表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/120

#04 ~ イリアからの誘い

 魔導列車。

 その原型が生まれたのは、今から一世紀ほど前にまで遡る。

 蒸気機関車に外見は似ているが、煙は非常に少ない。恐らく燃料そのものが別物なのだろう。


 その乗り心地は、意外なほどに悪くない。

 さすがに新幹線ほど快適とは言えないが、その揺れも前世の電車とさほど変わらなかった。

 しかも客席はその全てが個室、いわゆる寝台列車と言うやつだ。


「帝都までは四日ほどだそうですよ、先生」


 ユキトは「ああ」と頷きつつも……隣の席に、さも当然のような顔で座っている少女に、視線を移す。


「その……改めて聞くんだが。どうしてここに? イリアさん」


 イリア・オーランド。

 もはや見慣れたその美しい少女は、ユキトの言葉に、鈴が鳴るような声で小さく笑った。


「家の用事です。学院には、もう申請済みですから」


「ああ。それは学長に聞いているから問題ないんだが」


 聞きたいのは「なぜユキトの個室にいるのか」の部分だ。

 生徒たちは四人部屋だが、ユキトだけはそれを二人で使っている。理由は――まあ教官だからだ。教師と同じ部屋では息も詰まるだろう、という配慮である。

 ちなみに生徒たちの四人部屋の中にイリアさんはいない。彼女は戦技大会本戦への出場者ではなく、どこか別に部屋を取っているらしい。


 なお、相部屋は教官仲間のダニエル先生である。

 ダニエル先生もまた一足先に帝都入りする。いわく「軍のほうに顔を出しておく」ためであるという。

 彼は軍から士官学校に派遣される教導官だ。本来の所属は学院ではなく軍にある。


「ご挨拶に伺ったのですけど、ご迷惑でしたか?」


「いや……」


 そんなことはないんだが、と、ユキトはベッドに腰かけるダニエル先生に目線を向ける。

 彼は笑っていた。いかにも、何か勘違いしてそうな顔で。

 はあ、と息を吐いて額を押さえる。


「いや、自分のことはお気になさらず。お若い者同士で。何なら席を外しますが」


「……お願いですから、そういうのは勘弁してください……」


 教師としては確かに未熟だが、教師失格にはなりたくない。


「……それで? 本当の用事は?」


 半眼でユキトがイリアに問いかけると、彼女は「お見通しですね」とばかりに苦笑した。


 彼女は公私を弁えるタイプだ。自分と同年代と思えないほどに。さすがに貴族だなと思わせられることも多い。

 そんな彼女が、列車内とはいえ、他の教官もいる私室に出向き、その上居座るというのは――何かの用事があることは明白だった。


「実は、ユキト先生にお願いしたいことがあるんです」


「……俺に?」


「はい。正確には、私と父から、ということになるんですが――」


 彼女はふと、ユキトから目を逸らす。

 なぜか白磁のようなその頬が、赤く染まっているように見えた。


「……あるパーティに、出席していただきたいんです」


「パーティ……?」


 言われて思い浮かぶのは――いかにも貴族がやりそうな、豪華絢爛なダンスパーティの光景だった。

 思わず顔を歪める。当たり前だが、ダンスなんて言われても出来るわけがない。


「オーランド伯が参加されるなら、まず舞踏会(ボール)ではないと思いますよ」


 そう言って、ダニエル教官が苦笑する。


 なんでも、帝国において舞踏会は一時期規制されていた過去があるそうだ。

 暗黒時代、多くの民衆が貧困にあえぐ中、貴族たちは毎晩のように舞踏会を開催したという。それを嫌った時の皇帝が、舞踏会の開催を禁じた――正確には、その開催に重い税金をかけた、ということのようだが。


「特に帝国軍人は質実剛健を旨としますからね。伯爵のような軍務派貴族が舞踏会に出席するなんてことは、本当に稀な話です」


 ダニエル教官の言葉に、イリアさんはこくりと頷いた。


「はい。パーティと言っても、立食形式のパーティです。先生は戦技大会の本戦出場者ですから、マナーについても大目に見られるかと」


「なるほど。……それで、どうして俺が?」


「その……」


 伏せる彼女の眼に、微かな迷いが見えた。

 だがそれを気にするよりも前に、俺の正面に座っていたダニエル教官が口を挟む。


「戦技大会へのお披露目、といったところかと。伯爵も推薦した人間として、派閥の者に紹介したいのでしょう」


 ダニエル教官の言葉に、「なるほど」と頷いた。

 貴族社会は疎いが、他の貴族にとって、俺は伯爵の身内のように見えていることだろう。


「そういうことなら行くよ」


「……いいんですか? 先生」


 確かに、見世物のように扱われるのは良い気分ではない。かといって、それで伯爵の面目を潰すほどの話でもない。

 イリアさんは「ありがとうございます」と頭を下げ、そしてダニエル教官にも頭を下げた。

 ダニエル教官が返した笑みは、どことなく、違う意味を持っているようにも思えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ