#04 ~ イリアからの誘い
魔導列車。
その原型が生まれたのは、今から一世紀ほど前にまで遡る。
蒸気機関車に外見は似ているが、煙は非常に少ない。恐らく燃料そのものが別物なのだろう。
その乗り心地は、意外なほどに悪くない。
さすがに新幹線ほど快適とは言えないが、その揺れも前世の電車とさほど変わらなかった。
しかも客席はその全てが個室、いわゆる寝台列車と言うやつだ。
「帝都までは四日ほどだそうですよ、先生」
ユキトは「ああ」と頷きつつも……隣の席に、さも当然のような顔で座っている少女に、視線を移す。
「その……改めて聞くんだが。どうしてここに? イリアさん」
イリア・オーランド。
もはや見慣れたその美しい少女は、ユキトの言葉に、鈴が鳴るような声で小さく笑った。
「家の用事です。学院には、もう申請済みですから」
「ああ。それは学長に聞いているから問題ないんだが」
聞きたいのは「なぜユキトの個室にいるのか」の部分だ。
生徒たちは四人部屋だが、ユキトだけはそれを二人で使っている。理由は――まあ教官だからだ。教師と同じ部屋では息も詰まるだろう、という配慮である。
ちなみに生徒たちの四人部屋の中にイリアさんはいない。彼女は戦技大会本戦への出場者ではなく、どこか別に部屋を取っているらしい。
なお、相部屋は教官仲間のダニエル先生である。
ダニエル先生もまた一足先に帝都入りする。いわく「軍のほうに顔を出しておく」ためであるという。
彼は軍から士官学校に派遣される教導官だ。本来の所属は学院ではなく軍にある。
「ご挨拶に伺ったのですけど、ご迷惑でしたか?」
「いや……」
そんなことはないんだが、と、ユキトはベッドに腰かけるダニエル先生に目線を向ける。
彼は笑っていた。いかにも、何か勘違いしてそうな顔で。
はあ、と息を吐いて額を押さえる。
「いや、自分のことはお気になさらず。お若い者同士で。何なら席を外しますが」
「……お願いですから、そういうのは勘弁してください……」
教師としては確かに未熟だが、教師失格にはなりたくない。
「……それで? 本当の用事は?」
半眼でユキトがイリアに問いかけると、彼女は「お見通しですね」とばかりに苦笑した。
彼女は公私を弁えるタイプだ。自分と同年代と思えないほどに。さすがに貴族だなと思わせられることも多い。
そんな彼女が、列車内とはいえ、他の教官もいる私室に出向き、その上居座るというのは――何かの用事があることは明白だった。
「実は、ユキト先生にお願いしたいことがあるんです」
「……俺に?」
「はい。正確には、私と父から、ということになるんですが――」
彼女はふと、ユキトから目を逸らす。
なぜか白磁のようなその頬が、赤く染まっているように見えた。
「……あるパーティに、出席していただきたいんです」
「パーティ……?」
言われて思い浮かぶのは――いかにも貴族がやりそうな、豪華絢爛なダンスパーティの光景だった。
思わず顔を歪める。当たり前だが、ダンスなんて言われても出来るわけがない。
「オーランド伯が参加されるなら、まず舞踏会ではないと思いますよ」
そう言って、ダニエル教官が苦笑する。
なんでも、帝国において舞踏会は一時期規制されていた過去があるそうだ。
暗黒時代、多くの民衆が貧困にあえぐ中、貴族たちは毎晩のように舞踏会を開催したという。それを嫌った時の皇帝が、舞踏会の開催を禁じた――正確には、その開催に重い税金をかけた、ということのようだが。
「特に帝国軍人は質実剛健を旨としますからね。伯爵のような軍務派貴族が舞踏会に出席するなんてことは、本当に稀な話です」
ダニエル教官の言葉に、イリアさんはこくりと頷いた。
「はい。パーティと言っても、立食形式のパーティです。先生は戦技大会の本戦出場者ですから、マナーについても大目に見られるかと」
「なるほど。……それで、どうして俺が?」
「その……」
伏せる彼女の眼に、微かな迷いが見えた。
だがそれを気にするよりも前に、俺の正面に座っていたダニエル教官が口を挟む。
「戦技大会へのお披露目、といったところかと。伯爵も推薦した人間として、派閥の者に紹介したいのでしょう」
ダニエル教官の言葉に、「なるほど」と頷いた。
貴族社会は疎いが、他の貴族にとって、俺は伯爵の身内のように見えていることだろう。
「そういうことなら行くよ」
「……いいんですか? 先生」
確かに、見世物のように扱われるのは良い気分ではない。かといって、それで伯爵の面目を潰すほどの話でもない。
イリアさんは「ありがとうございます」と頭を下げ、そしてダニエル教官にも頭を下げた。
ダニエル教官が返した笑みは、どことなく、違う意味を持っているようにも思えた。




