表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
118/120

◆24 ~ 学徒戦、本戦②

 控室。眼前に差し出された携帯食料に、ベイリーは顔を上げた。


「食っておけ。俺たちの試合は昼からだ」


「ああ……ありがとう。ゴドル」


 朝早くから行われる学徒戦は、午前中に剣、槍、体術の三部門、午後に集団戦と総合戦が行われる。決勝までノンストップだ。

 今頃、シグルドたちは決勝を戦っている頃だろう。


 彼らは、とてつもなく強くなった。その勝利を、ベイリーは確信している。何とも頼もしく、誇らしい後輩たちだ。

 だが翻って――自分はどうだろうか。


「不安か」


 隣に腰を下ろしたゴドルの言葉に、思わず苦笑を返す。いつだって直截なのだ、この同級生は。


「ロイは、強いよ。王者なんて呼ばれてるのは伊達じゃない」


 去年。俺は思い知った。自分と幼馴染との距離を。

 もう無邪気に、いつか本戦で戦おうなんて笑いあえた関係ではない。

 それこそ散々に思い知ってきた。自分は天才などではないと。


「才という意味では、俺の方が劣っている」


「いや、ゴドル、お前は――」


 その言葉に顔を上げる。

 ゴドル・ヴォルド。長い付き合いになるこの男は、恵まれた体躯、そしてセンス、そのすべてを兼ね備えている。

 だがそれでもなお、彼は四回生の第三席――つまり第二席であるベイリーの下に留まり続けている男だ。この男は、やる気になればもっとやれる、それをベイリーは誰よりも知っている。

 だが彼は、その顔を横に振った。


「肉体の話じゃない。心の話だ。正直言って……先生の訓練を受けて、改めて思い知った」


 ゴドルは、己の拳を見下ろした。


「武器とは、人を殺すためのもの。俺が磨いているのは、人を殺す技だ。……それを簡単に受け止められるほど、俺は強くないらしい」


「ゴドル……」


 優しすぎるのだ、この男は。

 貴族ではなく庶民出身。もともと士官学院に入学した目的も、奨学金が理由――十人もの弟と妹を食わせるためだ。


「ベイリー。俺は、卒業したら警察に行く。お前と共に戦えるのは、これが最期だ」


「ゴドル……」


「俺もお前も、一人ずつは弱く、脆い、ただの人間だ。一人ずつでは、ロイ・ベルムスの完成された強さに敵うはずもない」


 だが、と、ゴドルは告げ、控室に視線を向けた。

 思い思いにリフレッシュしている仲間たちに。


「ならば俺たちは、四人で一つの強さを完成させればいい。そしてその絵が描けるのは、他の誰でもないお前だけのはずだ、ベイ」


 ゴドルの言葉に、ベイリーはただ目を瞬かせ。

 瞬間、沸き立つような歓声がモニターから響いた。

 控室に備え付けられたモニターに目線を向ける。そこに映っていたのは、リングに立つ一人の男。シグルド・ユグノールが本戦優勝を決めた瞬間だった。


(そうか……そうだな)


 ふ、と、口の端に笑みを浮かべる。


 ――俺は、天才なんかじゃない。だけど……。


 ベイリーは手渡された携帯食料のビニールを破りとって大口で齧り、水で呑み干した。

 口の端を親指で拭い、そして立ち上がる。

 じきに槍術、そして体術の決勝も決まるだろう。


「――行くか」


「おう」「ええ」「はいっ」


 ベイリー・グレンデマン。

 ゴドル・ヴォルド。

 ミリー・アレンセン。

 アルネラ・ディルモント。


 四人は、それぞれに武器を構えて歩き出す。

 彼らの戦場へと。


 ◆ ◇ ◆


 時は、少し遡る。


「リムロ! リムロ・ヴァンヘウス! どこだ!?」


 帝都大学練兵科の学生寮に、男の声が木霊する。

 寮の中はほぼ無人だ。それも当然で、戦技大会学徒戦、本戦がもう始まっている。出場しない生徒も含めて、全員が出払っている、そのはずだった。

 だがその一室。

 名を呼ばれた男は、のそりと身体を持ち上げる。


 それは獅子のような男だった。

 齢は十八。だが到底、誰も信じはしないだろう。彼もかもしだす野性味と獰猛さは、少年少女の中にはあまりに不釣り合い。


「リムロ――! やっぱりここにいたか!」


 扉を開け放った学生服の男性は、肩をいからせながら部屋に踏み入った。

 だが――


「きゃっ」


 ベッドの中に全裸で横たわっていた女性が、咄嗟に身体をシーツで隠す。その光景に、彼はさっと顔を赤らめた。

 女性のみでなくリムロも全裸であり、よく見れば、部屋の中には脱いだ服や下着が散乱している。昨夜、ここでどんな情事が行われていたかなど一目瞭然のことだった。


 だが当のリムロは、さして気にした風もなく、全裸のままベッドから降りてカーテンを開け放った。


「リ、リムロ……おい、もう試合始まってるぞ! スタン先輩が負けて……なのにお前は何を――!」


「スタンの野郎が負けたぁ?」


 全裸で陽光を浴びながら、カカ、と男は嗤った。


「いい気味だぜ。あの野郎、先輩だからってギャアギャアうるせぇからな。俺に手も足も出ずに負けた分際のくせによぉ」


「…………。総合の試合は、じきに始まるぞ。さっさと来い」


「わぁってるよぉ」


 コキコキと首を鳴らし、ベッドの中の女性にキスを落とし、服を掴みとった。


「なあオイ。イリア・オーランドが出ねぇってのはマジかよ」


「……ああ」


「かッ! あの女、ボコボコにしてひん剥いてやりたかったのによぉ」


 その言葉に、男子生徒は咄嗟に顔をしかめた。

 ――リムロ・ヴァンヘウス。

 スタン・ログウェルドを問題児とするならば……この男は、まさしく『失格』と言える男だ。一人の生徒としても、人間としてもだ。


 実際に、昨年度は予選選抜で優勝を果たしながら、本戦には出場できなかった。帝大の側から登録を抹消されたからだ。

 品性も理性もない、ただの獣。いくら帝国が、力こそを是とする国柄といっても、彼はあまりに異端に過ぎる。 


 だがそれでもなお、強い。

 三年でありながら、あのロイ・ベルムスよりも、はるかに。


「まぁいい。代わりの奴も女なんだろ? なら決まりだなァ」


「決まり?」


「圧倒的な力の差ってやつを思い知らせてやる。そしたら、その女も俺のモンだろ?」


「……わけがわからん」


 ◆ ◇ ◆


「…………」


 戦技大会、総合の部、控室。

 槍を抱くようにして、ベンチに座る少女がいた。


 アイーゼ・リリエス。

 ただ目を閉じ、彼女はじっと待つ。

 夢にまで見た舞台を前にして。


 かつて彼女が、この場所を志した理由。それはもう形を変えている。

 彼女を苦しめ続けた問題はすでにない。優勝しなければならない、その理由は消失した。


 ――だとして。

 それが優勝しない理由には、ならない。


 かつて、アイーゼは思い知ったのだ。

 力なき弱者には、何一つ救えないということを。

 ならば力が欲しい。守りたいものを守れる強さを。もう二度と、何人たりとも己の想いを踏みにじらせない、そんな強さを。


(私は、勝つ)


 彼女の内側に渦巻く焔。今にも己自身を焼き尽くしそうなほどの灼炎を、静謐な表情の裏に隠して。

 その炎が。

 解き放たれる時は、もう近い。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ