#40 ~ 意外な弱点
「マジで美味かった……」
あのエビは一体ナニモノなのだ……。
超でかい上に異常にうまいロブスター。あれだけでもぜひまた食いたい……。
それ以外も本当に美味かった。マンガ肉かと思ってしまうほどにデカい肉が出てきたときは、思わず目が離せなかったよ。
あと俺の好みを知っている伯爵さまが、まさかの寿司まで用意してくれた。前世でもなかなか食えないレベルに美味い寿司だった。
この国にも和食の店はあるが、寿司の店はほぼない、あっても超絶高くて俺には手が出ない。マジで神かよ伯爵さま。
「先生、それじゃ私たちはこれで」
「え? 車に乗って帰らないの?」
イリアさんの言葉に首を傾げると、彼女は「帰りに全員でカフェに行こうという話に……」と苦笑していた。
明日の作戦会議らしく、俺も参加すべきかと思ったが、疲れているだろうからと断られた。まあ学生だけでっていうのは大切だよな。
「そうなのか。じゃあ俺は車で――」
「おーい、ユキト!」
聞き覚えのある野太い声。目線を向けると、駐車場の出口でイカつい顔をした巨漢が手を振っていた。
「あれ、グラフィオスさん? シルトさんも」
「おう、久しぶりだな!」
「どうも」
歩み寄ってくるハンターの二人に首を傾げる。
学生たちから「マジか、暴獣!?」「あれってA級の……」という声が聞こえる。暴獣ってなんだと思ったが、間違いなくグラフィオスさんのことだなと直感で理解した。
「おい、何か失礼なことを言われた気がするぞ」
「気のせいッス。それで、どうしてここに?」
「おう! 飲みにいこうぜ! 明日は試合ないだろ」
「お断りします」
超即答で断ると、あれっ、とばかりにグラフィオスさんは意外そうな顔をした。
「いや明日は生徒の試合があるし、第一、早く帰ってクロに飯をあげないと」
「……ああ、まあ会場に犬は連れて入れないか」
そうなのだ。そのせいで今日もクロはお留守番である。
最近、クロはほぼお留守番であり、連れ出せるのは伯爵邸に行く時とか、毎朝の散歩の時ぐらいのものだ。
この国は動物に優しくないと思う。動物愛護団体さんが攻めてきてもしらんぞ!
「それなら犬も一緒でいいぞ。奢ってやる」
「マジですか? 行きます」
「おい……お前結構稼いでるだろ……」
「俺の今のところの目標は一軒家を買うことなので」
ホテル暮らしではクロも住みづらいだろう。
クロは何の文句も言わないが……できれば庭つきで、修行できるぐらいのスペースがあるとベストです。
「まあいい。んじゃ行くか。ちょっと会わせたいヤツもいるしなぁ」
「会わせたいヤツ……?」
変なやつはやめてくれよ……。
ともかくクロを迎えに行くべく、俺たちはホテルに向かうのだった。
グラフィオスさんに案内されて入った店は、路地裏にある小じんまりとした居酒屋だった。
宿が併設された個人経営の店みたいで、いわゆる異世界転生モノに出て来そうな店であった。
店主は俺たち、というより俺が連れたクロに目線を送り、そしてじろりとグラフィオスさんを睨んだ。
「犬は聞いてねぇぞ」
「いいじゃねぇか、おやっさん。コイツは何でも食うから、犬用の食事なんていらねぇからよ」
「はあ……まあいい。適当に座りな」
追い出されないかと少し心配したが――大抵のレストランではそうなる――問題ないらしい。
俺は席につくと、クロ用に取り置いていたホテルのディナーを床に置くと、クロは嬉しそうにがっつきはじめる。
グラフィオスさんがクロの豪華な晩餐に羨ましそうな顔をしたが、やらねぇぞとばかりに俺はしっしと手を振った。
「注文は」
「俺はビール、あと適当に。お前らもそれでいいか?」
「俺は未成年ですよ。普通に酒を飲ませようとしないでください」
「ああん? 十八だろ?」
え、もしかして酒飲んでいい年齢ちがうの?
横に座るシルトさんに聞くと、いわく、この国での飲酒可能年齢は十八歳かららしい。つまり俺も飲んで良いそうだ。
ただし学生は除く。学生は卒業するまで飲酒はできない。あくまでも校則による縛りではあるが。
……いや俺が本当に十八歳かは分からないけどな。戸籍を登録するときに、とりあえずそのぐらいって登録しただけだし。
「っていうことでビール三つ!」
俺が驚いているうちにオーダーが終わり、あれよあれよといううちに、銅のジョッキに入ったビールが運ばれてくる。
(ビール……)
やっぱり異世界にもあったか……。
ジョッキに触れると、とてもよく冷えていた。
これ、日本のビールとほぼ同じじゃないか。
前世では何かにつけて呑んでいたものだ。接待に飲み会に、帰宅してからのひとり呑み。
ごくり、と唾をのむ。
「それじゃ、予選お疲れってことで」
乾杯、とジョッキを合わせ、おそるおそるビールに口をつける。
一口、二口。ごくり、ごきゅ、ごきゅ、ごきゅ――。
「ぷはぁ」
「お、いける口じゃねぇか!」
しまった! 一気飲みしてしまった!
シルトさんが苦笑して「初めてですよね? 無理しないでください」と言っているが、まったく初めてではないです。
その後、グラフィオスさんが注文するつまみを口にしつつも杯を重ねて、しばらく。
「うわっ、何この状況」
店の入り口から聞こえてきた女性の声。そこにいたのは――
「あっ、実況席にいたおねーさんじゃん!」
「うぇっ!?」
解説してた美人のおねーさんだ!
わーいとばかりに絡む俺の頭をぱしんと叩くと、彼女は頭を抱えて、
「ちょっと……グラフィオス?」
「すまん、飲ませすぎたかも」
「かもじゃないわよ! どう見ても酔っ払いじゃない!」
よっぱらい?
「しょんなわけがにゃい! よってないにょ」
「いやどう見てもダメです、ユキトさん」
しょんなばかな!?




