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#13 ~ 帝国の闇

 スミアさんと出会った経緯――列車での出会い――を説明したものの、ギレウスはなお俺を半眼で睨んでいた。


「お前、うちの妹にちょっかいかけてんじゃねぇだろうな?」


「ないって!」


 どうやらこの男、とんでもなくシスコンらしい。あれだけ美人な妹となれば、兄として心配するのも当然なのだろうが。

 しばらくジト目で俺を睨んでいた彼は「ふうん」と適当な相槌を打って、ぱっと俺から手を離す。その目線は、なぜかギレウスと同じく俺を半眼で見つめていたイリアさんに向けられていた。


「ま、あんだけ美人な嫁がいれば、他に目移りはしないか」


「よ、嫁」


 かあっとイリアさんが頬を染める。「そうじゃない」と抗議しつつも、俺はため息を吐いた。


「もう、お兄ちゃんっ、ユキトさんに迷惑かけちゃ駄目だよ」


「へいへい」


 手をひらひらさせてワインを呷るギレウスに、もう、とスミアさんは頬を膨らませた。

 話には聞いていたが、随分と仲の良い兄妹だ。

 ……しかし、あまりにも――


「似てない、だろ?」


 胸中を言い当てられて、ユキトはぴくりと眉を上げた。

 そうだ。そもそも肌の色が違う。俺はスミアさんがユグライル人であることにすら気づかなかった。


「別に気を使わなくてもいい。血は繋がってないからな」


 はい、とスミアさんも頷いた。

 そう言いながら、二人とも笑っている。

 ……まあ、事情があるんだろう。だがどんな事情があっても、今、二人が仲の良い兄妹でいることは事実。なら、深く追求することじゃない。

 それならと、俺も話題を戻した。


「そういえばギレウスは、戦技大会で優勝したんだろう? 確か槍の名手だと聞いているが」


「はいっ。私も応援してたんですよ!」


 誇らしそうに胸を張るスミアさんを横目に、ギレウスは「クク」と小さく笑みを漏らした。


「周りにドン引きされるぐらいな」


「ちょっ、もう!」


 スミアさんはギレウスの耳を引っ張って「恥ずかしいこと言わないで」と頬を染めながら囁いた。スミアさんもどうやら相当なブラコンのようだ。まあ列車の時点で気づいてたけど。


「ギレウス殿といえば、帝国最強の槍の使い手とも言われていますね」


「ま、そうでもなけりゃ、移民のオレが軍の士官になんてなれないさ」


 イリアさんの賞賛に謙遜もせず、ギレウスはワイン片手に軽く肩を竦めた。


 不意に目線が合って……ギレウスはふっと笑みを浮かべた。分かっていると、お前も同じなんだろうと、そう言わんばかりに。

 ――強い相手と戦いたい。自分の力を試してみたい。

 それはもはや、戦士(おれたち)の性みたいなものだ。

 互いの性を、互いの嗅覚で感じ取って、だからこそ笑みが漏れる。


(業が深いって、こういうことを言うんだろうな)


 戦いの本質とは、殺し合いだ。

 それでも、戦ってみたいと思ってしまうのだから。

 一瞬、俺たちは確かに通じ合い、共有して、互いに微かな笑みを浮かべた。


 その様子を見ていたイリアさんは、そういえば、と両手を合わせる。


「スミア様、あちらにケーキなども出ているんですよ。帝都で有名な菓子店のパティシエが作られたとか。ご一緒にどうですか?」


「い、いいんですか? ぜひっ」


「じゃあ俺も――」


「大丈夫です。ユキトさんはこちらに」


 二人連れだって、笑顔で会話しつつ去っていく二人。

 傾国の美女なんていう言葉があるが、あの二人なら国の一つや二つ滅んでもおかしくない。実際、会場中の目線が二人に注がれている。


「安心しろよ。今さらちょっかいを出すような馬鹿はいないさ」


「分かってる」


 俺の防波堤としての役割は、もう終わっている。

 しばらく、楽しそうに会話しながらケーキを選ぶ二人を見守っていると、唐突に、ギレウスが口を開いた。


「お前って、もしかして同年代の友人がいないとか?」


「なんだよ急に」


「いや、なるほどね」


 ギレウスは納得するように笑って、イリアさんたちに目線を向けた。

 そこまで言われて、ようやく気付く。彼女は気を使ったのだ。俺に、同年代の友人を作れと。


「ま、俺のほうが年は上だがな。ギレウス様と呼んでいいぞ」


「……そこまで変わらないと思うし、さっき敬語使うなって言ったの誰だよ。あとなんで様なんだ」


「あーあー」


 ギレウスは聞こえませんとばかりに耳を塞ぐ。

 コイツ、ちょっと筋肉馬鹿(グラフィオスさん)っぽい空気があるな……。


「まあ歳は置いといて。そんな後輩に、お兄さんが忠告してやろう」


 後輩て。

 半眼で見つめる俺に、グラスを持ったままの手でギレウスはテラスからパーティ会場を指さした。正確にはそこにいる貴族たちを。


「ちょっと真面目な話だ。軍務派の貴族ってのは、実のところ一枚岩じゃないんだ」


 そう告げたギレウスの視線を追い、俺も会場へと目線を向けた。

 軍服やタキシード、ドレスを着こむ貴族たちは、皆が笑顔を浮かべている。だがそれは表面上のものでしかないことは、一目して分かることだ。

 貴族のパーティなんてそんなものだろう、と思っていたが……。


「今の帝国の政策は、経済対策に偏重している。軍の予算は額面としちゃ増えてはいても、経済規模と比較すればむしろ減ってる」


 いわゆるGDP比というやつか。

 だが、と、ギレウスはかぶりを振った。


「北大陸は平和ってわけじゃない。特に南だ」


「南……セシリア王国だったか?」


 その名前は聞いていた。伯爵からだ。

 かつて、イリアさんの兄を殺した暗殺組織。それは、セシリア王国による手引きだった可能性が高いと、伯爵は語っていた。


 セシリア王国は、南大陸との玄関口とも言える国だ。

 南北の大陸は海によって隔てられている。だが北大陸の南岸と、南大陸の北岸は、天候にこそよるが対岸が見えるほどに近く、今では巨大な橋によって繋がっているという。

 その南北貿易における唯一の接触点。それがセシリア王国だ。


「ああ。ユグライル戦争から今まで、帝国と王国の対立は深刻化し続けている。帝国南部のレイクロードあたりじゃ、王国のスパイが検挙される例も少なくない。ま、逆もあるだろうが」


 レイクロードって。

 あの辺境伯のクソダヌキ……何が観光にお勧めだ。


 セシリア王国と帝国の対立の図式は、戦争前からずっとあったらしい。

 片や北大陸の要衝たる黄金街道を握る帝国。片や南大陸との交易を握るセシリア王国。その対立は必然で、実際に何度も戦争してきたほど仲が悪い。

 ユグライル戦争においても口を挟み、通商協定に反してまで経済封鎖を行い、帝国を締め上げようとした。

 しかし結果的に、帝国はユグライル王国に勝利し、紫銀航路と黄金街道を握ったことで、今や王国との国力差は決定的なものになりつつある。


「帝国はこのまま王国を経済的に締め上げて、貿易協定を結ぶつもりだ。だが軍務派の中には、軍事侵攻を行って、南大陸との交易も帝国が握るべき、なんて主張する連中もいるわけだ」


 そうした者たちの心中には、「一度協定を破ったのだから、再度協定を結んだとしても破る可能性が高い」という疑念が根本としてあるらしい。


「実際、王国と戦争になれば、まず間違いなく帝国が勝つ。……だが勝ったとして、それでどうするって話だ」


「どうするって……」


「考えてもみろ。セシリア王国は南大陸との唯一の玄関口だ。そこを取れば、帝国は南大陸と国境を接することになる」


 そういうことか。ギレウスの言わんことを理解して、俺は頷いた。

 帝国にとって、いや北大陸にとって、セシリア王国は防波堤なのだ。南大陸という脅威からの。


「だがまぁ……軍部の中には、今の帝国の方針に不満を抱いている連中は少なくない。表には出さないが、特に、先帝陛下の時代を知る連中は」


 帝国は多くの国と戦争をし、勝利し、そして繁栄してきた。その栄光の陰に、数多の血と骸を隠しながら。

 その在り方が変わったのは、ほんの十数年前に過ぎない。

 早すぎる変化に取り残された者は、きっと少なくないのだろう。

 彼らの中に、そうした不満を燻らせた者がいたとしてもおかしくはない。過激なことを考える者も、あるいは。


 ふと思う。

 俺はそこから、無関係でいられるのだろうか?


「踏み込みすぎるなよ、ユキト」


 ギレウスは、囁くような声でそう言った。

 その言葉はどこまでも真剣で、そして俺を案じる色があった。

 思わず、ぽかんと口を開ける。


 もとより、踏み込むつもりなんてない。

 だが現実として俺はここにいる。そして、例えばイリアさんやアイーゼさん、そして伯爵たちに危機が迫ったとしたら、俺は放ってはおかないだろう。

 もしかしたら、彼はそれを感じ取ったのかもしれない。

 ……だとすれば。


「――お人好しだな、アンタも」


 ギレウスはグラスを掲げ「だろ?」と笑った。


「以上、真面目な話は終わり。っしゃ飲もうぜ! タダ酒だぞ!」


「ちょっ、人のグラスに注ぐな! 俺は酒はダメで――」


「ケチくさいこと言うなって」


 笑いながらワインを注ぐギレウスに、「そうじゃない!」と抗議しながらも……パーティ会場のテラスで、マナーなんてまるでない男二人の酒盛りが始まった。

 まあ、肩の凝るパーティよりは、いくらかマシかもしれない。


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