◆41 ~ 見つけた(イリア・オーランド)
ユキトが居酒屋で解説のおねーさんにウザ絡みしていた、その頃。
イリアたちは作戦会議、兼、決起会という名のカフェでのお喋りを終え、帰宅しようとしていた。
「それじゃイリア、また明日」
「はい。明日、よろしくお願いします」
「うん。楽しみにしてる」
イリアはアイーゼと握手をかわし、そして去っていくその背中を見送った。
「いよいよ明日だね、イリアちゃん」
「はい、会長」
その言葉に、静かに頷く。
ついに明日、アイーゼと戦う。武芸大会予選、その決勝戦で。
色々と予想外なことはあった。だがもう、イリアの眼中にはアイーゼ以外に存在していない。アイーゼにとっても同じだろう。
そう確信できるほどの自信が、今ではある。
「イリアちゃん」
バス停の目の前まで着いたとき。
不意に、会長の声に真剣な色が宿って、私は会長を見た。
「私はイリアちゃんがどれだけ真剣に訓練してきたかを知ってる。ユキト先生に会う前も、会った後も、ずっと」
でも、と。彼女は、困ったように笑った。
「それと同じぐらい、アイーゼが真剣に戦ってきたことを知ってる」
ああ――そうだ。
アイーゼ先輩は、ずっと戦っていた。私よりもずっと、己の人生のすべてを賭けて。
私はそれを知らなかった。去年の戦技大会で、彼女に勝ったその日まで。
「ねえ、イリアちゃん」
泣き崩れるアイーゼ先輩と、彼女を抱きしめて泣く会長を。
表彰式の後に影から見て、知って、私は……気づかされた。
強さとは、時に無作為に、人を傷つけるということを。
「わたしは、ずっと言いたかった」
アイーゼさんを救おうと思った理由は、とても簡単だ。
聞きたくなかったのだ。私は。
怖かったんだ。
会長の口から――「どうか負けて欲しい」と、そう言われることを。
この人の口からそう言われてしまったら、無性に、それが正しいのだと思ってしまう気がしたから。
だから。
「――ありがとう。イリアちゃん」
私の手を握ってそう告げた会長の言葉に、思わず、どうしようもなく……胸を衝かれた。
「アイーゼを救おうとしてくれて。向き合ってくれて。本当に、ありがとう」
「……いえ。たとえ婚約を破棄できても、先輩はまだ――」
「私には、何も出来なかったから」
思えば。
きっと会長も、何度となくアイーゼ先輩を救おうとしてきたのだろう。
そのたびに、自分の無力を噛みしめてきたのだろうか。
「大丈夫。イリアちゃんが手を貸してくれたから……あとはあの子自身が、自分自身の力で戦わなくちゃいけないから」
そうでなくては、きっといけないのだと。
だから、と、先輩は笑った。
「もう、あとはあの子自身の問題。だからイリアちゃん――どうか、全力で戦って。自分自身のために」
「自分自身の、ために?」
「イリアちゃんにも、きっと超えなきゃいけない壁があるんでしょう?」
自分、自身のために。
私は、星の瞬く夜空を見上げた。
超えなければいけない壁。簡単には超えられない壁。
どれほど強くなれば、私はその壁を越えられるのだろう?
――自分の剣を信じろ。
――それでも信じられない時がきたら、君の剣を信じる俺を信じて欲しい。
その言葉が、不意に脳裏によみがえった。
ああ、そうか。
あんなにも、あの言葉に救われた気がしたのは――孤独ではないと、そう言われた気がしたから。
(ずるいな……)
何も知らないのに。
こんなにも、私の心に踏み込んでくる。
でもそれがなぜだか心地良くて、どうしようもなく、ずるい。
「――あ、バスが来たよ、イリアちゃん!」
「はい、先ぱ――」
応えようとして。
不意に。
目の前を、影が過ぎった。
バスを降りる乗客の一人。
その首元に一瞬見えた……蝶の入れ墨が。
「……イリアちゃん? 早く乗らないと――」
「すみません会長。少し用事を思い出しました。帰りは、一人で」
歩き出す。静かに、静かに――ドクドクと流れ出す鼓動の音を、誰にも聞こえないように。
背後で、会長の声が聞こえた。
けれど私の耳には、もう何も聞こえなかった。
ただ、ただひたすらに、あの言葉がリフレインする。
――生き残りによれば、蝶の入れ墨があったと。
――そうか。やはり、あの連中が……。
ああ――
見つけた……兄様。




