#SS ~ クロの一日
吾輩はクロである。
犬ではない。ただの犬畜生と同じと思ってもらっては困る。
吾輩の一日は、散歩から始まる。
散歩といってもほぼダッシュだ。飼い主のランニングにつきあって、その横をついて走るのだ。
ペースは速い。ただでさえ速い吾輩であっても、ついていくのは大変だ。
特に首輪のせいか体が少し重い。
だがこの重さは心地よくもある。修行にはちょうど良い重さだ。
吾輩が主に拾われ、どれほどの月日が流れただろう。
主と吾輩にとって、日々はすべて修行の内。
ゆえに、吾輩はただの散歩であっても手は抜かないのだ。
犬畜生には出来ない芸当である。
その後、主は外に出る。
がくいん、とかいう場所に毎日通っているそうだ。
とはいえ、それ自体は昔と変わらない。
吾輩の役割は留守番だ。昔からそうだ。だから本編で出番がなくとも何の文句もない。慣れたものである。
ただ最近、主の周りには多くの人間がいる。
それ自体は喜ばしい。だが寂しくもある。
かつては吾輩と主、二人きりだった。そうでなくなったことは寂しい。
だがそれは、言ってはいけないことなのだ。
主が出かけてから、吾輩もまた外を歩く。
主の家を守るのは吾輩の役目だ。
見回りも重要な仕事である!
が、人間に見つかると良くないようだ。
それを知っている吾輩は、人間に見つからぬよう密かにゆくのだ。
路地裏。
一鳴きすると、その影から、何匹もの犬が姿を現す。
吾輩とは違う、ただの犬畜生どもだ。
だが吾輩にとっては忠実な部下たちである。
――どうだ。変わったことはないか。
――はっ。問題ありません!
ふむ。
この街というのは、どうも山とは違う。
まず魔物がいない。それだけで平和だ。
たまに、部下たちが住処にしている地下に魔物が現れるが、そんなものは一噛みで仕舞いである。実に歯ごたえがない。
――頭領! 実ははぐれの子犬が、鴉に襲われたらしく……。
――そうか。鳥どもは吾輩が何とかしよう。お前たちは子犬を保護してやれ。
――はいっ! ありがとうございます!
街では、この程度の雑事は日常茶飯事である。
何の問題もない。
鳥どもを黙らせ、そこのボス――片目に傷を負った大きな鴉――に二度と手を出さないよう約束させ、今日の仕事は終わった。
吾輩も帰路につく。
主が帰る前に、慣れた手順で部屋に戻る。
鍵を開けることも、最初は苦戦したが今では慣れたものだ。
――しかし、困ったこともある。
街は平和すぎるのだ。
これでは修行にならない。
そのうち、森に戻って魔物相手に鍛えなければならないだろう。
主の足手まといになるわけにはいかないからな。
今日も代り映えのない一日だった。
だが、悪くないとも思っている。
主がそばにいるだけで、吾輩は満足なのだ――。
……。
…………。
「はっ!?」
不意に目を覚まし、ベッドから起きあがる。
周囲に視線を回す。
うん、吾輩はクロではない。
(夢かぁ~)
「わふっ」
クロがベッドから起き上がった俺に、朝の挨拶をしてきた。
クロの夢を見るなんて、なんとも不思議な気分だ。
しかもカラスの親玉との決戦なんて、なかなかの迫力だったけど。
(まぁそんなことあるわけないよなぁ~)
クロが俺に黙って外出してるとか。
第一あんな器用にカギを開けるとか、ありえないって。
「変な夢だったなぁ」
クロをひとしきり撫で、実際にあんな風だったら面白いのにと思いながら、俺は洗面所に向かった。
――なお、俺は気づかなかったが。
クロの体毛に隠れて見えなかった鴉の羽根が、きらりと陽光を反射した。
第一章でクロさんの出番マジ少ないので救済したいSS回。
スマン…第二章まで待ってくれ…。