集めます。
一つの星が願いをたくさん集めて天へ帰る途中で足を滑らせて空から地上に落ちてしまいました。
落ちたところはどこかの林の中で持っていた誰かの夢も散らばってしまいました。真っ暗な中で星は途方に暮れました。
「どうしよう。夢を落としてしまった」
なんとか探さなくてはならないのに、星は絶望して落ちてきたばかりの空を見上げました。空が遠く感じました。
そして空にはもう流れ星たちの姿はなく、生まれたばかりの細い月があるだけでした。
「なあ、お月様、願いを落としてしまったんだ。どうしたらいいだろう?」
星は月に訊ねました。
「さあ、それは困ったね。私の光じゃ探し出すのは難しいかもしれない。明日の朝、太陽がやってきたらもしかしたら見つかるかもしれないよ」
星はとにかく休むことにしました。気になってなかなか眠ることが出来ずにいた星でしたが細い月が見えなくなる頃、やっと眠りにつくことが出来ました。
星が目を覚ますと辺りは明るくなっていました。太陽がもうすぐ顔を出す時間です。昨日、落ちてきた時より辺りの様子が鮮明に見えました。星は少し安心して、これなら探せるかもしれないと思いました。
とにかく落ちた辺りを見渡して、落としてしまった夢を探しました。しかし、期待に反して夢は見つかりませんでした。
星は再び途方に暮れました。
しばらく経って太陽が昇ってくると林の中に入ってくる人影が見えました。
その人影はおじいさんでした。おじいさんは白くて長い髪と髭を生やしていてその髪は一つに綺麗に束ねられていました。星は思い切っておじいさんに話しかけてみました。
「おじいさん、この辺りで夢を見かけませんでしたか?」
「さあ、そんなものは見かけなかったがな…第一、夢なら昨日空へ投げた」
「そうですか…」
星はがっかりしました。
「まあまあ、とにかくお茶でも飲んでいきなさい、ここは寒い」
と、おじいさんは星を家に誘いました。
おじいさんの家は木で出来た小屋のような家でした。中に入ると暖炉があってその近くに行くととても暖かくて星はなんだかホッとした気持ちになりました。
おじいさんは温かいミルクを二人分用意してきて星の隣に座りました。
星はおじいさんに事情を話しました。昨日流れ星として現れてみんなの夢を集めたこと、帰るときに地上に落ちてしまったこと、その時に集めた夢も失くしてしまったこと、そして今、とても困っていることを話しました。
話しているうちに星はとうとう泣き出してしまいました。
おじいさんは黙って話を聞いていましたが
あまりに落ち込んでいる星をかわいそうに思ったので星に向かって優しく言いました。
「君が昨日落とした夢はわしのものじゃ。だからもう気にしなくていいんだよ」
「でもおじいさんの夢が叶わなかったら僕のせいだ」
星はまた泣き出してしまいました。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
泣いてばかりいる星の背中をおじいさんは優しくトントンと叩いてなぐさめました。
そしておじいさんは語り始めました。それはおじいさんの夢の話でした。
「今までわしは夢を持たなかったことは一度もなかった。一番最初はパンダになりたかった。もちろん叶わなかった。でもこうやって今、大好きなこの林の中に家を建てた。学生になって今度は大きな橋を架けたいと思った。それで大学に入った。でも途中で音楽がやりたくなった。歌を歌いたかったんだ。だから大学をやめて東京に行った。そしてそれは叶った。小さなステージで仲間と一度だけ歌うことができた。それから…」
おじいさんの長い長い夢の話は続きます。何しろ七十八年分の夢だからです。
おじいさんの夢は叶ったこともあれば全然叶わなかったこともあり、あと一歩のところまで届いた夢もあれば忘れていた夢もあるようでした。
しかし、おじいさんはずっと楽しそうに思い出しては話していました。
おじいさんの話を聞いていた星はいつの間にか泣き止んでおじいさんの隣で一緒に笑っていました。
「願いが叶わなかった時、悲しかったですか?」星はおじいさんに聞きました。
おじいさんはしばらく考えて
「そうじゃな…叶わなかったことは忘れてしまったなぁ。わしの場合、次から次へとあれがやりたい、これがやりたいってものが出てきて、ずっと夢中じゃった。そのおかげでいろんな場所に行けたし、いろんな仲間にも会った。嫌なことも悔しい思いもしたけど…今となればそれもいい思い出なんじゃ」
それを聞いて星は嬉しそうに笑ました。
「ところでおじいさんは昨日はどんなことを願ったのですか?」
そう聞かれておじいさんはハッとしました。そして星の手をそっと取りました。
「わしの願いは、これで最後だと思ってな…これまで夢とか願いを叶えてくれた存在に、お礼が言いたいと願ったんじゃ。わしの長い人生の暇潰しに力を貸してくれた存在にな。誰にどうやって伝えたらいいのか分からなかったから、そう願ったんじゃ」
おじいさんはもう一度星の手をぎゅっとにぎりました。そして
「星くん、どうもありがとう」 と、星に向かって深々と頭を下げて感謝の思いを伝えました。
おじいさんも星も泣いていました。
「星くん、君は願いを落としてはいなかったんじゃよ。今、ちゃんと叶ったんだから」
星は嬉しそうに
「よかったぁ。おじいさんの願いが叶って、本当によかった」と言いました。
それから星は天へ帰ることにしました。
「おじいさん、ありがとう」と言って手を振りました。おじいさんも
「元気でな。もう落っこちるんじゃないぞ」と言って星の姿が見えなくなるまで手を振り続けました。
星が無事に空へ辿り着いた頃おじいさんはそっと目を閉じました。そして深い眠りについたのでした。