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◆15 ~ 交換日記

 歩み寄って手に取ると、それは、古ぼけた一冊のノート。

 ……見覚えが、あった。


(交換日記……)


 昔、子供のころ、妹とつけていた交換日記だ。

 どうしてここに。まだ持っていたのか。疑問が湧きつつも、懐かしくなって手を伸ばす。


 赤と青のペンで書かれた文章が、交互に並んでいた。つたない、子供の字で。

 内容は、本当になんでもないこと。その日に見たもの、聞いたこと、ご飯の話や天気の話。

 毎日顔を合わせているのだから、その時に話せばいいのに、交換日記に書くからと言い渋っていたっけ。


 こんなことあったな、と思うものも、こんなのあったっけ、と思うようなものもあって。


(この頃は……幸せだった)


 まだ、家族が壊れていないころ。


 父は、優秀ではなかったけれど、領民に慕われる領主だった。

 領民に混じって、時に畑仕事に汗を流し、トラブルがあれば解決し、領民の家を一軒一軒訪ねては、困ったことがあれば手助けをする。

 魔物が出現した時なんかは、率先して討伐に出て、怪我をして帰ってきたこともあった。その時は大騒ぎになって、母が毎日看病していた。

 毎日、忙しそうだったけれど……いつも、領民たちと笑いあっていた。


 母は、そんな父を献身的に支えていた。

 忙しくしていた父にかわって、私たちの面倒を見ていたのも母だった。

 物静かで、優しい人だった。今では想像もつかないほど、どこか儚げで……不安だった。母が消えてしまう夢を見て、ミミが大泣きし、わたしがもらい泣きして家中大騒ぎ……なんてこともあった。

 そんな時、母はただ、わたしたち二人を抱きしめてくれた。


 ふと――かさりと、ノートの合間から何かが落ちた。


(これって……押し花?)


 薄紅色をした、その花を見た瞬間。

 記憶が……朧気で、色あせて、記憶の片隅にしかなかった記憶が、色鮮やかに脳裏によぎる。


 あれは、そう。たった一度だけ、家族でピクニックに行ったとき。

 大泣きしたミミとわたしを慰めるために、珍しく母が外に行こうと行った時。


 一面に咲く、薄紅色(アルニ)の花。

 風に攫われて、花びらが空に舞う光景を。

 お互いの顔が土だらけになって、なぜかおかしくて大笑いしあった。

 そんな、なんでもない……はるか遠い日々の記憶を。


 ぱらり、とページをめくる。

 最後のはずのページに……まだ、続きがあった。


(これは、ミミの字……?)


 時間が経ってから書かれたのだろう。

 子供の字ではなく、今のミミの字で書かれた、続きがあった――。



〇月〇日


 どうして、変わってしまったのだろう。

 父様と母様は……変わってしまった。


 お姉ちゃんに、あんな結婚を押し付けるなんて。

 絶対に許せない。


 そのせいで、お姉ちゃんが家を飛び出すことになった。古都の士官学院に行くらしい。

 どうやら自警団で費用を工面したらしい。

 お姉ちゃんらしいな……。

 故郷を脱出する計画は私が立てた。お姉ちゃん、電車の時間も調べないなんて無計画すぎるよ。


 いつか家を出て二人で暮らそうとお姉ちゃんは言ってくれた。

 ……確かに、それしかないのかもしれない。


 今日から、お姉ちゃんがいない。

 寂しさを紛らわすため、久しぶりに日記をつけようと思う。



〇月〇日


 やっぱり寂しい。


 父様と母様はお姉ちゃんに文句ばっかり言ってた。在学中に結婚はできないから。でも士官学院を卒業すれば箔がつくよ、って説得したら納得してた。

 あの人たちはまだ、お姉ちゃんの計画は知らない。

 うまくいけばいいな。



〇月〇日


 とうとう痺れを切らした父様と母様は、お姉ちゃんに会いに行ったらしい。

 お姉ちゃんを連れ戻すつもりだったみたい。

 無理だったみたいで、やっぱり文句を言っている。


 今年の大会でお姉ちゃんがもし優勝すれば……お姉ちゃんは貴族に迎えられるかもしれない。

 そうすれば、きっと……。



〇月〇日


 お姉ちゃんから手紙が届いた。

 優勝できなかった、ごめんって。

 謝ることなんてないのに。


 私のことなんて、どうでもいい。

 お姉ちゃんがあんなのと結婚するなんて、絶対反対だから。

 まだ三年もある。頑張れ、お姉ちゃん。


…………


〇月〇日


 お姉ちゃんが大会で優勝したらしい!

 すごいすごい! ついに念願かなったんだ!

 しかも婚約も破棄になったって!


 やっぱりあの貴族、ロクでもなかったんだ。

 お姉ちゃん、おめでとう。やったね。



〇月〇日


 ……父様と母様が、わたしに婚約をもってきた。

 ついに来たか、って思った。

 こうなることは、初めから分かってた。


 相手は、ものすごいお金持ちらしい。

 ……会った瞬間、嫌な感じがした。

 まるでこっちを道具みたいに見てくるっていうか……そんな冷たい目。


 お姉ちゃん……わたし、どうしたらいいのかな……。



〇月〇日


 少しポジティブに考えることにした。

 あの人、嫌な感じはするけど、顔は悪くないし、お金持ちだし。

 うん、もしかしたら悪くないかも?


 結婚すれば、うちもお金持ちになって……ひょっとしたら、父様も母様も、あの頃みたいに……。


 何もかもが懐かしい。

 あの日に戻れたらって、考えない日はない。

 もし本当にそんなことが起きるなら……うん。私の人生の全部、賭ける価値はあるよね。



〇月〇日


 ああ、嫌だ……なんで?

 どうしてこうなるの?

 お姉ちゃん……。



〇月〇日


 嫌な話を聞いた。

 お姉ちゃんが貴族になることは……ないって。

 わたしの婚約者だっていう人が、根回ししたらしい。


 なんで? どうしてそんなことをするの?

 分からないよ……。

 子供は親の言うことを聞くべきだって……貴方は関係ないじゃない。

 どうして……。



〇月〇日


 交換条件を出した。

 私が結婚する。そうしたら、お姉ちゃんが貴族になるのを手伝ってもらう。

 彼はそれを了承した。


 もし嘘をついていたらって、不安になる。

 でも、賭けるしかない。もし嘘だったら、なんだってやってやる。私にはこれしか出来ないから。


 ――お願い、女神様。

 私はどうなってもいいんです。

 お姉ちゃんだけは、どうか。



「……ふざけるな」


 声が、漏れる。


 どうなってもいい? わたしのためなら?

 違う。そんなわけがない。あってはならない。


 ミミだけは……わたしが守らなければいけないのに。


 大きく息を吸い、そして吐き出して。


 ノートを元通りに戻し、薄紅色の押し花を、壁にかけたコートのポケットに入れた。


(ミミは、わたしが守る)


 ……たとえ、この身がどうなろうと。

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