#04 ~ メイガス
「アイーゼさん?」
案内されたギルドにある一室。来客室のような場所で、クッキーを齧っていた少女が、名前を呼ばれて顔を上げた。
褐色の肌に、美しい銀の髪をした少女。アイーゼ・リリエス。俺の教え子だ。
「どうしてここに」
ギルドと士官学院の間には溝がある。
それは精神的なものというより政治的なものであって、学生の中にはハンターに憧れる者も多い。だが、学生がギルドに来る用事などまずないはずだった。
俺の疑問に、頬に詰め込んだクッキーをモグモグとしっかり咀嚼して、机に置かれた紅茶をしっかり飲んでから、彼女は口を開く。
「先生に用事があって来た。イリアがここにいるって」
「用事なら、明日でも良かったんじゃないか」
「そう。でもギルドにも用事があった」
アイーゼさんの対面にあるソファーに座りつつ問うと、彼女はもう一枚クッキーを手に取りつつ答えた。まだ食うのかよ。
「……それで、用事っていうのは?」
「ん。訓練メニューについて」
「ほう」
「私の今の課題は、魔術だと思う」
……なるほど。魔術か。
こればかりはと、俺も閉口せざるを得ない。
それに関しては俺はとんだ素人なのだ。
「ヘイゼル先生には相談してみたのか?」
「うん。でも、これ以上実戦的となると、専門家に習ったほうがいいって」
学院にも、魔法の教官はいる。ヘイゼル・リベルタ先生だ。
ただ、あの人はどうやら研究畑の人間で、実戦的な魔法となると専門外なのだという。
「参ったな。魔法なんて俺には教えられないぞ。むしろ俺が習いたい」
伯爵に相談してみはしたのだが、双月祭を目前に控えるこの時期、魔術士の類はほぼ出払っているのだと言う。
何せ双月祭では魔術士にとっての祭典、魔導展覧会があるからだ。
「……ん。だからギルドは、ちょうどいいと思った」
「ちょうどいい?」
「ギルドは実戦専門。ここになら、腕の立つ実戦魔術士がいるはず」
なるほど、と俺は頷いた。
ただ、学院の生徒がハンターに魔法を習うのは問題が――
「こっそりやれば問題ない」
「……一応ではあるけど、教師を前に言うか?」
「見逃して」
うーん……。
「それなら、シルトさんに相談されてはいかがですか?」
そう言ったのは、クッキーの盛られた皿を手に、部屋に入ってきた受付の女性だった。
空になったお茶請けを交換しつつ、彼女はにこやかに言う。
「あの人の人脈は広いですから。ギルドの関係者ではない魔術士のお知り合いもいるかもしれませんよ」
マジか。凄いなあの人。
アイーゼさんに目線を向けると……彼女は再び皿に盛られたお菓子を、次々と口に放り込んでいた。
「……ありがとうございます。相談してみます。あとすみません、これ」
「いえいえ」
頬に手を当てた女性は、なぜか母性的な笑みでアイーゼさんを見つめていた。
その後、アイーゼさんは女性に見守られながら、差し出されたお菓子をしっかり完食した。
女性にしっかり礼を言ったあと、俺たちは部屋を出てロビーに向かうと、その一角で、紙カップのコーヒー片手に、ハンターたちと話し合うシルトさんの姿を見つけた。
「――というわけなんですよ」
「……そうなのか。だとしたら、人手が――」
漏れ聞こえてくる声。シルトさんを含め三人の人影が、何やら真剣な表情で話し合っているようだった。
腕を組んで頭を悩ませる様子を見せていたシルトさんが、ふと俺たちに気づき、顔を上げた。
「あ、お疲れ様。話はもう終わったのかい?」
「はい。部屋を貸してもらってありがとうございます」
「いや、別に構わないよ。滅多に使うものじゃないし」
そう答えつつ、ちらりとシルトさんは横のハンターに目線を向けた。
見覚えのない顔だった。随分と若く見えた。
「それじゃあ自分はこれで。グラフィオスさんにもよろしくお願いします、先輩」
「ああ。向こうにもよろしく」
「はい」
軽く会釈をして去っていくハンターの姿を、一体何だろうと軽く疑問を覚えつつ見送っていると、「それで」とシルトさんが俺に向き直る。
「その顔、もしかして僕に用事かい?」
相変わらず察しが良いな、と思わず苦笑して、俺は先ほどの話をシルトさんに明かす。
「魔術士……いや、魔術師か」
「魔術師?」
言葉の意味がわからずに首を傾げると、後ろから「えらい魔術士のこと」とアイーゼさんが補足した。
「正式な区分があるわけじゃないけどね」
シルトさんが苦笑しつつ、その名の意味を教えてくれた。
いわく、メイガスとは魔術士の古い階級のことらしい。
その階級は位階と呼ばれ、少なくとも七つの階級に分けられていた。
魔術師はその中でも高位の魔術士に着けられた位階であり、同時に、他の魔術士を育成する資格を持っていた。
転じて、位階というシステムがなくなった現代でも、魔術士を育成できる魔術士をメイガスと呼ぶのだという。
「魔術を他人に教えるのは簡単じゃない。目にも見えない、感覚的なものだからね」
「……ちなみに、アイーゼさんはどうやって覚えたんだ?」
「気がついたら使えてた」
え、そうなん?
「魔術は先天的な才能に依るところが大きいんだ。まあそれは、魔術というより魔法に近いけど」
「うん? その二つに違いがあるんですか?」
「あるよ。まあこれ以上は、彼女に聞いたほうが早いね」
「彼女?」
俺が首を傾げると、シルトさんは頷く。
「紹介できるよ。それも僕の知る限り、とびっきりの魔術師をね」




