#15 ~ 一日を終えて
その後、伯爵への返事は保留して――もっともほぼ結論は出ていたが――晩餐へと招待されることになった。
そこで改めて娘のイリアさんと、奥さんのアリアさんを紹介してもらったのだが……。
「えっ、姉妹?」
と思わず言ってしまった俺は悪くない。
それぐらいアリアさんはものすごく若々しかったのだ。
二十代って言われても何の疑問もわかないよ! 何かな、この世界の人って基本若作りなの?
「あらあら、お上手ですね」
なんてふんわり笑われてしまった。
クール系美少女のイリアさんに比べて、アリアさんはおっとり系美少女という表現が似合う人だった。
血縁なのがすぐ分かるぐらいに外見は似ているが、性格は正反対のように思えた。
ちなみにイリアさんには、
「先生、よろしくお願いします」
なんて言われてしまって、大変困った。
外堀埋めるのがうまいなぁ。これが貴族ってやつなのか……。
アリアさんからも「娘をくれぐれもよろしくお願いします」と何度も頭を下げられてしまい、もはや断るなんて選択肢もあるはずがなく、結局帰り際に、俺は伯爵さまに例の提案を呑むと伝えることになった。
しかし、アリアさんは相当念入りに娘のことを頼んできた。
そりゃ心配なんだろうな。親として、娘があんな危険な目に遭ったんだ。
そう考えると、伯爵の提案は裏があるものではなく、単純に娘を思う親心ゆえのものなのかもしれない。
そう純粋に信じられるほど、いい家族だと思った。
ちなみにだが、イリアさんには弟がいた。
といってもまだ乳幼児で、喋れなかったけどね。家督なんかはそっちが継ぐのかもなぁ。
「クロ!」
「ワウッ」
リムジンでギルドに戻ってくると、その玄関でクロが俺を出迎えてくれた。ものすごく久々に会った気がする。
「あれ、何だこれ」
クロをわしゃわしゃ撫でていると、その首に、見慣れない首輪がはまっているのが見えた。
「それは、魔獣用の抑制装置だよ」
そう言って俺に教えてくれたのは、ご存知シルトさんである。
何でもこの装置をつけていると、その身体能力が制限され、普通の犬と変わらなくなるそうだ。
「……これって悪いことしたら締まったり?」
「しないよ。何その恐ろしい装置」
よかったぜ。
クロもなぜかご満悦で、首輪に負担を感じていないようだ。
「あ、お前メシ食ってたのか」
晩餐中に「クロのご飯どうしよ」とか思ってたのだが、どうやらこっちでメシを食べさせてもらったようだ。どうりでご満悦なわけだ。
「うん、伯爵家で晩餐に招待するって聞いてたからね。随分グルメなんだねぇ、そのブラックウルフ」
なんでも普通のドッグフードにまったく興味を示さず、シルトさんたちの晩御飯を羨ましそうに見てたそうで、試しにあげてみたら食うわ食うわで三人分はペロリだったそうだ。
クロはどうやらブラックウルフという魔獣の一種らしく、ホワイトウルフの変異種とのことだ。
非常に珍しいらしく、その生態はよく分かっていないが、ホワイトウルフ自体ふつうの犬と違って何でも食べるらしい。
まあ焼いたステーキが好きな時点でそれは分かっていたことだが。
「ユキト様」
クロをわしゃわしゃしていたら、背後から執事さん――試しにセバスチャンさんですか?と聞いたらグレイグですと言われてしまった――の声がかかる。
「旦那様より、ユキト様の宿泊先についてご案内を仰せつかっております」
「……それはクロもオッケーなとこですか?」
「ええ、問題ございませんよ」
にっこり笑うグレイグさんに「さすがソツがねぇ」と伯爵家様に恐々としたのは言うまでもない。
そして連れてこられたのが……
「広っ、すごっ」
まさかのホテルのスイートルームであった。
前世でも見たことないぐらいの広さと豪華さ。これをぱっと用意する伯爵さまスゲェ。
「それと、こちらを」
無造作に渡された紙袋の中には、どさっと紙幣が入っていた。五十枚くらい。
「そちらはお嬢様をお助けいただいたお礼と、支度金が入っております。どうぞお役立てください」
「至れり尽くせりだぁ……」
やばいぞ混乱してきた。堕落する自分が見える……。
早いところある程度金を貯めて、住むところは自分で見つけたほうがよさそうである。
「それでは明日、改めて迎えに参ります」
「あ、道覚えたいんで、自分の足で行こうかと」
「……左様ですか。ではこれを」
渡されたのは懐中時計と地図だった。携帯端末じゃないんだな。
「ユキト様がご自分で端末を持たれるのはまだ早いかと」
確かに。さすがに地球の携帯電話やスマホと同じってことはないだろう。
「道に迷いましたら、店で聞かれると良いでしょう。その懐中時計の背にある紋章を見せれば、おそらく問題ないと思います」
この懐中時計に刻まれている紋章、なんかかっけぇなと思っていたら、どうやら伯爵さまの紋章のようだ。
さすが権力。金と権力は強いっていうのはどこの世でも共通の理である。
さらに聞くと地下鉄やバスもあるとのこと。公爵家は郊外にあるが、近くにバス停があるそうだ。
「それでは、ごゆるりと。明日の昼頃までに、お屋敷に来て下さればと」
「ありがとうございました」
セバスもといグレイグさんがお辞儀して退出し、俺は「はー」と息を吐いてベッドに倒れこんだ。
「つかれた……」
とにかく色々とありすぎた。
窓に目線を向けると、夜の闇に無数の光が瞬いていた。
その夜景を見ていたら、本当に東京に戻ったような気さえする。
まあ道すがらの光景は東京というよりイギリスとかドイツっぽかったけど。
「わふっ」
「お前は元気いっぱいだなぁ」
俺はこの先、どうやって生きていけばいいんだろう。
不安はいくらでもある。
なるようになる、と思ってたけど。
(色々予想外すぎて、とにかく……)
疲れた。
俺はせっかくの夜景を楽しむことも、だだっ広い部屋の贅沢さを堪能することもなく、泥のように夢の中に落ちた。