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#17 ~ メイソン・ストリート

「うおお……」


 古都ヴィスキネル。

 その中心である繁華街で、俺は思わず呻いていた。


 メイソン・ストリート――そう名のつけられた繁華街は、今も行きかう人々で溢れている。

 二車線道路を中央にして、左右に建物がひしめきあって並ぶさまは、どことなく日本に似ているようにも、あるいはかつて旅行したロンドンを思い起こさせるものでもあった。


 ただ、それはそれとして。


「先生、お待たせしました。……どうしました?」


 背後の店から袋を手に出てくる少女の声。

 俺の視線をたどったらしい少女は「ああ」と頷いた。


「先生は初めて見ますよね? あれは……」


「……いや、わかる。映画館だ」


 俺の言葉に、彼女は驚きつつも頷いた。


 少女の名はイリア・オーランド。

 慣れるために一度巡っておいたほうがいい、という彼女の言葉に乗っかって各街区を案内してもらっているのだが、「これってデートじゃないの」という疑問が若干鎌首をもたげたりしている。


 無論、デートではない。

 実は学院に赴任する前に、彼女に剣を教えることになり、今日はそのお礼も兼ねている。

 お礼も何もまだ何もしていないのだが、というと「森で助けられた分のお礼です」と彼女は言った。親子そろって義理堅い性格である。


「先生って、世間知らずなのに意外なことを知ってたりしますよね」


「まあ、それは――色々あって」


 誤魔化すしかない俺に、イリアさんは苦笑した。


「映画を見る時間はさすがにないと思いますけど」


「わかってます」


 俺の前世と、この世界はとてもよく似ている。


 かといって完全に同じというわけでもない。

 この世界の根幹を支えているのは魔導工学技術(エーテル・ファクター)、つまり魔法から発展したもの。

 根幹が違うのにこうまで地球に似た文明になるというのは――


(俺と同じような転生者が介入した?)


 ――だが個人で、こうまで文明を発展させられるものだろうか? 少なくとも俺には無理だ。

 よっぽどの博士がこの世界に転生したか、あるいはただの偶然、という線も捨てきれない。


 自分のほかに転生者はいるのだろうか?

 いたとして、もし自分が転生者だと知られたらどんな影響があるだろう。

 分からないことだらけで、とても前世のことを明かす気にはなれない。


 そもそも、前世の記憶なんて薄まりまくってほとんど朧気にしかない。

 今の自分は、じいさんに拾われたユキトという剣士。それ以上でも以下でもないし、なれないと思う。


「次は百貨店に行きましょう。先生のホテルからは少し遠いですが、ヴィスキネルでも一番大きい百貨店で、大抵のものは手に入ります」


 専門店より少し高いですけど、という彼女の言葉にうなずく。


 しかしさっきから、妙に視線を集めている気がする。それはきっと、彼女の美しさのせいだ。

 イリアさんや彼女の家族を見るに、もしかしてこの美形レベルが異世界の通常なのかと戦々恐々としたが、そんなことは全くない。


 そのため彼女は大層目立つ。一緒に歩いている俺も目立つ。

 あの美少女の横を歩いているダサ男は何だ、という感じで(被害妄想)


 ファーナス百貨店という名前の大型デパート――何と自動ドアである――に入ろうとすると、対面、逆にデパートから出ようとしていた男女と目があった。


「……あれ? イリアちゃん」


 同じ服装の男女二人組である。ペアルックというよりも、制服――学生服かもしれない。


「会長」


 それは、イリアさんが彼女をそう呼んだことで半ば確信に変わった。


「あれ? あれあれ? もしかしてデート?」


「違います」


 わたし気になります!! と言いそうな顔で好奇心に目を輝かせる彼女に、そっけなくイリアさんは即答した。


「で、デート!?」


 横でびっくりした顔をしている男子生徒が、大仰とも思える声で反応していた。


「違うと言っているでしょう。……お二人は、生徒会の買い出しですか?」


「そこは勘違いしないんだねぇイリアちゃん」


「ち、違うぞ! 僕たちはただ生徒会の買い出しに――」


「だからそう言っているわ。長期休暇中に制服を着てデパートから出てくるのを見れば、誰でも分かる話よ」


 何ていうか面白いなこのトリオ。

 好奇心の塊みたいな少女に、なぜか妙にテンパる男子生徒に、冷静沈着なイリアさん。噛み合っていないようで噛み合っているような。


「先生、すみません。こちらは学院の生徒会会長、シェリー・レレイ先輩。あちらは書記のレーヴ・オルキュールです」


「ああ、これはどうも。ユキトです」


「シェリーです! 先生って?」


「……レーヴだ。イリア、こんな教師はうちの学院にいなかったと思うが」


 レーヴ君の疑問に、イリアさんは「ええ」と頷いた。

 なぜかレーヴ君からは睨まれている。なぜ。


「先生は、春から剣技教官として学院に赴任されることが決まっているの。今は、私が個人的に家庭教師として教わっているけれど」


 ――まあ、コネですけどね!!

 何しろ試験なんてものは存在しない。そんなものを出されても合格できる自信はない。コネ万歳だ。


「へえ……」


 会長と呼ばれた少女、シェリー先輩とやらはじろじろと俺を見てくる。いろんな角度から態勢を変えて、ふむふむと。視姦されている気分とはこういうことを言うのかもしれない……。


「随分お若い先生ですねぇ。おいくつです?」


「さあ……二十歳はいってないかな、多分……」


「なんで曖昧」


 くすくす笑う少女に、毒気が抜かれてしまう。


「孤児のうえに山育ちだからねぇ。歳なんてよく分からないんだ」


 俺は自分の年齢がよく分からない理由を説明した。

 山で拾われて過ごしてきたこと、山じゃ日にちの感覚なんてないという言葉に、彼女は目を見開いてまたも笑った。


「……随分と怪しい経歴だ」


 だが、その横のレーヴ君などは(まなじり)を釣り上げている。

 俺もそう思う、と言おうものならさらにガンをつけられそうである。


「それでどうして、その先生と二人でデパートに?」


「今日は先生に街を案内してるんです。まだ不慣れですから」


「ただの家庭教師に、わざわざ街を案内してやる必要はないだろう」


 むっとした感じを出すレーヴ君に、ピンときた。

 ははぁ、なるほど……。レーヴ君は俺が彼女といるのが気に食わないわけだ。


「ただの、ではないわね」


 けれどそんなことに全く気付いた様子のないイリアさんは、淡々とかぶりを振った。


「この人は私の命の恩人だから。この程度の礼を尽くすのは当然よ」


 目を見開く二人に、彼女は森での出来事を説明する。


「そんなことが……」


 レーヴ君は悔しげに、唇を噛みしめて項垂れた。

 なんでも、彼はあの場にいたそうだ。しかも俺が聞きつけた銃声は彼によるものだったらしい。学生が銃を扱うとは、と思ったが、そういえば軍学校だったなと思いなおす。

 そう考えれば、あの時イリアさんを助けられたのは、そして俺が今伯爵さまの世話になっているのは、元を辿れば彼のお陰なのかもしれない。


「ははー、そんな助けられ方したら、私もコロっといっちゃいそう。白馬の王子様的な?」


「……会長?」


「ご、ごめんなさい」


 氷点下まで下がったイリアさんの声音に、シェリー生徒会長がからかい過ぎたことに気づいたのか、冷や汗を流しながら謝っていた。


「まーそういうことなら、私もお礼を言わないと」


 手に持っていた紙袋をレーヴ君におしつけ、シェリー嬢が俺の前に進み出て、そっと頭を下げた。

 その言動とはとても似つかわしくない、美しい礼だった。


「ユキト先生、このたびは我が校の生徒をお救い下さり、誠にありがとうございました」


「あ、いえ……」


「お礼に、いかがでしょう? ここはひとつ、私とデートでも――」


「――会長」


 思わず頷きそうになるほど楚々とした振る舞いで放たれた言葉に、横合いからまたもや冷たい言葉が飛ぶ。


「あははーうそうそ。取らないから怒らないで、イリアちゃん」


「取る取らないの話ではなく……」


 まったく、と頭を抱えるイリアさんに、快活にシェリーさんが笑う。

 学院の生徒会長というが、どうも一筋縄ではいかない、そんな人物のように思える。あのイリアさんが振り回されるというのはとても新鮮だ。


「それじゃ邪魔になってもアレだし、私たちはこれで――」


 と、彼女がその場を去ろうとした瞬間。



「――貴様! ユーグが我が服を穢すとは、許しておけんぞ!」



 ふと店の外から聞こえてきた喧騒に、俺たちは顔を見合わせた。

2021.12.01

古都の名称をヴィスキント→ヴィスキネルに変更しました。

すみません、響きでつけたら当時めっちゃやってたゲームに登場した街の名前でした…。

テイルズオブアライズまじで楽しかったです。

ほんっとすみません!!!(土下座)

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