◆14 ~ アバンシエル
高層ホテル『アバンシエル』。
帝都においても上から数えたほうが早い最高級ホテルで、修学旅行を行うヴィスキネル士官学院の宿泊先でもある。
普通に考えて、士官学院の生徒が修学旅行で泊まるような宿ではない。全校生徒数百人、一部屋に数人で寝るとしても、金額は洒落で済ませられるレベルではなかった。
が、そもそもこの宿泊費用は、学院からではなく父兄や関係者から出されている。
戦技大会予選における、学徒戦全部門制覇。
これはヴィスキネル士官学院はじまって以来の快挙である。特にここ数年、あまり結果が揮わなかったこともあって、父兄の喜びようは尋常ではなかった。
出場した生徒だけではない。学院そのものにも箔がつく。特に貴族にとって、箔というのはそれだけで万金の価値があった。
ちなみに一番金を出したのは、学院理事の一人でもあるオーランド伯爵だ。彼は帝国でも指折りの富豪であり、たとえ全額出したとしてもさして懐は痛まない。
それを理解しているのかしていないのか、それはさておき。
本戦出場組と合流したヴィスキネル士官学院の生徒たちは、完全にこのリゾートホテルを堪能していた。
「かーっ、あんなでけぇ浴場があるなんて、マジですげぇな、ビバ帝都!」
「おい、あんまりハシャぎすぎるな」
湯気を纏いながら、ホテルのロビーにあるテーブルに腰かける二人。
その片方、フルーツ牛乳片手にはしゃぐ小柄な少年の名は、リオ・ランペルツ。戦技大会予選、学徒戦槍術部門を文句なしぶっちぎりで優勝した生徒である。
ランペルツ家は男爵家であるのだが、まあそれとは関係なく、あまり貴族らしくない生徒であった。
その態度に柳眉を逆立てるのは、藍色の髪をした少年。
「俺たちは士官学院の一員として、常に誇りある態度を――」
「おいおいレーヴ。帝大の連中と同じようなこと言うなよ」
帝大とは帝都大学、ここではその練兵科の連中のことを指す。それを誰に言われるまでもなくレーヴは理解して、そして顔を歪めた。
その顔はまさに「一緒にするな」とでも言いたげだ。
「レーヴ、そうカリカリするなよ」
その肩を叩いたのは、集団戦のリーダー、ベイリーだった。
彼は汗をタオルで拭いつつ、「ほれ」とレーヴにフルーツ牛乳を差し出した。
「……すみません、先輩」
「気にすんなって」
そう言って、彼は軽やかに笑う。
一学年上の先輩であるが、逆に言えば一歳しか違わない。であるにも関わらず、風呂上がりの彼は妙な色気を纏っていた。
ロビーでくつろぐ女子生徒、だけでなく一般の女性から視線の集中砲火を浴びている――もっとも、本人はそれに気づいた様子もないが。
「そうそう。レーヴっちは、イリアちゃんがユキトせんせーとパーティに行ったって聞いてカリカリしてるだけだしね?」
「なぁっ、会長!?」
ベイリーの後ろからひょこりと顔を出したシェリーの言葉に、思わずフルーツ牛乳を取り落としそうになりながら、レーヴは顔を赤く染める。
そんなシェリーの言葉に、ベイリーは「そうなのか」と興味深そうにレーヴに目線を向けた。
その目線に羞恥心を煽られながらも、レーヴは咳払いをひとつ。
「別に、そんなことはありません。ユキト先生は、オーランド伯爵が大会に推薦された方ですし。パーティに参加するのは不自然なことでは……」
「まあ、確かに」
ベイリーは、レーヴの言葉に適当な相槌を打った。
だが実際のところ、それだけではないだろう。ベイリーの親は子爵だが、実家が帝都にあることもあって、社交界の力学というものをよく知っている。
ユキトは強い。ベイリーは身をもってそれを知っている。伯爵はきっと自分以上にそれを知っているに違いない。
あれほどの強者を、伯爵家が簡単に手放すことはないだろう。
――娘のひとつやふたつ、差し出したっておかしくはない。
だがそうなれば逆説的に、この目の前の少年の恋は破れることになる。
あとは本人、つまりイリア・オーランド次第だが……。
(まあ、俺はオーランドのことはよく知らないしな)
首を突っ込んでも何一ついいことはないと、ベイリーはそれ以上の追及を避けた。
ふと、ベイリーはレーヴの後ろに座ったままのリオへ目線を向ける。彼は呑み干した牛乳瓶を手元で弄びながら、その目を鋭く細めていた。
ベイリーはリオのことをよく知っている。一学年下の後輩だが、去年も二回生ながら戦技大会に出場した天才で、気心の知れた相手だ。
だからこそ。彼がそんな目をするのは、只事ではない証だと知っている。
「あいつら……」
リオの射殺すような視線に導かれるように、ベイリーは背後に目線を向けた。
ホテルのロビー、その一角に、特徴的な制服を着た一団がいた。しかもそのうち一人には、明らかに見覚えがある。
「そこにいるのは、ヴィスキネルの弱虫小僧じゃないか」