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#09 ~ 断ちたくない繋がり

「先生。少しいいですか」


 お昼時。満腹顔のクロを撫でまわしていると、イリアさんが少し改まってそう言った。


 ちなみにここは伯爵邸ではなく、我が家である。

 そう、先日購入した日本風の家、そのリビングだ。


 今ではイリアさんの修練もウチで行っている。

 わざわざ出向いてもらうのは悪い、という彼女の心遣いによるものだ。


 おまけに、彼女の家事の腕はバツグンで、稽古の時は毎回昼食を作ってくれるという、何とも至れり尽くせり。

 申し訳ない気もするのだが、めっちゃ美味いんだ。今日のパスタも店で出していいんじゃないかという完成度だった。ということで、俺もクロもありがたくご相伴にあずからせてもらっている。


 改まって話とは何だろう、と思いつつ椅子に座る。


「先日から、魔術の修行に出かけられているという話ですが――」


「ああ。シルトさんから紹介してもらってね」


「アイーゼさんと二人で通われているとか?」


 ん? まぁそうだけど。

 なぜだろう。イリアさんの目線が冷たい気がする。


「……なんかまずいかな?」


「いえ。すみません、少し羨ましかっただけです」


「羨ましい?」


 ゴホン、と彼女は咳払いをして、かぶりを振った。


「……ステーリア女史に魔術を教えてもらえるというのは、随分と凄いことですから」


 女子? まあ女子っつうかお子様だけど、見た目は。


「いえ、女史です。彼女は、帝国でもかなり名の知られた魔術師ですよ」


「マジで?」


 ええ、と彼女は頷いた。

 何と驚きなことに、あのヤンキー系裏表激しすぎお子様は、帝国でも超のつく有名人だそうだ。


十二階梯(エル・アディール)の第八席『薔薇十字(ローゼンクロイツ)』といえば、帝国でも屈指の実戦魔術師です。しかも弱冠二十歳で選出された天才。あまり彼女が人に何かを教えるというのは聞きませんが」


 それは、そうだろうな。あの性格じゃあ、人付き合いはものすごく悪そうだ。約一名を除き。

 しかし、ローゼンクロイツは確かに彼女の苗字だったが、十二階梯(エル・アディール)……?


「帝国の中でも、特に大きな功績を立てた魔術士への称号みたいなものです。その名の通り、十二人しか存在しません」


「つまり彼女は、帝国でも八番目に強い魔術師……?」


「いえ」


 何でも、十二階梯(エル・アディール)とは単純に立てた功績の大きさで決まるそうだ。

 弱いということではないが、戦闘が専門ではない者も多い。


「彼女は帝国始まって以来の天才と呼ばれ、特に実戦の分野では間違いなく十指に入る魔術士と言われています」


 ……それは、なんというか。

 シルトさんのコネってすげぇな。もしかしたら一番敵に回してはいけない人かもしれない。


「それなら、イリアさんも教えてもらえないか、頼んでみようか」


 俺の提案に、彼女は「いえ」とかぶりを振った。


「変な話をしてしまってすみません。今は魔術より剣に専念すべきだと思います」


 そうか、と思わず微笑ましくなって、頬が緩んだ。


 憑き物が落ちたかのように、失っていた時を取り戻すように、彼女は前よりも剣を振るっている。

 日に日に鋭さを増し、成長していく彼女の剣。それが自分のことのように嬉しい。


 弟子っていうのは、こんな感覚なのかもな。

 彼女の剣は彼女自身の剣で、俺のものとは違う。だから弟子ってことはないんだが。


 なぜか顔を赤くしたイリアさんに首を傾げていると、彼女はまたも咳払いして、話題を転換した。


「すみません、本題は別です。アイーゼさんのことなんですが」


「アイーゼさん?」


「……何でも、彼女の実家に動きがあるそうなんです」


 その言葉に、思わず眉を上げた。

 アイーゼさんは大会予選で優勝を果たし、俺と伯爵の脅しもあって、その婚約は解消された。

 だがその問題は――根本的には解決していない。


 彼女の問題の根本にあるのは、その家族の在りようなのだ。

 ゆえに彼女の目標は、本戦での優勝にある。

 そのために、アイーゼさんは今も強さを求めて訓練を続けている。


 だがしかし、だ。

 それよりも早く、事態が動く可能性は、あった。

 それによって、アイーゼさんがより追い詰められる可能性も。


「こんなことを言うのは何だけど……伯爵さまから働きかけてもらうことは?」


「それは……」


 彼女は言いよどみ、そしてかぶりを振った。


「彼女の実家は、ウチとは反対の派閥にあるんです」


 帝国の貴族派閥は、大きく分けて三つ。軍務派、貴族派、皇室派に分けられるそうだ。

 伯爵が属するのは軍務派。先の婚約者が所属していたのも同じ軍務派だ。しかし、リリエス家が属しているのは貴族派にあたるという。


「リリエス家は、違う派閥の貴族と婚約していたのか。アリなの?」


「アリです。寄親が問題視しなければ、ですが」


 実際に、派閥として敵対はしていても、貴族として付き合いがあるのは少なくない。

 第一それを言えば、貴族なんていうのは昔から大なり小なり、どことも付き合いがあるものだそうだ。


「それにランディス・フォビウス子爵は、完全に軍務派とは言えない貴族でしたし……」


 コウモリのように派閥を飛び回り、甘い汁を吸う貴族。

 嫌われてはいたが、その社交術は実に巧みだったそうだ。

 だからこそ、あそこまで生き抜いてこられたともいえる。


「貴族派に直接手を出すとなれば、それなりの大義名分が必要です。たとえば――アイーゼさんの身に何かが起こる、というような」


「それは……何かが起こるまで手を出せない、ってことか」


 イリアさんは頷く。頷きながら、しかし、イリアさんは真剣な目で告げた。


「ですがもし、アイーゼさんに何かがあると分かれば、私は動きます。学院の後輩として、そして友人として」


 貴族である前に、個人として。

 その言葉に宿った確固たる意思。もう危うさなど感じさせない、彼女自身の強さを感じて、俺も頷いた。


「なら俺は、彼女の担当教官として何とかするさ」


 他人にとって、たかが、と言われるようなものであっても――それは確かな繋がりだ。

 その繋がりを断ちたくない。断たせたくないのだ。

 俺たちはそれを共有し、頷きあった。


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