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#26 ~ 死の蝶

 暗黒街の一角に、それはあった。


 建設途中のまま放置されたという魔導炉(エーテリアル)の跡地。

 とはいえ、炉心となる反応核(エーテルコア)だけでなく本体も完全に解体済みであり、中途半端に組まれた工場跡や鉄パイプの足場が残るだけである。


 そんな場所に、彼らはいた。

 派手なファッション、派手な入れ墨、いかにも危険な香りのする強面たち。


「なんだ、テメェら。ここがどこか分かってんのか、あァ?」


 踏み入った瞬間、穏やかならぬ声に歓迎され、俺たちを囲うように、四人組の男が物陰から姿を現した。

 だが何故だろう。全く怖さを感じないのは。


「どうも。『デス・パピオン』の皆さん」


「ブフッ」


 死の蝶(デス・パピオン)っておまえ。そのコワモテで蝶て。

 だが噴き出した俺を無視して、シルトさんは真剣な表情で口を開く。いや、こめかみが引き攣ってるな。すみません。


「……あなたたちのリーダーに会わせて欲しい。あなたたちが預かっているアタッシュケースに用がある、と」


「あぁ? テメェ何を――」


「……あんた、ハンターか」


 耳元にイヤフォンマイクをつけた男が、ガンをつける男を静止し、シルトさんにじろりと目を向けた。


「ええ、まあ」


「チッ……」


 魔物番どもが、と男が舌打ちして、一瞬、上へと目線を向けた。

 目線を追うと、監視カメラが俺たちを見下ろしている。


「用件はひとつだけ。先日貴方たちが警察から奪ったアタッシュケースを返してほしい。それだけです」


 男たちが青筋を立てるが、シルトさんは素知らぬ顔だ。

 シルトさんには余裕があった。

 イヤフォンマイクを付けた男が拳銃を隠し持っていることに、俺もシルトさんも気づいていたが、それでもシルトさんの余裕を崩すには足りないようだ。


「まあ、落ち着いてください。アレは貴方達には開けられもしないし、無用の長物でしょう? 悪くない話だと思います」


 男はしばらく悩んだあと、耳元のイヤフォンマイクに何事か話し、俺たちに背を向けた。


「ボスが会うそうだ、ついてこい。下手な真似するんじゃねぇぞ」


 シルトさんは顔をすくめ、そして俺を見た。

 いやもちろん何もしないよ?


 男たちに囲まれて進む工場跡は、複雑に入り組んでいた。

 老朽化が激しいのか、錆びて剥がれた塗装、崩れ落ちた外壁、何に使うのかも分からないガラクタが雑多に積まれている。

 一見して分からないような隙間を通るルートもあり、これは案内なしに歩くのはかなり面倒だ。

 むしろ、わざとそうしているのかもしれない。


「……案内がなかったら、全部ぶった斬って進むしかないなぁ」


「……それはやめてほしいな、本当に」


 シルトさんが顔を青くする。

 最終手段ですよ、もちろん。


「――ボス、連れて来ました」


 最奥に、彼らはいた。

 意外にというか、住環境は悪くなさそうではあった。ソファーだの冷蔵庫だの、どこから拾ってきたんだという、青い光を放つ発電機のようなものまであって、床には酒の空き瓶が転がっている。


 真正面のソファーにどっかり腰を下ろした人相の悪い男。あれが彼らのボスなのだろう。


 ……その奥でサンドバッグを叩いている男がいるのは謎だが。

 しかも叩くたびに冗談みたいな爆音がしている。何だあれは。威嚇か何かか?


「来たかよ。まあ座れ」


 促されるままソファーに腰を下ろす。

 男が手招きすると――テーブルに黒のアタッシュケースが置かれた。


「てめぇらが捜してるのはコレだろう?」


「へぇ、あっさり返してくれるのか?」


 思わずそう問うと、くつくつと男は笑い、


「確かにコイツはロクに開きもしねぇ代物だ。銃で留め金を飛ばしてやろうとしてもその留め金もねぇ。中身も分からんようじゃ、売り払うのも困る――」


 だが、と、男は笑った。


「サツの連中は、そんな代物を、おめぇらみてぇな魔物殺しどもを使ってまで取り返そうとしているわけだ」


 なるほど。足元を見ようというわけだ。

 それで、とシルトさんが促すと、男は「取引といこうじゃねぇか」と掌を上に向けた。


「五百万だ。良心的な価格だろ? ちなみに交渉は受け付けて――」


「悪いけど、そんな話じゃないんだ」


 シルトさんはかぶりを振る。


「警察からの依頼は生死問わずデッド・オア・アライヴ。当然、警察からそんな金は出ないし……僕がそんなお金持ちに見えるかな?」


 ぴくり、と男が眉を動かす。

 瞬間、俺たちを囲んでいた男たちが、一斉に銃を抜いた。


「テメェ、状況分かって言ってんのか……?」


「それはこっちのセリフだな」


 瞬間、風が渦巻いた。

 逆巻くような風は、的確に拳銃を持っていた手を打ち払い、拳銃を跳ね飛ばす。

 さらに一丁の拳銃が、冗談のように宙を舞い、シルトさんの手に納まった。


 彼はその拳銃を、男に突きつける。


「なっ……」


「僕はハンターでそこそこ強いし、一人でも君たちを制圧できる自信もある。けど隣の彼は、僕なんか及びもつかない化け物だ。抵抗はオススメできない」


「化け物て」


 密かに人間扱いされていなかったシルトさんからの評価にひっそり落ち込む。

 なお俺のツッコミにもシルトさんは真顔である。

 えっ、もしかしてガチ?


「テメェ――」


「面白ェ!!」


 ドガンッ、と爆発するような音がした。

 そちらを見ると、サンドバッグが嘘のように吹き飛んで、おまけに布が破れて中身をまき散らす。

 ――サンドバッグの中身って砂じゃないんだな。知らなかった。


「クソでけぇ口を叩くじゃねぇか。一人でコイツらをブチのめすだって?」


 それは異常な男だった。

 身長はグラフィアスさんよりは大きくない。人相も、グラフィアスさんのほうが凶悪に見えた。

 だが、人間離れして隆起した筋肉。ボディービルダーかよ、と俺は呆れまじりに呟いた。

 そしてその男は、かっと両目を開き、


「それなら俺にも出来る!」


 と叫んだ。


「ギン……この馬鹿……」


 と呆れたようにリーダーの男が頭を抱えている。

 うん。これはあれだ。

 脳筋だ。

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