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◆19 ~ 幼馴染

『――――で発生した――――依然捜査中であり、犯人の目星には至っていないと――――』


「……いつまで寝てるの、トール」


 はあ、と深緑色の髪をした少年――少年といっても、あくまで外見の話だ――は、呆れたようにため息を吐き、ノイズばかりを垂れ流すラジオの電源を切った。


 アルナス村、自警団駐屯所。

 ……という名があるものの、それは言うほどに立派な建物ではない。民家を改装した、こじんまりした事務所のようなものだ。


 室内には、サンドバッグやトレーニング器具、さらには剣や槍といった武器が雑然と並べられている。

 その一角、どこから拾ってきたのか、おんぼろなソファーに寝転がっている男が一人。白いタンクトップを着こんだ、筋骨隆々とした金髪の男だ。

 深緑色の髪をした少年は彼に近寄ると、思いっきり鼻をひねった。


「ふがっ!?」


「ラジオをつけっぱなしで寝るなって何回言わせんの。そろそろ巡回の時間だよ。そろそろ起きなって」


 鼻を思いっきり捻られた金髪の男はソファーから滑り落ち、したたかに後頭部を床に強打し、目を白黒させた。


「うごご……おいエニャ。前から言ってるが、もっと優しく起こせと……」


「冗談。イケメンになって生まれ直してきな」


「おめぇ……そんなんだから毎回男に間違えられ――」


 ドチュン、という音と共に、何かが男の足元を穿った。

 おそるおそる、彼が自分の足元に目線を向けると……そこには何かが焼けこげたような痕。


「ん?」


 深緑色の髪の少年――もとい少女は「何か言った?」とばかりに笑みを深める。


「ナンデモゴザイマセン、オウツクシイエニャサマ」


「よろしい。さ、さっさと巡回行くよ。準備して」


 うーい、と男は頭と腹をポリポリ掻きながら、奥へと引っ込んでいく。

 それを見送って……ふと、少女――エニャはテーブルに置かれた写真立てに目をやった。


「……ねぇ、トール」


「あー? なんだー?」


 シャワーの音にまじって返ってくる返事に、相変わらず異常に耳がいいやつだとエニャは苦笑しつつ、写真立てを手に取る。

 その写真立てには――三人の男女が映っていた。


 エニャ、トール、そして――銀髪の美しい少女。


「聞いた? 結婚の話」


「あー。……ミミ嬢のあれな」


「あれでさ。今、アイーゼが帰ってきてるって話」


 その一言を告げた瞬間、ドンッ、バタンッ、と騒々しい音が聞こえて、一体何だとそちらを向けると――全身を濡らしたトールが、奥の扉を開けて突っ込んできた。


「なんだと!? マジか!」


「こっ……」


 それを余すことなく目撃してしまったエニャはといえば。

 絶句し、どうにか写真立てを落下すること免れたものの……真っ赤に染めた顔を背けてプルプルと震えた。


「ふ、服ぐらい着ろこのバカアホナスしね―――!!」


「ぐ、ぐわぁああああ!」


 絶叫と共に放たれた閃光が、扉ごとトールを吹き飛ばし、田舎町の一角に盛大な騒音を立てた。


 それを聞いた人間が、何事かとすっ飛んできそうなほどの轟音だったが――生憎と、アルナス自警団にとってそれは日常茶飯事。

 近隣の村人たちも「またか」とあきれ顔をするばかりで、誰も様子を見にくることなどない。


 吹き飛ばされた当人はといえば――砂埃の中で、「いてて」と頭をさすりながら、むくりと起き上がる。

 間違いなく直撃を受けたわけだが、大層なタフさであった。


「あーもう、また家をぶっ壊しやがって……誰が直すと思って――」


「い・い・か・ら! 早く服を着ろ!」


「へいへい」


 肩で息をしながら真っ赤な顔をそむけるエニャを前に、ため息をつきながらトールはタオルで股間を隠す。


 その性格から、村の若い女性たちから頼られることの多いエニャだが、根のところで相当な恥ずかしがりやであることを知る者は少ない。

 知っているのは、トールとあと二人の幼馴染だけだ。


「で? アイーゼが帰ってきたってマジかよ」


「まあね。三日ぐらい前らしいよ」


「マジかよ、三日前!? 早く言えって!」


「私も昨日知ったのよ。……第一、用があるなら、あの子の方から来るでしょ?」


 わずかに逡巡しつつも返されたその言葉に、トールが顔を歪める。


「あ? 冷てぇなおい、幼馴染相手に。お前ら仲が良かったはずだろが」


「……そういうことじゃないのよ」


 責めるような険の宿ったトールの言葉に、エニャはそっと目線を落とす。

 好きだとか、嫌いだとかではないのだ。その複雑な機微を、この能天気に理解しろというほうが無理なのかもしれない……と、エニャはため息を吐いた。


「うし! そうなりゃ俺らの方から乗り込むか?」


「はぁ?」


 何を言ってるんだとエニャは顔を歪める。


「昔よくやったじゃねぇか。屋敷に閉じこもってるアイツを連れ出してよぉ」


 ……確かに、それはあった。

 だがそれは、あくまでも幼い頃の話だ。何も知らなかった頃の。


「あのね。子供ならともかく、私たちが勝手に貴族様の屋敷に乗り込むなんて、許されるわけないでしょ」


「あぁ? そうか?」


「当たり前でしょ」


 思えば――あの頃が、一番幸せだったのかもしれない。

 エニャはふと……いや時折、そんな風に思う。

 知らないということはとても幸福で、同時に、とても罪深くもある。


「だがなあ……せっかくの四人そろうチャンスをだな……」


「だから――」


「心配無用」


 ふと、鈴が鳴るような女性の声が聞こえた。

 とても懐かしい声が。

 声に導かれ、その人影を視界にとらえる。


「――アイーゼ?」


 銀色の髪と、褐色の肌。

 そこに立っていたのは見間違えようもなく――彼女たちの幼馴染だった。

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